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勇者になれなくても世界を救う  作者: 久瑠美 雷華
第五章 断崖の村
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第五十三話 星空の下で

挿絵(By みてみん)


 夜風が、草を揺らしていた。


 見渡す限りの草原。


 木々すらほとんど存在しない。


 月明かりに照らされた大地は、どこまでも静かだった。


 その中央で。


 小さな焚き火だけが、ぱちぱちと音を立てている。


「はぁ〜……」


 ラグナが草の上へ寝転がった。


「広ぇなぁ……」


 見上げた先。


 空いっぱいに、星が広がっていた。


 まるで夜空そのものが落ちてきそうなくらい、近い。


 エルは目を輝かせる。


「すご……」


 ハープを抱えたまま、空を見上げる。


「こんなの初めて見たかも」


 リオンも小さく息を吐いた。


「……綺麗」


 焚き火の向こうでは、ルミナスが静かにお湯を沸かしている。


 ユーリは草の上に座り込み、笛を弄っていた。


 その近くでは、三体の魔物たちが眠っている。


 異様な光景。


 なのに、どこか穏やかだった。


 ラグナが空を見たまま呟く。


「でも変だよな」


「ん?」


 エルが首を傾げる。


 ラグナは身体を起こした。


「こんだけ広い土地なのに、村も何もねぇ」


 確かにそうだった。


 これほど豊かな草原なら、人が住んでいてもおかしくない。


 だが。


 ここまで来る間、まともな集落を一つも見ていない。


 ユーリは焚き火へ枝を放り込みながら答えた。


「きっと、この先の湖のせいだろうね」


「湖?」


 ラグナが眉をひそめる。


「大きいのか?」


「かなり」


 ユーリは笑った。


「行ってみれば分かるよ」


 それだけ。


 それ以上は話さない。


 ラグナは少し気になったものの、深くは聞かなかった。


 風が吹く。


 草原が波みたいに揺れる。


 その静けさの中。


 ユーリがふと、ルミナスを見る。


「それにしても」


 焚き火の光が、彼の青髪を揺らした。


「やっぱり不思議だな」


 視線が、ルミナスの胸元へ向く。


 黒銀色の紋章。


 魔王ナタージャの証。


「勇者が、魔王の紋章を持ってるなんて」


 ルミナスは少し視線を落とした。


「……事情がありまして」


「だろうね」


 ユーリは苦笑する。


「でも、本当に認められてるんだ」


 その目は、興味深そうだった。


 そして今度は、エルを見る。


「君も」


「え?」


「魔物を眠らせる演奏」


 ユーリは顎へ手を当てる。


「正直、まだ信じられない」


 焚き火の火が、小さく揺れる。


 エルはハープを膝に乗せたまま、得意げに胸を張った。


「だから言ったでしょ? あたしの演奏、すごいんだから」


 ユーリは感心したように頷く。


「うん。本当に珍しいよ」


 そして、ふと首を傾げた。


「……君、北方の生まれ?」


「え?」


 エルは目を丸くする。


「違うわよ? 普通に狩人の森育ちだけど」


「そうなんだ」


 ユーリは少し意外そうだった。


「北方の人間って、不思議な力を持ってることが多いから」


 リオンが小さく反応する。


「不思議な力?」


「ネクロマンサーとか、ヒーラーとか」


 焚き火を見つめながら、ユーリは続ける。


「そういう人たち、北方出身が多いんだ」


 その言葉に、ラグナはリオンを見る。


 リオンは少し困ったように笑った。


「……僕、自分がどこの生まれか知らないんだ」


「知らないのか?」


「うん。小さい頃から父さんと母さんに連れられて、色んな場所を旅してたから」


 ユーリは静かに頷く。


「なら、北方かもしれないね」


 ラグナが腕を組む。


「……なんでそんな詳しいんだ?」


 するとユーリは、少し照れたように笑った。


「まぁ、幼い頃から色々学ぶの好きでさ」


 軽い口調。


 けれど、その横顔はどこか大人びて見えた。


 夜風が吹く。


 焚き火の火が揺れ、星空が静かに広がっていた。


 ルミナスが静かに口を開く。


「……ユーリ」


「ん?」


「今度は、あなたのことも聞かせてもらえますか」


 焚き火が、小さく爆ぜた。


 ユーリは少しだけ目を細める。


 それから、空を見上げた。


「僕?」


「はい」


 ルミナスは頷く。


「あなたは、人間ですよね」


「そうだね」


 ユーリはあっさり答えた。


「でも、僕はずっと南で育ったから」


「南?」


 リオンが聞き返す。


 ユーリは地面へ簡単な地図を描いた。


 草原。


 湖。


 さらに南。


 その先を指差す。


「ユリウス領」


「領主ユリウスが治めてる」


 その名前を口にした時。


 ユーリの声は、少しだけ柔らかかった。


「僕はそこで育ったんだ」


 ラグナが聞く。


「魔族の領地なのか?」


「うん」


 ユーリは頷く。


「人間も魔族も普通に居るよ」


 その言葉に、ルミナスが静かに目を動かした。


 ユーリは続ける。


「この笛も、そこで貰った」


 懐から魔笛を取り出す。


 黒い笛。


 淡く紫色の紋様が浮かんでいた。


「魔物は元々、死んだ魔族だ」


 ユーリは静かに言う。


「だから、誰にでも扱えていいものじゃない」


 焚き火の光が、笛を照らす。


「この魔笛は、領主に認められた者しか持つことを許されない」


 ラグナが感心したように言う。


「へぇ……すげぇんだな」


 ユーリは少し笑った。


「まぁね」


 その笑みには、どこか誇らしさも混じっていた。


 エルが興味津々で聞く。


「そのユリウス領って、どんなとこなの?」


 ユーリは少し考える。


 それから、静かに答えた。


「良いところだよ」


 夜風が吹く。


「君たちも、いずれ招待したいな」


 その言葉。


 そこに、嘘は無かった。


 ユーリ自身、本気でそう思っていた。


 それが当然の世界だったから。


 ルミナスは静かにその横顔を見る。


 焚き火の火。


 揺れる星空。


 穏やかな夜。


 けれど。


 まだ彼らは知らない。


 その“良い場所”に隠された現実を。


 風が、草原を大きく揺らしていく。


 その先。


 まだ見ぬ南の地へ向かって。

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