第五十二話 戻らない子ども
森を抜ける風が、少し冷たくなっていた。
ユーリに案内されながら、一行は次の魔族の村を目指して進んでいた。
ユーリの後ろを、三体の魔物が静かについていく。
蔦を絡ませた異型の魔物は、時折木々へ巻き付いて移動していた。
ラグナはその姿を見ながら呟く。
「……未だに慣れねぇ」
「僕も」
リオンが苦笑する。
一方エルは、興味津々で鳥型の魔物を見ていた。
「この子、触っても平気?」
「機嫌が良ければ」
「怖っ」
そんなやり取りをしながら進んでいた時だった。
木々の向こう。
遠くに小さな村が見えた。
煙。
人影。
だが。
「……なんか騒がしくねぇか?」
ラグナが目を細める。
村の中央に人が集まっている。
慌ただしい声まで聞こえてきた。
ルミナスも視線を向ける。
「何かあったのでしょうか」
ユーリは少しだけ肩をすくめる。
「人間の村だね」
そして、自分の後ろの魔物たちを見る。
「さすがにこのまま行ったら大騒ぎになるか」
ラグナは頷く。
「悪いけど、ちょっと待っててくれるか?」
「いいよ」
ユーリはあっさり答えた。
「少し戻った森で待ってる」
笛を軽く鳴らす。
魔物たちは静かに方向を変え、ユーリの後へついていった。
その姿を見送りながら、エルが呟く。
「ほんと不思議ねぇ……」
村へ近づくにつれ、空気の重さが分かってきた。
不安。
焦り。
恐怖。
村人たちの顔色が暗い。
ラグナが近くの男へ声を掛ける。
「何かあったのか?」
男は疲れた顔で振り返った。
「あんたたち、旅人か……」
声が掠れている。
「子どもがいなくなった」
短い言葉。
ルミナスの表情が変わる。
「……子ども?」
男は頷いた。
「若い夫婦の娘だ」
「朝から見つからねぇ」
エルが小さく息を呑む。
男は続けた。
「魔物かもしれん」
「でも、分からねぇんだ」
その顔には諦めが滲んでいた。
「この辺じゃ、時々ある」
ラグナが眉をひそめる。
「時々?」
「ああ」
男は静かに言う。
「行方不明者が出る」
「そして……戻ってきた奴は居ねぇ」
風が吹く。
村の空気が、さらに冷たく感じた。
リオンはロザリオを握る。
ルミナスは静かに周囲を見ていた。
誰もが不安そうだった。
その時。
少し離れた場所で、泣き声が聞こえた。
若い女。
その隣には、顔を伏せた男。
探している夫婦なのだろう。
ラグナはそちらへ歩いていく。
夫婦は、突然現れた旅人に戸惑ったようだった。
ラグナはしゃがみ込む。
「……娘さん、どんな子なんだ?」
女は涙を拭いながら答える。
「まだ……七歳で……」
震える声。
「赤いリボンを付けて、セリナって言うんです……」
男が拳を握る。
「俺たちが目を離したせいで……」
ラグナは静かに聞いていた。
ルミナスも、その話を黙って受け止める。
やがてラグナは立ち上がる。
「セリナだな」
「もし見つけたら」
夫婦が顔を上げる。
ラグナは真っ直ぐ言った。
「必ず連れて戻る」
強い声だった。
根拠はない。
それでも。
その言葉には不思議と力があった。
女は涙を零しながら頭を下げる。
「……お願いします……」
村を出た頃には、空は少し赤くなり始めていた。
森へ戻ると、ユーリが木にもたれながら待っていた。
魔物たちは大人しく座り込んでいる。
「おかえり」
ユーリが軽く手を上げる。
ラグナは少し重い顔のまま言った。
「子どもがいなくなったらしい」
ユーリは少しだけ目を瞬かせた。
「へぇ」
「この辺じゃ、よくあるんだってさ」
ラグナが続ける。
「戻ってきた奴も居ねぇって」
その話を聞いても。
ユーリの表情は、大きく変わらなかった。
「……まぁ」
小さく肩をすくめる。
「珍しくもないのかもね」
その返事に。
ラグナはわずかに眉をひそめた。
軽すぎる。
そんな違和感。
だが。
ユーリ自身に悪気が無いのも分かった。
だから、それ以上は聞かなかった。
ルミナスは静かに森の奥を見る。
風が吹く。
どこか遠くで、鳥の鳴き声が響いた。
そして一行は、再び歩き始める。
次の魔族の村へ向かって。
まだ知らない世界の奥へ向かって。




