第五十一話 魔物を連れた青年
魔族の村へ滞在してから、さらに数日が過ぎた。
村の空気は、以前よりずっと穏やかになっている。
畑では、ラグナと村人たちが笑いながら作業をしていた。
「ラグナ!そっちの籠頼む!」
「おう!」
以前なら、人間へ向けられていた警戒の視線も、今ではかなり薄れている。
そして。
「……できました」
カインは修理した農具を老人へ渡した。
老人は受け取り、しばらく眺めてから小さく頷く。
「前より使いやすいな」
「ほ、本当ですか?」
「うむ」
カインは少し照れたように笑った。
その周囲では、子どもたちが楽しそうに集まっている。
フィリアは、その光景を少し離れた場所から見つめていた。
まだ不安が完全に消えたわけじゃない。
けれど。
この村は、少しずつ変わっていた。
その時だった。
村の入口の方が、急に騒がしくなる。
ざわめき。
子どもたちの声。
「……?」
ラグナが顔を上げる。
村人たちも、入口へ視線を向けていた。
そして。
森の道から現れた“それ”に、ラグナたちは思わず身構える。
蔦を絡ませる異型。
二対の頭を持つ鳥。
黒い毛並みに鋭い牙。
魔物が、三体。
その後ろを、一人の青年が歩いていた。
年齢はラグナたちと同じくらい。
青髪。
細身の体。
穏やかな目をしている。
だが。
その青年は、まるで散歩でもするように魔物たちを連れていた。
ラグナが即座に剣へ手を掛ける。
ルミナスも前へ出る。
だが。
「大丈夫だよ」
青年が、少し困ったように笑った。
「この子達は、皆を襲わないから安心して」
魔物たちは唸り声を上げない。
むしろ青年の周囲を静かに歩いている。
エルが小さく呟く。
「……なにこれ」
リオンも目を見開いていた。
「ネクロマンサー……?」
「違うよ」
青年は首を振る。
「死霊じゃないからね」
その時。
村長が家から出てきた。
そして、驚く様子もなく言う。
「来たか、ユーリ」
ラグナたちは目を見開く。
知り合いなのか。
青年――ユーリは軽く会釈する。
「お久しぶりです、村長」
魔物たちも、村人へ敵意を向けない。
まるで慣れているようだった。
ラグナが眉をひそめる。
「……どういうことだ?」
ユーリはラグナたちへ視線を向ける。
そして、少しだけ目を丸くした。
視線の先。
ルミナスの胸元。
黒銀色の紋章。
ユーリの表情が変わる。
「……それ」
静かな声。
ルミナスは紋章へ触れた。
「魔王ナタージャ様より、お預かりしています」
沈黙。
ユーリはしばらく紋章を見つめていた。
やがて、小さく笑う。
「へぇ」
その目は、興味と驚きが混ざっていた。
「僕はユーリ」
穏やかな声。
「南方の魔族領で育ったんだ」
黒い獣型の魔物を軽く撫でる。
「交易のために、時々この村へ来てる」
ラグナが思わず聞く。
「交易って……人間なのに?」
「うん」
ユーリはあっさり頷いた。
「南の方は、わりと普通だよ」
その一言に、ラグナたちは顔を見合わせる。
“普通”。
その感覚が、彼らにはまだ新しい。
ルミナスが静かに聞く。
「……その魔物たちは」
ユーリは懐から笛を出して見せる。
「魔族の魔力が込められた魔笛っていうんだ」
「吹くとこの子達が落ち着くのさ」
ユーリが魔笛を吹くと、鳥型の魔物がユーリの腕に留まる。
「楽器!!」
エルが目を輝かせて見る。
「あたしも出来るわよ」
「演奏すると魔物たちを寝かせられるんだから」
得意げにハープを見せつける。
ユーリは、エルのハープをじっと見つめる。
「これには魔力を感じないな」
「ということは君の才能か」
驚きを隠せない表情だ。
今度はユーリが、じっとルミナスを見る。
「君たちはとても興味深いね」
「勇者が、魔王の紋章を持ってるなんて」
ルミナスは少しだけ目を伏せた。
「色々、ありまして」
「だろうね」
ユーリは笑う。
「聞きたいこと、いっぱいある」
ラグナが即答する。
「それはこっちもだ」
ユーリは少し考えるように空を見る。
それから。
「……良かったら、一緒に来ない?」
ラグナが首を傾げる。
「どこへ?」
「次の村」
ユーリは地図を軽く広げる。
「交易に行かなきゃいけないんだ」
地図の先。
さらに南側。
ナタージャの領地に点在する、別の魔族の村。
「きっと、君たちも見たいものがあると思う」
ルミナスは、その地図を静かに見つめた。
新しい土地。
新しい出会い。
そして、新しい価値観。
ラグナが笑う。
「面白そうじゃん」
エルも頷いた。
「旅っぽくなってきたわね」
リオンは少し不安そうに魔物を見る。
「……その子たち、本当に噛まない?」
「たぶん」
「たぶん!?」
ユーリは楽しそうに笑った。
翌朝。
ラグナたちは、再び旅立つ準備をしていた。
村の入口。
フィリアとカイン、そして村長たちが見送りに来ている。
カインが深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
ラグナは笑いながら手を振る。
「気にすんな」
フィリアはルミナスを見る。
「……また来てくれる?」
ルミナスは静かに頷いた。
「はい」
その返事に、フィリアは少し安心したように笑う。
村長はゆっくり前へ出た。
そして。
「……ラグナ」
「ん?」
「変な人間が増えたな」
ラグナが吹き出す。
「ユーリのことか?」
「おぬしら全員じゃ」
村長は小さく鼻を鳴らした。
だが。
その表情は、以前よりずっと柔らかかった。
森を抜ける風が吹く。
ラグナたちは歩き出す。
新しい仲間。
新しい旅路。
そして。
世界は、まだまだ広かった。




