第四十六話 王立図書館の記録
翌朝。
王都は、すでに活気に満ちていた。
石畳を行き交う人々。開き始める露店。焼きたてのパンの香り。
その中を、四人は並んで歩いていた。
「で、図書館ってどこなんだ?」
ラグナが周囲を見回しながら聞く。
「王城の北側だよ」
リオンが答える。
「昔、一回来たことある」
エルが少し意外そうに目を丸くした。
「リオンって本読むの好きなの?」
「……うん」
少し照れたように笑う。
「死霊のこと、調べたかったから」
ルミナスは静かに前を見ていた。
昨夜、ナタージャから聞いた話。
大戦争。
終わらなかった憎しみ。
そして、五百年。
それを“記録”として見たいと思った。
王立図書館は、王城近くに建つ巨大な石造りの建物だった。
高い柱。
青い屋根。
重厚な両開きの扉。
中へ入ると、空気が変わる。
静寂。
紙と古木の匂い。
天井まで届くほど高い本棚が、無数に並んでいた。
「……すげぇ」
ラグナが素直に呟く。
エルも目を輝かせた。
「迷子になりそう……」
受付にいた年老いた司書が顔を上げる。
「閲覧かね?」
リオンが一歩前へ出た。
「大戦争について調べたいんです」
司書の目がわずかに細くなる。
「……古い話だな」
「だが、閲覧は可能だ」
静かな声だった。
しばらくして。
四人は、大量の古文書に囲まれていた。
机の上に積まれた本。
古びた羊皮紙。
手書きの記録。
ラグナは早々に顔をしかめる。
「文字多すぎんだろ……」
「頑張って」
エルが笑う。
ルミナスは、一冊の分厚い記録書を開いていた。
そこには、古い文字でこう記されている。
『北方大戦争』
ページをめくる。
そこに書かれていたのは、想像以上に凄惨な記録だった。
焼かれた街。
死霊の軍勢。
魔物の暴走。
崩壊した国家。
『戦争開始より百二十年』
『死者数、既に数え切れず』
『王都北方区域、壊滅』
エルが小さく息を呑む。
「……ひどい」
リオンは別の文献を開いていた。
「こっちは、魔族側の記録みたい」
そこには、人間側の侵攻について記されていた。
『魔族の集落、焼失』
『幼子含む多数死亡』
『人間軍による掃討』
ラグナが眉をひそめる。
「……どっちも、同じことしてんな」
誰も否定できなかった。
記録は違う。
立場も違う。
だが、残されている痛みだけは似ていた。
ルミナスは静かにページをめくる。
その時。
一文が目に入る。
『戦争後期』
『北方戦線にて、空を覆う青白い光を確認』
ルミナスの指が止まる。
「……青白い光?」
リオンも顔を上げた。
「こっちにもある」
別の文献。
だが、同じ記述。
『閃光、一瞬にして視界を覆う』
『直後、戦場一帯が消滅』
エルが目を細める。
「……魔法?」
「分からない」
リオンはゆっくり首を振る。
「でも、この記録……人間側にも魔族側にもある」
ルミナスは静かに文字を追う。
『青白い雷光』
『海鳴りのような轟音』
『生存者、極少数』
ラグナが腕を組む。
「……怖ぇな」
その言葉は、正直だった。
ただの戦争じゃない。
何か、人知を超えたもの。
ルミナスはページを閉じる。
胸の奥に、小さな違和感が残った。
まるで、その記述だけが異質だった。
その時。
エルが別の本を見つける。
「これ……不可侵条約の記録じゃない?」
古い紋章入りの冊子。
王国と魔王領、双方の印が押されている。
リオンが覗き込む。
『大戦争終結後』
『北方跡地封鎖決定』
『巨大門建設』
ラグナが顔を上げる。
「門って……」
「たぶん、ナタージャが言ってた場所だ」
リオンが静かに答える。
さらに読み進める。
『死霊・魔物発生数、依然危険域』
『封鎖を推奨』
『許可なき侵入、厳禁』
エルが小さく肩を震わせる。
「……まだ残ってるんだ」
何百年経っても。
憎しみが。
戦争が。
ルミナスは静かに窓の外を見た。
王都は平和だった。
笑い声が聞こえる。
人々が行き交う。
けれど、その平和は。
積み重なった犠牲の上にある。
「……ルミナス?」
エルが少し心配そうに呼ぶ。
ルミナスはゆっくり振り返った。
「……はい」
その表情は静かだった。
だが、以前よりもずっと強い目をしていた。
「行かなければなりませんね」
ラグナが聞き返す。
「どこに?」
ルミナスは、机の上の記録を見る。
北方大戦争跡地。
巨大門。
そして。
未だ消えていない傷跡。
「……世界が、一番壊れた場所へ」
静かな声。
だが、その言葉には確かな意志があった。
四人は、再び顔を見合わせる。
魔王を倒す旅は終わった。
だが。
世界を知る旅は、まだ始まったばかりだった。




