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勇者になれなくても世界を救う  作者: 久瑠美 雷華
第四章 新たな旅への序章
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第四十四話 中立の旗

玉座の間には、静かな空気が流れていた。


誰も、すぐには言葉を発しない。


ルミナスの答え。


ナタージャの沈黙。


それらがまだ、広間の中に残っている。


やがて。


魔王ナタージャは、ゆっくりと立ち上がった。


長い黒髪が揺れる。


その姿を、四人は黙って見つめていた。


ナタージャは玉座から降りると、そのまま広間の奥へ歩いていく。


重い衣の裾が、赤い絨毯を静かに擦った。


「……ついて参れ」


低い声。


四人は顔を見合わせ、それに続く。


広間の奥の部屋には、大きな机が置かれていた。


古い木製の机。


無数の傷が刻まれている。


まるで、長い年月そのものみたいだった。


ナタージャは引き出しから筒を取り出す。


それを机の上へ広げた。


古びた羊皮紙。


そこに描かれていたのは――


世界地図だった。


挿絵(By みてみん)


ルミナスが目を見開く。


ラグナも思わず声を漏らす。


「……広ぇ」


それは、彼らが想像していたより遥かに広い世界だった。


人間の王国。


山脈。


大森林。


巨大な湖。


広大な砂漠。


廃墟。


そして。


白く塗られた広大な土地。


エルが小さく呟く。


「今まで旅してたのって……こんな小さい範囲だったのね」


地図の端。


自分たちが通ってきた場所は、ほんの小さな点に過ぎなかった。


リオンは地図の一角を見る。


そこには赤い印がいくつも描かれていた。


「これは……?」


ナタージャが答える。


「死霊の発生が多い地じゃ」


リオンの表情が曇る。


「大戦争の跡地……」


「そうじゃ」


ナタージャは静かに頷いた。


「今なお憎しみが残っておる」


その声には、五百年見続けてきた重さがあった。


ルミナスは地図を見つめる。


争いの跡。


傷跡。


世界そのものが、まだ癒えていない。


ナタージャは地図の一角を指した。


魔王領の内側。


三つの小さな印。


「まずはここじゃ」


「……村?」


ラグナが聞く。


「うむ」


ナタージャは続ける。


「魔王領内にある、三つの魔族の村」


「ここは、わらわの結界と目が届いておる」


ルミナスが顔を上げる。


「争いが少ない……」


「そうじゃ」


ナタージャは静かに言う。


「完全ではない」


「だが、比較的平和じゃ」


地図の上を、長い指がなぞる。


「まずは、ここから理解を得よ」


「小さくてもよい」


「成功例を作るのじゃ」


その言葉は、現実的だった。


理想だけでは終わらない。


順番に。


一歩ずつ。


世界を変えていく。


ラグナが腕を組む。


「……なるほどな」


「いきなり全部どうにかするのは無理ってことか」


ナタージャが小さく笑う。


「当然じゃ」


「世界は広い」


その一言が重い。


五百年生きた魔王の言葉だからこそ。


エルが地図を覗き込む。


「そのあと、どうするの?」


ナタージャの表情が少しだけ変わる。


「……問題は、その外じゃ」


指が、人間の領土へ移る。


「わらわの目が届かぬ地」


「そこには、今も争いが溢れておる」


魔族狩り。


略奪。


人攫い。


死霊利用。


魔物被害。


魔族同士の争い


「人間も魔族も、互いを恐れておる」


静かな声。


「そして恐れは、やがて憎しみになる」


ルミナスは、その言葉を静かに聞いていた。


ナタージャは続ける。


「ゆえにおぬしたちは、“中立”として動け」


ラグナが眉をひそめる。


「中立?」


「人間側にも立たぬ」


「魔族側にも立たぬ」


ナタージャの紫紺の瞳が四人を見る。


「争いを止める側として立つのじゃ」


その瞬間。


空気が変わった。


ルミナスの目が、静かに揺れる。


勇者。


その言葉の意味が、また少し変わる。


敵を倒す者ではない。


争いを止める者。


ナタージャは、今度はリオンを見る。


「死霊たちの理解を得られるのは、おそらくおぬしだけじゃ」


リオンが目を見開く。


「……僕?」


「死霊は過去の憎しみそのもの」


ナタージャは静かに言う。


「魔族に殺された者も多い」


「簡単には許さぬじゃろう」


リオンはロザリオを握る。


少しだけ怖かった。


けれど。


「……それでも」


小さく呟く。


「話したい」


ナタージャは、わずかに目を細めた。


次に、エルを見る。


「おぬしの歌は、不思議じゃ」


エルがきょとんとする。


「え?」


「歌は境界を越える」


ナタージャの声は穏やかだった。


「言葉より先に、感情へ届く」


エルは少し照れ臭そうに笑う。


「そんな大層なものじゃないわよ」


「だが、人を止めた」


ナタージャは静かに言う。


「眠らせ、争いを止めた」


エルは言葉を失った。


自分の歌が。


誰かを守る力になる。


その実感が、少しずつ胸に落ちていく。


次に、ラグナを見る。


「おぬしは、勇者にはなれなかった」


ラグナの顔に一瞬、悔しさが滲む。


だがすぐに、いつもの調子に戻り


「そんなことはもう、関係ねぇよ」


そう言って、ニッと笑ってみせた。


「そうだな、現にルミナスをここまで導いたのはおぬしじゃ」


「ラグナ、ルミナス、互いに過ちを正し、信じる道を行くとよい」


ラグナは拳で自身の胸を叩き。


「おう、任せとけ」


そして最後に。


ナタージャは、ルミナスを見る。


静かな沈黙。


紫紺の瞳と淡青の瞳が向き合う。


「……ルミナス」


「はい」


「おぬしは、勇者ではない」


空気が止まる。


ラグナがわずかに顔を上げる。


だが。


ナタージャは続けた。


「……まだ、ただの子どもじゃ」


その声は、不思議と優しかった。


「未熟で」


「迷い」


「間違える」


「だからこそ」


ナタージャは静かに言う。


「選べる」


ルミナスの瞳が、わずかに揺れた。


完成された英雄ではない。


だから、未来を変えられる。


ナタージャは地図を静かに閉じる。


そして。


五百年間、魔王として座り続けた女は。


四人を見て、ゆっくりと言った。


「ならば、見せてみよ」


静かな声。


だが、その中には確かな願いがあった。


「争わぬ世界というものを」


長い沈黙。


その言葉を、四人は受け止める。


ラグナは剣の柄を握る。


リオンはロザリオを胸に抱く。


エルはハープを抱え直した。


そして。


ルミナスは、真っ直ぐ頷く。


「……はい」


その瞬間。


魔王討伐の旅は終わった。


そして。


世界を変える旅が、始まった。

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