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勇者になれなくても世界を救う  作者: 久瑠美 雷華
第四章 新たな旅への序章
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第四十三話 前例のない選択

「おぬしは――わらわを討つか?」


 静かな問いだった。


 だが、その一言だけで空気が変わる。


 広大な玉座の間。


 炎の揺れる音さえ遠い。


 ルミナスは、ナタージャを見つめていた。


 五百年を生きた魔王。


 かつて勇者だった者。


 人間も魔族も変わらないと知り、それでも世界を変えられなかった者。


 その瞳には、怒りも憎しみもなかった。


 ただ、答えを待っている。


 ラグナたちも、何も言わなかった。


 これは、ルミナス自身の選択だから。


 長い沈黙。


 ルミナスは静かに目を伏せた。


 旅の記憶が浮かぶ。


 リオン。


 死霊を憎まず、救おうとした少年。


 エル。


 傷つけたくないと願い、歌を選んだ少女。


 ルナ。


 人間を怖がりながらも、笑ってくれた魔族の子。


 墓の前で泣いていた魔族たち。


 そして。


 ラグナ。


 誰より真っ直ぐに、“守りたい”を口にした少年。


 ルミナスは、ゆっくり顔を上げる。


「……私は」


 その声は小さい。


 けれど、震えていなかった。


「あなたを討ちたくありません」


 静かな答え。


 ラグナは黙ったまま、小さく目を細めた。


 エルも、リオンも、静かにルミナスを見る。


 ナタージャは何も言わない。


 ただ続きを待っている。


「旅をして、分かりました」


 ルミナスは続ける。


「人間にも、魔族にも」


「優しい人が居ます」


「悲しむ人が居ます」


「守りたいものがあります」


 一歩、前へ出る。


「あなたを殺しても」


「それだけでは、何も終わらない気がするんです」


 ナタージャの紫紺の瞳が、わずかに揺れる。


 だが、その声は静かだった。


「……だが、わらわは魔王じゃ」


「わらわが存在する限り、魔族は生まれ」


「魔物も存在し続ける」


 重い現実。


「争いの象徴であることに変わりはない」


 ルミナスは、その言葉を受け止める。


 逃げなかった。


「……はい」


 小さく頷く。


「だから、考えました」


 ナタージャが目を細める。


 ルミナスは胸元で手を握る。


 迷いを掴むように。


「魔王を殺す必要があるなら――」


 そこで一度、息を吸う。


 そして。


 真っ直ぐナタージャを見た。


「私が、“魔王でなくなる方法”を探します」


 沈黙。


 炎の音だけが広間に響く。


 ラグナの目がわずかに見開かれる。


 リオンも息を呑む。


 エルは静かにルミナスを見ていた。


 ナタージャだけが、動かない。


 ただ。


 その紫紺の瞳だけが、じっとルミナスを映している。


 長い沈黙だった。


 やがて。


「……くく」


 小さな笑い声。


 ナタージャは片手で口元を隠した。


「面白いことを言う」


 静かな声。


 だが、その表情は以前より柔らかかった。


「歴代の勇者たちは皆、わらわを殺そうとした」


「あるいは、恐れて逃げた」


「だがおぬしは違う」


 ルミナスは答えない。


 ナタージャはゆっくりと玉座へ戻る。


 その後ろ姿は、どこか長い孤独を背負っていた。


「“仕組みを変える”か」


 玉座へ腰掛ける。


「……五百年、生きてきたが」


「そんなことを言った勇者は初めてじゃ」


 ラグナがそこで、ようやく口を開いた。


「でもさ」


 ナタージャが視線を向ける。


 ラグナは腕を組んだ。


「俺も、そっちの方がいい」


 真っ直ぐな声。


「だって、討ったら終わりじゃねぇだろ」


「また次の魔王が生まれるんなら、同じことの繰り返しだ」


 ナタージャは静かにラグナを見る。


「……勇者になりたいと言っていた小僧が」


 少しだけ笑う。


「随分変わったな」


「うるせぇ」


 ラグナは少し照れ臭そうに鼻を鳴らした。


「でも俺、勇者になりたいのは変わってねぇよ」


「ただ」


 剣の柄へ手を置く。


「“誰かを守れる勇者”になりたい」


 その言葉に。


 ルミナスの目がわずかに揺れる。


 ナタージャは静かに目を閉じた。


「……なるほど」


 小さな呟き。


 リオンが前へ出る。


「僕も」


 ナタージャが視線を向ける。


 リオンは少し緊張しながら、それでも言葉を続けた。


「死霊たちと話したい」


「憎しみだけじゃないって、伝えたいんだ」


 エルもハープを抱え直す。


「あたしも、歌うわ」


「人間とか魔族とか関係なくね」


 四人の言葉が、静かに広間へ落ちていく。


 ナタージャはしばらく何も言わなかった。


 そして。


 ふっと、小さく息を吐く。


「……甘いな」


 その言葉に、誰も反論しない。


 ナタージャは続ける。


「人間を憎む魔族は多い」


「魔族を憎む人間もな」


「死霊など、なおさらじゃ」


 リオンの表情が少し曇る。


 ナタージャは静かに言う。


「簡単には変わらぬ」


「何十年、何百年とかかるやもしれん」


 重たい現実だった。


 理想だけでは終わらない。


 それでも。


 ルミナスは、まっすぐナタージャを見る。


「……それでも」


 その声に迷いはない。


「やります」


 静かな決意。


 ナタージャは、その瞳をじっと見つめた。


 長い時間。


 まるで、五百年を越えて確かめるように。


 やがて。


 魔王は、小さく笑った。


「……そうか」


 その声は、ほんの少しだけ穏やかだった。


「ならば」


 紫紺の瞳が四人を見る。


「次は、現実の話をするとしよう」


 その瞬間。


 玉座の間の空気が、わずかに変わった。


 討伐ではない。


 戦争でもない。


 世界を変えるための話が、今始まろうとしていた。

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