第四十話 魔族の葬列
山道の途中。
四人は、少し離れた丘の陰からその光景を見ていた。
谷間の小さな開けた土地。
そこに、魔族たちが静かに集まっている。
声は小さい。
泣き声さえ、風に溶けていくようだった。
ひとつの土盛り。
新しい墓。
そこに眠っているのは、ただの魔族の老人だった。
戦士ではない。
畑を耕して生きていた者。
ただ、それだけの存在。
「……普通に、生きてた人なんだな」
ラグナが小さく呟く。
エルはハープを胸に抱いたまま、何も言えないでいる。
リオンはロザリオを握りしめていた。
ルミナスは、ただその光景を見ていた。
その時だった。
別方向の茂みが揺れる。
ガサリ、と乾いた音。
「……おい、いるぞ」
低い声。
丘の反対側から、数人の人影が現れた。
傭兵崩れ。
汚れた鎧。荒い目つき。抜き身の剣。
「魔族かよ……ちょうどいいじゃねぇか」
笑い混じりの声。
魔族たちの空気が一気に変わる。
怯え。
緊張。
その場の“祈り”が、壊れそうになる。
ラグナが動こうとした瞬間――
「……待ってください」
ルミナスが、もう動いていた。
地面を蹴る。
迷いがない。
「っ、ルミナス!?」
ラグナの声より早く。
彼女は傭兵たちの間へ飛び込んでいた。
「何だこいつ!?」
剣が振り下ろされる。
ルミナスはそれを紙一重で躱す。
細い動き。
しかし無駄がない。
一歩踏み込み、手首を掴む。
「っ……!」
関節を外すように捻り上げる。
剣が落ちる。
「なっ……!」
もう一人が斬りかかる。
ルミナスは一歩後退。
そのまま地面を蹴り、背後へ回る。
肘打ち。
鈍い音。
男が崩れる。
ラグナが思わず息を呑む。
「……速いな」
エルも目を見開く。
「あの子……」
リオンは治癒の構えを取ろうとするが、必要なさそうだった。
ルミナスは冷静だった。
傷つけない。
必要以上に壊さない。
ただ、止める。
最後の一人が逃げようとした瞬間。
ルミナスは短く息を吐いた。
「……失礼します」
足元を払う。
体勢が崩れた瞬間、首筋へ軽く一撃。
男はその場に崩れ落ちた。
静寂。
風だけが戻ってくる。
ルミナスは倒れた男たちを確認し、手早く拘束した。
その動きに迷いはない。
まるで、誰かを“守ること”が最初から決まっていたように。
その場の魔族たちは、呆然としていた。
ラグナが駆け寄る。
「おい……無茶すんなって」
ルミナスは振り返る。
「無茶ではありません」
ただ、そう言う。
エルが小さく笑った。
「先に動くの、ルミナスなのね」
リオンも苦笑する。
「……頼もしいね」
魔族の老女が、ゆっくりと前に出た。
「……助けてくれたのかい」
ルミナスは一度だけ頷く。
「はい」
短い返事。
老女はしばらく彼女を見つめていた。
そして、静かに言う。
「じゃあ……見てもらえるかい」
ルミナスが目を向ける。
「この人のことを」
墓。
その前に、家族が並んでいた。
若い魔族の男が口を開く。
「この人はね」
「ただの畑仕事しかできなかったんだ」
リオンが以前聞いた言葉と同じだった。
だが、今は違う意味を持っている。
「魔王様の結界の中で生きてた」
老女が続ける。
「外にはほとんど出られない」
「でもね」
彼女は空を見上げる。
「死んだら外に埋めるんだよ」
ルミナスの目が揺れる。
「それは……なぜですか」
老女は少しだけ笑った。
寂しさの混じった笑みだった。
「結界の中はね」
「生きる場所なんだよ」
「でも死んだあとは」
「どこへでも行けるようにしてやりたいんだ」
風が吹く。
墓の土が、わずかに揺れる。
「自由にさ」
その言葉は、祈りだった。
ラグナは黙ってそれを聞いていた。
エルはハープをそっと撫でる。
リオンは目を閉じる。
ルミナスは、墓の前に静かに膝をついた。
「……そうですか」
小さく呟く。
そして、手を合わせた。
「どうか」
「安らかに」
風が一度、強く吹いた。
まるで、誰かが空へ旅立ったみたいに。
その光景を見ながら。
ラグナは小さく言った。
「……いい考えだな」
ルミナスは立ち上がる。
その目は、少しだけ強くなっていた。
守るべきものが、また一つ増えた顔だった。
そして四人は、再び歩き出す。
魔王城へ向かう道へ。
静かな祈りの場所を背にして。




