表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者になれなくても世界を救う  作者: 久瑠美 雷華
第三章 ルミナスの旅路
PR
40/74

第三十九話 勇者が壊した村

 朝の村は、いつもより少しだけ騒がしかった。


 荷物をまとめ終えたラグナたちが村の入口へ向かうと、そこには何人もの村人が集まっていた。


「また無茶するんでしょ」

「今度はちゃんと帰ってきなさいよ」


 口々に飛ぶ声に、エルが笑い、リオンが困ったように頭を下げる。


 ルミナスは、その光景を静かに見つめていた。


 ――見送られている。


 それは、送り出されることを“望まれている”ということだった。


 その時。


「ラグナ」


 低い声。


 ガルドだった。


 大きな布包みを片手に歩いてくる。


「……なんだよ」


 ラグナが振り返ると、ガルドは無言のまま布を放った。


 慌てて受け取る。


 ずしり、と重い。


「……剣?」


 布を外す。


挿絵(By みてみん)


 現れたのは、新しい剣だった。


 黒鉄の刀身。派手さはない。


 だが、握った瞬間に分かる。


 重心が、恐ろしいほど手に馴染む。


 ラグナが目を見開く。


「……これ」


 ガルドは腕を組んだ。


「今のお前には必要なもんだ」


 ぶっきらぼうな声。


 けれど、その目はまっすぐだった。


 ラグナは何度か剣を見て、それからガルドを見る。


「……俺のために打ってくれたこと、今まで無かったのに?」


 本気で驚いていた。


 ガルドは眉をひそめる。


「うるせぇな」


「昔のお前に渡しても、振り回されて終わりだ」


「今なら違う」


 短い言葉。


 だが、その重みは大きかった。


 ラグナはしばらく黙っていた。


 それから、小さく笑う。


「……ありがとな」


 ガルドは鼻を鳴らした。


 ふと、ルミナスを見る。


「……嬢ちゃん」


「はい?」


 ルミナスが振り返る。


 ガルドは少しだけ言葉を探すように黙ってから、頭を掻いた。


「ラグナの事を頼んだ」


 ルミナスの瞳がわずかに揺れる。


 ラグナがすぐ反応した。


「はぁ!? なんでルミナスに言うんだよ!」


「お前はどうせ無茶するからだよ馬鹿」


「してねぇ!」


「してる」


 エルとリオンの声が重なる。


「なんでだよ!?」


 ガルドは呆れたように笑った。


「昔っからそうなんだ、こいつは」


「無理してでも前に出る」


「気づいたらボロボロになってやがる」


 ラグナは気まずそうに目を逸らす。


 ルミナスは静かにラグナを見る。


 それから、ガルドへ向き直った。


「……はい」


 小さく。


 けれど、はっきりと頷く。


「私が、見ています」


 ガルドは少し驚いた顔をしたあと、


 ふっと目を細めた。


「そうか」


 朝の風が吹き抜ける。


 村の匂い。


 土の匂い。


 人の暮らしの匂い。


 ルミナスは静かに思う。


 ――守りたい。


 こういう場所を。


 こういう時間を。


 壊さずに。


 ラグナが歩き出す。


「よし、行くか!」


 エルが続く。


「次はどこ目指すの?」


「道なり!」


「絶対適当でしょ!?」


 リオンが苦笑しながら後ろを追う。


 ルミナスも歩き出した。


 その背に。


「ラグナ!」


 ガルドの声が飛ぶ。


 ラグナが振り返る。


 ガルドは、少しだけ真面目な顔をしていた。


「……ちゃんと、生きて帰ってこい」


 ラグナは、一瞬だけ目を見開く。


 それから。


 いつもの笑顔で笑った。


「当たり前だろ!」


 その返事を聞いて。


 ガルドはようやく、安心したように笑った。


 四人の背中が、少しずつ遠ざかっていく。


 朝日に照らされながら。


 その先には、魔王城がある。


 そして。


 まだ誰も知らない答えが、待っていた。




 魔王城へ向かう街道から少し外れた場所。


 山に囲まれた小さな村へ、四人は立ち寄っていた。


 日は傾き始めている。


 旅人を泊めるための古びた宿屋。煙突から立ち上る白い煙。畑仕事を終えた人々の姿。


 どこにでもありそうな村だった。


 ……最初は。


「なんか変じゃない?」


 エルが小声で言った。


 ラグナも頷く。


「ああ」


 村に入ってからずっと感じていた。


 視線だ。


 村人たちが、ちらちらとこちらを見ている。


 特に。


 ルミナスを。


 金髪の少女へ向けられる目には、警戒と……怯えのようなものが混ざっていた。


 ルミナスは気づいている。


 だが、何も言わない。


 宿屋へ入る。


 年老いた女主人が顔を上げた。


「……旅人かい」


「ああ、四人だ」


 ラグナが答える。


 女主人は頷きかけ――


 その視線が、ルミナスで止まった。


 空気が固まる。


「……どうかしましたか?」


 ルミナスが静かに尋ねる。


 女主人は慌てて首を振った。


「い、いや……」


 だが、その顔色は明らかに変わっていた。


「……金髪なんて、珍しくてね」


 嘘だと分かる。


 ルミナスはそれ以上聞かなかった。


 夜。


 宿の食堂。


 客は少ない。


 村人たちは四人を避けるように座っていた。


 エルが小さく呟く。


「感じ悪いわねぇ……」


「……僕たち、何かしたかな」


 リオンも困ったように視線を落とす。


 その時だった。


「お前たち」


 低い声。


 振り向くと、一人の老人が立っていた。


 深い皺の刻まれた顔。


 杖をつきながら、ルミナスを見ている。


「……その髪」


 ルミナスは静かに答える。


「何か、ご存知なのですか」


「……この村にはな」


 老人が静かに言う。


「昔から、ある言い伝えが残ってる」


 宿の空気が静まる。


「金髪の勇者が、この村を壊した……とな」


 ルミナスの目が揺れる。


「本当に居たのか、どこまで本当なのか……わしにも分からん」


「ただ」


 老人は続ける。


「その勇者は、 “魔族を許した人間”まで敵だと言ったそうだ」


「村は疑い合い、争い……最後には壊れた」


 重たい沈黙。


「そして勇者は、魔王城へ向かった」


「……それきりだ」


 その先を、誰も知らない。


 帰ってこなかった。


 死んだのか。


 勝ったのか。


 何も。


 ただ、 “消えた”。


 老人はルミナスを見る。


「その姿を見ると、皆怖がる」


 白い肌。


 金髪。


 勇者の特徴。


 ルミナスは、静かに目を伏せた。


「……私は」


 小さく呟く。


「同じになるのでしょうか」


 誰にも向けていない声。


 けれど。


 ラグナが即座に立ち上がった。


 椅子が鳴る。


「ならねぇよ」


 真っ直ぐな声。


 ルミナスが顔を上げる。


 ラグナは迷いなく言った。


「お前はそんな奴じゃねぇ」


「でも……」


「でもじゃない」


 ラグナは続ける。


「お前、人間も魔族も守りたいって言っただろ」


「だったらそれでいい」


 単純だった。


 不器用だった。


 けれど。


 嘘がなかった。


 エルがふっと笑う。


「そうね」


「ルミナス、悩みすぎ」


 リオンも頷く。


「僕も……そう思う」


 ルミナスは三人を見る。


 その目が、少しだけ揺れる。


 老人は、その光景を黙って見ていた。


 やがて。


 小さく息を吐く。


「……そうか」


 皺だらけの顔が、ほんの少しだけ和らいだ。


「なら、お前たちは」


「少し違うのかもしれんな」


 その夜。


 宿の窓から、ルミナスは空を見ていた。


 遠い闇の向こう。


 魔王城がある。


 そこには、勇者を待ち続けた魔王がいる。


 そして。


 消えていった勇者たちの終わりも。


 ルミナスは胸元で手を握る。


 怖かった。


 もし、自分も間違えたら。


 もし、大切なものを壊したら。


 その時。


 隣に、ラグナが立った。


「また考え込んでる」


「……はい」


 ラグナは夜空を見る。


「ま、怖いよな」


 あっさり言う。


 ルミナスは少し驚いたように見る。


「でもさ」


 ラグナは笑った。


「お前、一人じゃねぇだろ」


 風が吹く。


 その言葉は、不思議なくらい真っ直ぐ胸に届いた。


 ルミナスは、ゆっくり目を閉じる。


 そして。


 小さく頷いた。


「……はい」


 自分を見てくれる仲間たちがいる。


 それだけで胸の中を覆う影が消えていくようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ