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勇者になれなくても世界を救う  作者: 久瑠美 雷華
第三章 ルミナスの旅路
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第三十五話 優しかった人の影

挿絵(By みてみん)

 崩れかけた部屋に、静けさが落ちている。


 外から差し込む光は弱く、時間の輪郭がぼやけていた。


 ラグナは壁にもたれ、目を閉じている。エルは少し離れた場所で膝を抱え、ようやく落ち着いた様子だ。


 その中で。


 ルミナスは、リオンを見ていた。


「……リオン」


 静かな呼びかけ。


 リオンは顔を上げる。


「なに?」


「この城と……死霊たちについて、聞いてもよろしいですか」


 まっすぐな問い。


 遠慮はあるが、曖昧ではない。


 リオンは少しだけ目を伏せる。


 それから、ゆっくりと頷いた。


「……うん」


 短く息を吐く。


「話すよ」


 ――


「僕の父さんは……ネクロマンサーだった」


 その言葉から、すべてが始まる。


「いろんな場所を回ってた」


「魔族に襲われて、死んじゃった人たちのところ」


 ルミナスは黙って聞く。


 ラグナも、目を閉じたまま耳を傾けている。


 エルは、じっとリオンを見る。


「……父さんはね」


 リオンの声は、どこか懐かしさを帯びていた。


「優しい人だった」


 ――


 荒れた村。


 焼けた家。


 倒れたままの人々。


 その中で、ただ一人。


 膝をついて話を聞く男。


『……そうか』


 低く、穏やかな声。


 目の前にいるのは、半透明の人影。


 泣いている。


『怖かったんだな』


 男は、静かに頷く。


『無理もない』


 その手は触れられない。


 けれど、その距離は近い。


 まるで、生きている者同士のように。


 少し離れた場所で。


 小さな少年が、その光景を見ていた。


 リオンだった。


 その隣には、母親。


 優しい目で、その背中を見ている。


『父さん、なにしてるの?』


『お話を聞いてるんだよ』


 母の声はやわらかい。


『この人たちはね、まだ言いたいことが残ってるの』


 少年は、もう一度見る。


 泣いている人影。


 それに、頷く父。


 その姿は――


 怖くなかった。


 むしろ、あたたかかった。


 ――


「……僕もね」


 リオンの声が、現在に戻る。


「気づいたら、話せるようになってた」


「死霊と」


 ルミナスの瞳が、わずかに動く。


「自然に?」


「うん」


 リオンは頷く。


「父さんの真似してたら、いつの間にか」


 小さく笑う。


「すごいって言われた」


 その記憶は、明るい。


 けれど――


「……でも」


 声が、少しだけ沈む。


「途中から、変わった」


 ――


 同じような村。


 同じような死。


 だが。


 男の表情は、違っていた。


『……まただ』


 低い声。


 苛立ちが混じる。


『また、魔族か』


 拳が、わずかに震える。


 死霊が、何かを訴える。


 だが、男はそれを遮る。


『分かっている』


『……分かっているんだ』


 目が、どこか遠くを見る。


『すべて、あいつのせいだ』


 リオンは、その姿を見ていた。


 何かが、違う。


 優しかった声。


 穏やかな目。


 それが、少しずつ歪んでいく。


 母が、小さくリオンの肩に手を置く。


 何も言わない。


 ただ、見守るしかなかった。


 ――


「……父さんは」


 リオンの声は、静かに続く。


「死霊を助けたいって気持ちが……」


「いつの間にか、“復讐”に変わってた」


 ラグナの目が、ゆっくりと開く。


「魔王を倒すって言い出した」


 短く、重い言葉。


「そのために……」


 リオンは、少しだけ言葉を探す。


「もっと、戦力が必要だって」


 ――


 城。


 まだ人が生きている場所。


 兵士たちが行き交う。


 その外で。


 男が立っている。


 その背後に、無数の死霊。


『ここだ』


 低く呟く。


『ここを落とす』


 リオンが、小さく震える。


『父さん……?』


 男は振り返る。


 その目に、迷いはなかった。


『魔王に誑かされた者たちだ』


 そう言い切る。


『救ってやる』


 その言葉は、かつてと同じ形をしている。


 けれど。


 意味は、まるで違った。


 ――


「……ネクロマンサーはね」


 リオンが続ける。


「操れる死霊の数に、限界があるんだって」


「だから父さんは……」


「僕にも、やらせようとした」


 ルミナスが問う。


「あなたが、ネクロマンサーになると?」


「うん」


 リオンは頷く。


「僕にもできるって、信じてた」


 ――


 城は、落ちた。


 多くの人が死に。


 そして、立ち上がる。


 半透明の兵士たち。


 無言で並ぶ。


 男は、その光景を見て満足そうに頷く。


『これでいい』


『これで……届く』


 リオンの前に立つ。


『お前にも任せる』


 背後を示す。


 無数の死霊。


『共に、魔王を討つ』


 その言葉は、重かった。


 リオンは、動けない。


 何かが、違う。


 何かが――


 壊れている。


 ――


「……でも」


 リオンの声が、わずかに震える。


「僕は、できなかった」


「ネクロマンサーには、ならなかった」


 ラグナが静かに言う。


「ヒーラー、だったんだな」


「うん」


 リオンは頷く。


「……父さん、怒ったよ」


 小さく笑う。


 けれど、その笑いは軽くない。


「全部、置いていった」


「僕と……この城の人たちを」


 沈黙が落ちる。


「……それで」


 ルミナスが静かに問う。


「“魔王に誑かされた”という話は」


 リオンは、少しだけ目を閉じた。


「……嘘だよ」


 はっきりと、言う。


「父さんは、魔王に会ったことなんてない」


「ただ……」


 一拍。


「そう言ったほうが、都合がよかったんだと思う」


 重たい真実。


 誰も、すぐには言葉を返せない。


「……僕は」


 リオンが、ゆっくりと顔を上げる。


「ネクロマンサーにはなれなかったけど」


 手を見る。


 小さく、握る。


「でも、助けたいって思った」


「父さんが最初にやってたこと」


「それだけは、間違ってなかったから」


 静かな決意。


 ルミナスは、その言葉を受け止める。


 否定も、肯定もせず。


 ただ、理解しようとする。


「……あなたは」


 ゆっくりと口を開く。


「選択したのですね」


 リオンは、少しだけ驚いて。


 それから、頷いた。


「……うん」


 小さな答え。


 けれど、それは確かなものだった。


 部屋の外。


 風が、崩れた廊下を抜ける。


 どこか遠くで、何かが軋む音。


 この城は、まだ終わっていない。


 そして――


 彼らの物語も、まだ続いていく。

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