第三十三話 温かな再会
森を抜けると、空気の質が変わる。
湿った匂いが薄れ、代わりに土と煙と、どこか甘い焼き物の香りが混ざる。
「……着いた」
エルが、少しだけ早足になる。
見えてきたのは、木々に囲まれた小さな村。
丸太で組まれた家々。干された野菜。弓を持った人影。
「エルだ!」
誰かが気づく。
次の瞬間、空気がぱっと明るくなる。
「あんた、無事だったのね!」
「遅かったじゃない!」
「どこ行ってたのよ!」
声が重なる。
エルは笑いながら、手を振った。
「あたし、ちゃんと帰ってきたでしょ!」
その声は、旅の中よりも少しだけ高くて、柔らかい。
ラグナはその様子を横目で見て、軽く息を吐く。
「……ホームだな」
「うん」
リオンが頷く。
ルミナスは、その光景を静かに見ていた。
囲まれる少女。
迎える人々。
その距離の近さ。
――これが、“帰る場所”。
言葉にしなくても、理解できる何か。
「お母さーん!」
エルが一軒の家に駆け寄る。
扉が開く。
現れた女性は、エルの顔を見るなり、ほっとしたように息をついた。
「……無事でよかった」
強く抱きしめる。
エルは少しだけ照れくさそうに笑った。
「大げさだよ」
「大げさじゃないわ」
短い会話。
けれど、その中に詰まっているものは大きい。
やがて、エルはぱっと顔を上げた。
「ねえ見て!」
背負っていた矢筒から一本、矢を取り出す。
先端に、丸い玉。
布で包まれたそれは、柔らかく光を弾く。
「これ、あたしが作ったの!」
「……あら?」
母親が目を細める。
「これでね、ちゃんと当てられるの!」
エルはくるりと振り返る。
「ちょっと見てて!」
村の広場の端に、木の的が立てかけてある。
エルは弓を構える。
息を整える。
そして――
ひゅん。
矢が飛ぶ。
まっすぐに。
迷いなく。
「……!」
とん、と。
柔らかい音を立てて、的の中心に当たる。
ほんの一瞬、静寂。
それから。
「当たった……」
母親の声が、少し震える。
「エルが……」
周りの人たちも、驚いた顔で見ている。
エルは胸を張る。
「でしょ!」
誇らしげな笑顔。
「ちゃんと当てられるの!」
その姿は、どこか少しだけ子どもで。
でも確かに、自分の力で掴んだ何かを持っていた。
ラグナが腕を組む。
「ちゃんと、じゃねぇな」
「え?」
「ちゃんと“以上”だろ」
エルが一瞬きょとんとして――
それから、にっと笑う。
「そうかも!」
リオンも、やわらかく拍手する。
「すごいよ、エル」
ルミナスは、その光景をじっと見ていた。
胸の奥に、微かな温度が生まれる。
熱いわけではない。
強くもない。
けれど――
確かに、存在している。
「……」
理由を、考える。
理解しようとする。
だが、それよりも先に。
ただ、そのまま見ていたいと思った。
「……いいですね」
小さく、呟く。
誰にも届かない声。
けれど、その言葉は確かだった。
――
しばらくして、村の人たちと話す時間ができた。
水をもらい、簡単な食事を分けてもらう。
ラグナは木陰に腰を下ろしながら、近くの男に声をかけた。
「ここ、最近変わったことあったか?」
男は少し考えてから、顎に手を当てる。
「……変わったこと、か」
「大きなもんはねぇが……」
一拍。
「妙なもんは見たな」
ラグナの目が細くなる。
「妙なもん?」
男は声を少し潜めた。
「狩りに出てたときだ」
「森の外れでな……旅人に会った」
リオンが顔を上げる。
「旅人?」
「ああ」
男は頷く。
「でも、普通じゃねぇ」
その言葉に、空気が少しだけ張る。
「……何が」
ラグナが低く問う。
男は、少しだけ言いづらそうにしてから言った。
「魔物を、連れてた」
一瞬、沈黙。
エルの手が、ぴたりと止まる。
「……魔物を?」
「見間違いじゃねぇ」
男はきっぱり言う。
「狼みてぇなのとか、木に絡むやつとか……明らかに普通じゃねぇ」
リオンの顔が、わずかに強張る。
「……でも」
ルミナスが静かに口を開く。
「それが事実なら、通常は襲われているはずです」
「だろ?」
男は苦く笑う。
「なのに、そいつら……大人しかった」
ラグナの指先が、わずかに動く。
「……操ってたのか」
「たぶんな」
男は頷く。
「しかもよ」
一拍置く。
「そいつ、人間だった」
その言葉は、重く落ちた。
「……人間?」
エルが小さく呟く。
「間違いねぇ」
男は断言する。
「ちゃんと話もした」
ラグナが前に身を乗り出す。
「何て言ってた」
「道を聞かれた」
男は答える。
「南の方へ行くにはどう行くか、ってな」
「南……」
リオンが繰り返す。
ルナの森とは逆方向。
結界の外。
「どこの国だ」
「詳しくは言ってなかったが……南方の国だろうな」
男は腕を組む。
「それで、道だけ教えて別れた」
「……それだけか?」
「ああ」
男は首をすくめる。
「妙だったが、襲ってくる気配もなかったしな」
沈黙が落ちる。
風が、ゆっくりと村を通り抜ける。
ラグナは、目を細めたまま空を見上げる。
「……ネクロマンサーか」
小さく呟く。
リオンの指が、わずかに震える。
だが、何も言わない。
ルミナスは、そのやり取りを静かに見ていた。
新しい情報。
未知の存在。
そして――
どこかで繋がる気配。
「……」
まだ、形にはならない。
けれど確かに。
物語は、また一歩進んでいた。




