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勇者になれなくても世界を救う  作者: 久瑠美 雷華
第二章 魔王と勇者
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第十七話 光のはじまり

 挿絵(By みてみん)

 魔王城を後にした三人は、夜の気配がわずかに残る森へと足を踏み入れていた。


 背後にそびえる城は、振り返ればまだ見える。

 だが、もうそこへ戻る理由はない。


 ラグナは腕の中の小さな命を見下ろした。


 静かに眠っている。

 何も知らず、何も背負わず。


 それでも――確かに、重い。


「……不思議だな」


 ぽつりと呟く。


 エルが横から覗き込む。


「何が?」


「いや……さっきまで魔王と向き合ってたのにさ」


 ラグナは苦笑する。


「今は赤ん坊抱えて歩いてるって、なんか実感ねぇ」


 その言葉に、エルはくすっと笑った。


「ほんとだね。なんか、急に世界が変わった感じ」


 後ろを歩いていたリオンも、小さく頷く。


「でも……この子は、本当に託されたんだね」


 ロザリオを握る手に、わずかに力がこもる。


「僕たちに」


 三人はそれ以上言葉を交わさなかった。


 ただ、森の奥へと進む。


 やがて、少し開けた場所に出た。


 ラグナは周囲を見渡し、頷く。


「ここでいいか」


 エルが薪を集め、リオンが火を灯す。


 ぱち、と音を立てて火が生まれる。


 小さな焚き火。


 その揺らめきが、三人と一つの命を優しく照らした。


 ようやく、全員が腰を下ろす。


「……はぁ」


 エルが大きく息を吐いた。


「なんか一気に疲れた……」


「無理もないよ」


 リオンも苦笑する。


「魔王と話して、そのまま……これだから」


 視線は自然と、ラグナの腕の中へ。


 赤子はまだ、静かに眠っている。


 ラグナは慎重に体勢を変え、焚き火の近くに座り直した。


「起きねぇな」


「安心してるのかもね」


 エルが優しく言う。


「……あたしたちのこと、分かるのかな」


「分からなくても」


 リオンが続ける。


「感じてるのかもしれない。怖くないって」


 火の音が、静かに弾ける。


 森の中に、穏やかな時間が流れた。


 やがて。


「……名前、どうする?」


 エルがぽつりと呟く。


 ラグナの視線が、赤子に落ちる。


 ナタージャの言葉が蘇る。


 “そなたらが与えよ”


 しばらく考える。


 焚き火の光が、赤子の金色の髪をやわらかく照らす。


「……ルミナス」


 ラグナが、静かに言った。


 エルが顔を上げる。


「ルミナス?」


 リオンも繰り返す。


「……光、って意味だね」


 ラグナは頷く。


 そして、少しだけ言葉を探すように間を置いた。


「さっきさ、魔王が言ってたろ」


 低く、ゆっくりと続ける。


「人も魔族も変わらないって」


 火の音が、小さく弾ける。


「でも現実はさ、ずっと争ってて……お互いを理由にして、傷つけてる」


 ラグナは赤子を見つめる。


「こいつはさ、そのどっちからも生まれた存在なんだろ」


 リオンの手が、わずかにロザリオを握る。


 エルも黙って聞いている。


「だったら――」


 ラグナの声が、少しだけ強くなる。


「こいつは、どっちかじゃなくていい」


 焚き火の光が、瞳に映る。


「人と魔族、その間に立てるやつになれるかもしれない」


 静かに、でも確かに。


「争う理由じゃなくて、繋ぐ理由になれるやつに」


 エルの目が、わずかに潤む。


 リオンは息を呑む。


 ラグナは小さく笑った。


「難しいのは分かってる。でもさ」


 少し照れたように、頭をかく。


「だったらせめて、明るく照らすやつになってほしい」


 その視線が、まっすぐ赤子へ向く。


「迷った時に、どっちにも進めるように」


「真っ暗なとこでも、道が見えるように」


 そして。


「だから、ルミナスだ」


 静かに言い切る。


「こいつが、光になるように」


 ――沈黙。


 けれど、それは重たいものじゃない。


 じんわりと、胸に広がるような静けさ。


 エルが、ふっと笑った。


「……いい名前」


 優しく、心から。


 リオンも頷く。


「うん。きっと……ぴったりだよ」


 その時。


 小さく、赤子が身じろぎした。


「……ぁ」


 かすかな声。


 ゆっくりと目を開ける。


 三人が息を呑む。


 ルミナスはぼんやりと、焚き火の光を見つめた。


 そして――


「……ル……ミ……?」


 たどたどしい音。


 まだ言葉とも言えない声。


 だが、確かに自分の名をなぞるように。


 エルが思わず口元を押さえる。


「え、今……」


 リオンの目も大きく見開かれる。


「まさか……」


 ラグナは呆然としながらも、笑った。


「……すげぇな、お前」


 ルミナスはそのまま、再び目を閉じる。


 まるで、それだけで満足したかのように。


 三人は顔を見合わせた。


 驚きと、戸惑いと――


 少しの期待。


 その夜は、それ以上何も起こらなかった。


 ただ、焚き火の音と、小さな寝息が続くだけだった。


 ――そして、翌朝。


「……え?」


 最初に声を上げたのはエルだった。


 ラグナの隣。


 布に包まれていたはずのルミナスが――


 明らかに、大きくなっている。


「ちょ、ちょっと待って」


 エルが近づく。


「昨日より……大きくない?」


 リオンも慌てて確認する。


「ほんとだ……腕も、足も……」


 ラグナは腕を組み、じっと見る。


「……一日で、これか」


 その時。


 ルミナスがゆっくりと目を開けた。


「……ここは……?」


 はっきりとした言葉。


 三人が凍りつく。


「しゃ、喋った!?」


 エルが叫ぶ。


 リオンが後ずさる。


「いや昨日も少しは……でもこれは……!」


 ラグナは思わず吹き出した。


「ははっ、すげぇなほんとに!」


 ルミナスはゆっくりと体を起こす。


 まだ幼さはあるが、明らかに“赤子”ではない。


「……あなたたちは?」


 その問いに、三人は一瞬顔を見合わせる。


 そして。


 ラグナが答えた。


「俺はラグナだ」


 リオンが続く。


「僕はリオン」


 エルが笑う。


「あたしはエル!」


 ルミナスは静かに頷いた。


「……そう」


 そして、小さく微笑む。


「よろしく、お願いします」


 その仕草は、どこかぎこちない。


 けれど確かに、“人”だった。


 三人はしばらく言葉を失い――


 やがて、同時に笑った。


「……なんか」


 エルが言う。


「とんでもないことになったね」


 ラグナが肩をすくめる。


「今さらだろ」


 リオンも、少しだけ安心したように笑う。


「でも……」


 ルミナスを見る。


「ちゃんと、育てないとね」


 陽に当たる朝露がキラキラと輝く。


 新しい朝。


 新しい旅。


 そして――


 まだ何色にも染まっていない“光”。


 その始まりだった。

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