第十五話 魔王城
夜明け前。
空はまだ群青に沈み、草原には冷たい風が流れていた。
その先にそびえるのは――魔王城。
近づくほどに、その威圧は増していく。
黒き城壁は光を拒み、まるで世界から切り離された異物のようだった。
三人は言葉を交わさず、ただ歩く。
「……静かだな」
ラグナが低く言う。
エルが小さく頷く。
「うん……静かすぎる」
リオンも周囲を見渡す。
「魔物の気配が……ほとんどない」
やがて城門の前に辿り着く。
巨大な扉。
本来なら、固く閉ざされているはずの場所。
だが――
「……開いてる」
エルの声に、二人も視線を向ける。
門は、まるで招き入れるかのように開かれていた。
ラグナが前へ出る。
「罠でも、関係ねぇ」
短く言い切る。
リオンが息を整える。
「……行こう」
三人は互いに頷き、そのまま城内へと足を踏み入れた。
――冷たい。
空気が違う。
音が、妙に遠い。
石の床に響く足音だけが、やけに鮮明だった。
広間に出る。
「……誰もいない?」
エルが辺りを見回す。
その時。
「……いや」
ラグナが指差す。
壁際に、魔族が一人倒れていた。
リオンが駆け寄る。
「傷は……ない」
そっと手をかざす。
「ただ眠っているだけ……」
その後も、同じ光景が続く。
廊下にも、階段にも、広間にも。
魔族たちは皆、静かに倒れていた。
争った形跡はない。
血も、破壊もない。
ただ――眠っている。
「……誰かが、意図的に」
リオンが呟く。
エルが小さく言う。
「通してる……?」
ラグナは前を見据えた。
「……ああ」
その言葉は重く、確信に近い。
三人はそのまま進む。
導かれるように。
長い廊下。
高い天井。
開かれた扉。
やがて、最奥へ辿り着く。
巨大な扉が、そこにあった。
他とは明らかに違う威圧。
「……ここだな」
ラグナが手をかける。
エルとリオンが息を整える。
三人で頷き合い――
扉を押した。
抵抗はなかった。
静かに、開く。
――玉座の間。
広大な空間。
音すら飲み込むような静寂。
その中央。
玉座に、一人の女が座していた。
長く流れる髪。
整った顔立ちに刻まれた、揺るがぬ威厳。
その佇まいは、成熟した王そのもの。
ただそこに在るだけで、場の空気を支配している。
ラグナの足が止まる。
エルも息を呑む。
リオンの手がわずかに強張る。
女は、ゆっくりと目を開いた。
「……来たか」
低く、よく通る声。
感情を抑えた、硬質な響き。
ラグナが一歩前に出る。
「……あんたが」
そして、はっきりと言う。
「魔王、ナタージャか」
女は静かに頷いた。
「いかにも」
わずかに顎を引き――
「わらわは魔王、ナタージャ」
その言葉には、一切の揺らぎがなかった。
名乗りではなく、宣言。
その一言で、この場の支配者が誰かが確定する。
エルが一歩踏み出す。
「……どうして」
声を震わせながらも、視線は逸らさない。
「どうして、みんなを眠らせたの?」
ナタージャは視線を下ろし、静かに答える。
「貴様らを通すためだ」
短く、無駄がない。
リオンが眉を寄せる。
「通すため……?」
ナタージャはわずかに目を細める。
「無用な戦は好まぬ」
その言葉には、確かな意思があった。
ラグナが問いを重ねる。
「……俺たちが来るって、知ってたのか」
間を置かず、答えが返る。
「当然だ」
玉座に腰掛けたまま、ナタージャは三人を見据える。
「貴様らの動きは、すべて把握している」
空気が張り詰める。
エルが小さく呟く。
「……待ってたの?」
ナタージャはわずかに間を置き――
「ああ」
短く肯定する。
そして続ける。
「貴様らのような者が来ることをな」
その言葉に、三人の呼吸が揃って止まる。
ラグナは拳を握る。
「俺たちは、戦いに来たわけじゃねぇ」
ナタージャは即座に返す。
「承知している」
迷いはない。
すべて見透かしているような声音。
エルが一歩前へ出る。
「……話がしたいの」
ナタージャはゆっくりと頷く。
「よかろう」
そして、わずかに身を正す。
「話をするとしよう」
その一言で、場の空気が変わる。
逃げ場はない。
誤魔化しも効かない。
ただ、向き合うのみ。
ナタージャの視線が三人を射抜く。
「では問う」
静かに、重く。
「貴様らは何を求め、ここへ来た」
その言葉は刃のようだった。
ラグナは息を吐く。
エルは弓を下ろす。
リオンは一歩前へ出る。
――ここからが、本当の対峙。
三人は、魔王ナタージャと真正面から向き合った




