第十四話 重たい約束
城下町は、まるで祝祭のような賑わいだった。
石畳の通りには人があふれ、行き交う声が重なり合う。屋台からは香ばしい匂いが漂い、旗が風に揺れていた。
「……すごい人だね」
リオンが思わず足を止める。
「前の街より、ずっと多い」
エルも辺りを見渡しながら、小さく息をついた。
「王都、って感じ」
ラグナは人の流れをかき分けながら進む。
「はぐれんなよ」
「それ、少し前にも聞いた」
エルがくすっと笑う。
三人はやがて、大通りの先にそびえる城を見上げた。
白い石で築かれた高い壁。
いくつもの塔が空へと伸び、その姿は遠くからでも威厳を放っていた。
「……あれが」
リオンが呟く。
「王様の城」
ラグナは頷く。
「ここで書状をもらう。魔王に会うためのな」
その言葉に、エルの表情が少しだけ引き締まった。
「ちゃんと、話通じるかな」
「通すしかねぇだろ」
ラグナは短く言い切る。
三人は門をくぐり、城の中へと足を踏み入れた。
――謁見の間。
高い天井に、静かな空気。
外の喧騒が嘘のように、音が吸い込まれていく。
奥の玉座に、王は座っていた。
年老いてはいるが、その眼差しは鋭い。
ただの飾りではない“重さ”があった。
三人は進み出る。
「面を上げよ」
低く、落ち着いた声。
ラグナは顔を上げ、まっすぐに王を見る。
「……お前たちが、魔王に会いたいと願う者か」
「はい」
ラグナが答える。
王はしばらく三人を見つめていた。
値踏みするような視線。
だが同時に、何かを測るようでもある。
「魔王は、人の世に災いをもたらす存在だ」
静かに言葉が落ちる。
「討たれるべき敵であり、対話など成り立たぬと考える者も多い」
エルがわずかに視線を伏せる。
リオンも緊張した面持ちで立っている。
ラグナは、それでも目を逸らさない。
「……それでも、会いたいんです」
王の眉がわずかに動く。
「なぜだ」
問いは短い。
ラグナは一瞬だけ言葉を探し、そして答える。
「確かめたいからです」
静かな声だった。
「魔王が、本当に倒すしかない存在なのか」
その言葉に、場の空気がわずかに揺れる。
エルが小さく息を呑む。
リオンは、じっとラグナの背を見つめていた。
王はしばらく沈黙した。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……愚かな問いだ」
その一言は冷たい。
だが、完全な否定ではなかった。
「多くの者が、そう考え、そして命を落としてきた」
重い言葉。
ラグナは拳を握る。
それでも、引かない。
「……でも」
言葉を紡ぐ。
「会わなきゃ、わからないこともあると思うんです」
王の目が、わずかに細められる。
エルがそっと口を開いた。
「私たちは……戦うためじゃなくて、向き合うために行きたいんです」
リオンも続く。
「できれば、誰も傷つかない形で」
三人の言葉が、静かに重なる。
王はそれを聞き終え、深く息を吐いた。
長い沈黙。
やがて、側近に目配せする。
「書状を用意せよ」
エルが目を見開く。
リオンも驚いたように顔を上げる。
ラグナは、ほんのわずかに肩の力を抜いた。
だが、王は続ける。
「ただし、条件がある」
その声に、三人は再び姿勢を正す。
「魔王に“挑まぬ”こと」
空気が張り詰める。
「剣を向けず、あくまで使者として対面する。それを約束せよ」
ラグナの表情が、わずかに揺れる。
剣を、抜かない。
もし敵意を向けられても。
もし、危険な状況になっても。
王はさらに言葉を重ねた。
「我が国と魔王の間には、長きにわたる不可侵の条約がある」
その一言で、空気が一段、重く沈む。
エルがはっと顔を上げる。
リオンも息を呑んだ。
「どちらからであれ、その均衡が破られれば――戦になる」
静かだが、逃げ場のない響き。
「お前たちの軽率な行動一つで、多くの命が失われるやもしれぬ」
ラグナの拳が、ぎゅっと握られる。
守りたいもののために動くはずの自分が、
別の誰かを危険に晒すかもしれない。
その重さが、ずしりと胸に落ちる。
「……」
エルが静かにラグナを見る。
リオンも、不安そうに視線を向ける。
ラグナはしばらく考えた。
拳を握り、そしてゆっくりと開く。
「……約束します」
その声は、迷いを含みながらも、はっきりしていた。
「絶対に、争いにはしません」
王はじっとその顔を見つめる。
「違えれば、その命は保証せぬ。それだけではない」
一拍置いて。
「戦の引き金となれば、その責は……背負いきれぬぞ」
ラグナはまっすぐ頷く。
「それでも、行きます」
静かで、揺るがない言葉。
王はしばらく見つめ、やがて小さく頷いた。
書状が差し出される。
封をされた一通の紙。
重みは、先ほどよりもはっきりと感じられた。
ラグナはそれを受け取る。
「……感謝します」
王は何も言わず、ただ静かに目を閉じた。
謁見は終わる。
――城を出た三人は、再び賑やかな城下町へと戻った。
けれど、さっきまでの軽やかさは少し薄れている。
「……重いね」
リオンがぽつりと言う。
エルも小さく頷く。
「うん……ただ会いに行くだけじゃ、ないんだね」
ラグナは書状を見つめる。
「……ああ」
その紙一枚に、戦争の可能性すら乗っている。
三人はそのまま、近くの宿屋へと入った。
木の扉を開けると、温かな空気が迎える。
部屋に入り、扉を閉める。
ようやく、外の音が遠のいた。
リオンはベッドに腰を下ろす。
「はぁ……緊張した」
エルは窓へと歩み寄る。
外には、まだ灯りの残る街。
その向こう――夜の地平線に、かすかな影。
魔王城。
「……見える」
ラグナも隣に立つ。
リオンもやがて並ぶ。
三人で、同じ景色を見る。
遠くて、静かで、でも確かにそこにある。
「……行くんだよな」
ラグナが言う。
エルが頷く。
「うん」
リオンも、少しだけ強く。
「約束、守りながら」
戦わないこと。
争いを起こさないこと。
それは、ただ剣を振らないよりもずっと難しい。
ラグナは書状を握る。
「……でも」
二人が見る。
ラグナは目を細めた。
「それでも、行く」
その声は静かで、けれど確かな熱を持っていた。
エルが小さく笑う。
「うん。一緒に」
リオンも頷く。
「三人で」
夜の風が、窓からそっと入り込む。
遠くの城は、何も語らない。
けれど――
三人の中には、揺るがない決意が灯っていた。
その灯りは小さい。
けれど今度は、重さを知った光だった。




