第十三話 辿り着いた影
草原は、どこまでも広がっていた。
風が走るたび、緑が波のように揺れる。
その中に、不自然な影が三つ。
「来るな……」
ラグナが剣を抜く。
低く唸る魔物たちが、じりじりと距離を詰めていた。
三体。
数としては多くない。だが、油断すれば十分に危険な相手だ。
――けれど。
ラグナは、ほんの少し口元を上げた。
「やるぞ」
エルが一歩前に出る。
指先で矢の感触を確かめる。
「うん、試そう」
リオンは二人の少し後ろへ。
「僕が見る。無理はしないで」
風が止んだ気がした。
次の瞬間、魔物が飛び出す。
「まず一体!」
エルの弓が鳴る。
放たれたのは、麻痺粉入りの矢。
ひゅん、と一直線に飛び――
ぱんっ。
弾けた粉が、先頭の魔物を包む。
「グ……ッ!?」
動きが鈍る。
足がもつれ、地面を引きずるように進む。
「今だ!」
ラグナが踏み込む。
だが振り上げた剣は、振り下ろされない。
「寝てろ!」
剣の腹で叩く。
鈍い音とともに、魔物が転がった。
一体、無力化。
残る二体が怒りを露わにする。
一体がラグナへ、もう一体が大きく回り込む。
「挟む気だ!」
リオンの声。
ラグナは正面の一体に踏みとどまる。
「いいぞ、来い!」
鋭い爪が振り下ろされる。
受け流し、弾く。
だが完全には崩せない。
その瞬間――
パンッ!
乾いた破裂音。
魔物のすぐ横で、クラッカー矢が弾ける。
「っ!?」
一瞬、視線が逸れる。
「ナイス!」
ラグナが体勢を立て直す。
一方、もう一体はエルへと迫っていた。
距離が近い。
「エル!」
リオンが叫ぶ。
エルは一歩下がりながら、次の矢を番える。
放つ。
ぱん、と軽く弾けた瞬間――
もわっ、と煙が広がる。
「ギャッ……!?」
魔物の動きが止まる。
視界を奪われ、足取りが乱れる。
リオンがすかさず動く。
「こっち!」
エルの腕を引き、煙の外へ。
そのまま、手をかざす。
眩い光が、煙の中へ滑り込み魔物の視界を更に奪う。
「そこで止まって」
完全ではない。
だが、動きを鈍らせるには十分。
魔物の体が揺らぐ。
「今!」
エルが弓を引く。
放たれたのは、ゴム矢。
ひゅん、と軽やかに飛び――
ぽすっ。
頭部に当たる。
その一撃で、意識が途切れる。
魔物は崩れ落ちた。
残るは一体。
ラグナと向き合う獣が、低く唸る。
「終わりだな」
ラグナが低く言う。
エルは頷く。
「合わせるよ」
ラグナが一歩踏み出す。
魔物が跳ぶ。
その直前。
パンッ!
至近距離でクラッカー矢が弾ける。
視界が揺らぐ。
「もらった!」
ラグナが懐に入り込む。
振り下ろす――が、やはり刃ではない。
柄で打ち据える。
衝撃が走り、魔物は力を失う。
どさり、と地面に倒れた。
静寂が戻る。
風が、また草を揺らした。
ラグナが大きく息を吐く。
「……全部、生きてるな」
エルが弓を下ろす。
「うん。ちゃんと止められた」
リオンもほっとしたように微笑む。
「連携、うまくいったね」
三人は顔を見合わせる。
どこか、少しだけ誇らしい空気。
ラグナが肩を回す。
「いいな、これ。戦い方、増えた感じがする」
エルが小さく頷く。
「うん。“壊さない”選択もできる」
リオンはその言葉に、静かに目を細めた。
「……優しいね」
風が吹き抜ける。
草原の波が、遠くへと続いていく。
ラグナはふと顔を上げた。
「……あれ」
エルとリオンも、同じ方向を見る。
地平線の向こう。
揺れる緑の果てに――
黒い影があった。
それは、景色の一部にはあまりにも異質で。
空を切り裂くように、静かに、確かにそこに立っている。
「……城?」
リオンが小さく呟く。
ラグナは目を細めた。
「ああ……間違いねぇ」
声が、少しだけ低くなる。
「魔王城だ」
エルは息を呑む。
遠いはずなのに、存在だけで空気が変わる。
風が、ほんの少し冷たくなる。
三人はしばらく、その影を見つめていた。
さっきまでの戦いの余韻が、静かに引いていく。
代わりに胸に広がるのは――
まだ名前のつかない、何か。
ラグナがぽつりと呟く。
「……来たな」
その言葉は小さい。
でも、確かに重かった。
草原は、変わらず揺れている。
ただ、その先にあるものだけが――
これまでとは違って見えていた。




