第十二話 壊さず戦う方法
街の市場は、まるで色と音の渦だった。
布の鮮やかな色、果物の甘い匂い、金属を打つ音、威勢のいい呼び声。
その中を、ラグナはきょろきょろと歩いていた。
「なあエル、本当にこんなもんでいいのか?」
手には、丸いゴム玉やら、空洞の小さな球体やら、細い筒やら。
どう見ても武器というより、子どもの遊び道具に近い。
エルはそんな様子を見て、くすっと笑う。
「見た目はともかく、ちゃんと使えれば立派な武器よ」
「そういうもんかねぇ……」
リオンが横から覗き込む。
「でも、どうして矢を改造するの?」
エルは少しだけ考えてから答えた。
「壊したくないから」
短い言葉だった。
ラグナが眉を上げる。
「壊したくない?」
「うん。ラグナみたいに強く斬ることもできるけど、それだけじゃないやり方もあっていいと思うんだ」
指先で、丸い玉を転がす。
「眠らせたり、動けなくしたり、驚かせたり」
少しだけ微笑んで。
「“倒さなくてもいい戦い方”を、増やしたい」
リオンが小さく頷いた。
「……いいと思う」
その声は、どこかほっとしたようでもあった。
ラグナは腕を組んで考える。
「まぁ……確かに、全部ぶっ倒すしかねぇってのも、なんか違う気はしてた」
そして、にやっと笑う。
「よし、やってみるか。変な矢づくり」
――その日の午後。
三人は街の外れ、小さな空き地にいた。
人も少なく、試すにはちょうどいい場所だ。
地面には、買ってきた材料が広げられている。
「まずはこれだな」
ラグナが手に取ったのは、先端に丸いゴムを取り付けた矢。
「ただのゴム矢!」
「そのままだね……」
リオンが苦笑する。
エルは弓を構えた。
「でも、威力を抑えるにはいいかも」
弦を引き、放つ。
ひゅん、と軽い音。
ゴムの先端が、近くの木に当たって――
ぽすっ。
「……」
「……」
「……地味だな」
ラグナがぽつりと言う。
エルも少し困ったように笑った。
「でも、痛そうではあるね」
「いや、なんかこう……インパクトがねぇ」
リオンが小さく手を叩く。
「じゃあ次、試してみよう」
――次に取り出したのは、空洞の丸い玉を取り付けた矢。
「これは?」
「中に仕掛けを入れて、当たったら弾けるようにしたやつ」
ラグナが得意げに言う。
「クラッカーみたいなもんだな」
「危なくない?」
「大丈夫だって、火薬じゃねぇし」
エルは少しだけ慎重に構えた。
「いくよ」
放たれた矢は、先ほどよりも少し重い音を立てて飛ぶ。
木に当たった瞬間――
パンッ!
乾いた破裂音が響いた。
「おおっ!」
ラグナが目を輝かせる。
リオンも驚いたように目を見開いた。
「すごい……!」
エルは少しだけ目を丸くしてから、くすっと笑う。
「これは……びっくりするね」
「だろ?威嚇にはちょうどいい!」
ラグナは満足げに腕を組む。
「次は応用だな」
――三本目。
同じく丸い玉だが、中に詰められているのは粉。
「これは煙幕だ」
「煙?」
「当たったら中身が弾けて、視界を遮るって寸法」
エルは頷き、再び構える。
矢が飛び、木に当たる。
ぱん、と軽く弾けた瞬間――
もわっ、と白い煙が広がった。
「おお……!」
リオンが一歩下がる。
「見えない……!」
煙は思ったより広がり、あたり一面を覆った。
ラグナは笑う。
「これなら逃げる時にも使えそうだな!」
エルは煙の中で目を細める。
「うん……使い方次第で、かなり役立ちそう」
「よし、最後!」
ラグナが取り出したのは、同じく玉付きの矢。
「これは?」
リオンが尋ねる。
ラグナは少しだけ声を潜めた。
「麻痺粉入り」
「えっ」
エルがぴたりと動きを止める。
「大丈夫なの、それ」
「ちょっと動きが鈍くなる程度だって。売ってたやつだし」
「本当に?」
「……たぶん」
リオンが不安そうに見る。
エルは少しだけ考えてから、ゆっくり頷いた。
「……じゃあ、様子を見ながら」
慎重に弓を引く。
矢が飛び、木に当たる。
ぱん、と弾けて――
ふわり、と粉が舞った。
風に乗って、少しこちらにも流れてくる。
「うわ、来るぞ!」
ラグナが慌てて顔を背ける。
リオンも口元を押さえる。
エルは一歩下がりながら様子を見る。
「……どう?」
数秒の沈黙。
そして。
「……あれ?」
ラグナが首を傾げる。
「なんともねぇぞ」
リオンも、自分の手を見つめる。
「うん……大丈夫そう」
エルは少しだけほっとしたように息を吐いた。
「量が少なかったのかも」
ラグナが苦笑する。
「まぁ、調整は必要だな」
その言葉に、エルは頷いた。
「でも……いいと思う」
弓を見つめる。
「これなら、傷つけずに止められるかもしれない」
リオンも微笑む。
「うん。きっと、誰かを守るのに役立つよ」
ラグナは少しだけ照れくさそうに鼻を鳴らした。
「ま、役に立つならなんでもいいさ」
でも、その顔はどこか満足げだった。
空はすでに、夕暮れに染まり始めている。
オレンジ色の光が、三人を包む。
エルはそっと、新しい矢を一本手に取った。
丸い先端。
少し不格好で、でもどこかやさしい形。
「……これ、好きかも」
小さく呟く。
ラグナが笑う。
「だろ?」
リオンも、やわらかく笑った。
その日、三人は何度も試し、何度も失敗し、少しずつ改良を重ねていった。
強くなくてもいい。
壊さなくてもいい。
それでも、守れる方法を探して。
不器用なその試行錯誤は、やがて確かな力になっていく。




