第十一話 剣を振る理由
街は、久しぶりの喧騒に満ちていた。
人の声、荷車の軋む音、焼きたてのパンの香り。
「すごいね……こんなに人がいるなんて」
リオンがきょろきょろと周囲を見回す。
城の廃墟で暮らしていた彼にとって、それはまるで別世界だった。
「はぐれんなよ」
ラグナが言うと、エルがくすっと笑う。
「ラグナが一番迷子になりそうだけど?」
「ならねぇよ!」
そんな軽口を叩きながら、三人は掲示板の前に立った。
びっしりと貼られた依頼書。
その中からラグナが一枚を引き抜く。
「森の外れに出た魔物の討伐、か。ちょうどいいな」
「報酬もそこそこだね」
エルが覗き込む。
リオンは少しだけ表情を引き締めた。
「……頑張ろう」
――そして、数時間後。
森の外れ。
討伐対象の魔物は、すでに地面に倒れていた。
ラグナが剣を振って血を払う。
「よし、終わり!」
「お疲れさま、ラグナ」
リオンの光が、かすり傷を癒していく。
エルはハープを抱えながら、ほっと息をついた。
「今回は眠らせなくてもいけたね」
「まぁな。あいつ、動き単純だったし」
三人は軽く笑い合う。
報酬も受け取り、街を後にした帰り道。
空はすでに夕焼けに染まり始めていた。
道はゆるやかな坂になっていて、遠くの森が橙色に溶けている。
しばらくは、特に言葉もなく歩いていた。
風の音と、足音だけ。
その沈黙を、エルがふっと破った。
「ねえ、ラグナ」
「ん?」
振り向かずに返事をする。
エルは少しだけ間を置いてから言った。
「どうして、勇者になりたいの?」
その問いは、やわらかいけれど、まっすぐだった。
ラグナの足が、わずかに止まる。
リオンも、静かに視線を向ける。
しばらく、何も言わなかった。
夕焼けが、三人の影を長く伸ばす。
やがてラグナは、ぽつりと口を開いた。
「……昔さ」
声は、いつもより少し低い。
「俺の村、魔物に襲われたことがあんだ」
エルが息を呑む。
ラグナは前を見たまま、続けた。
「って言ってもあんまり覚えてねぇけどな」
「聞いた話だけど、めちゃくちゃにされてさ」
燃える家。
逃げ惑う人々。
血の匂い。
「俺は、瓦礫のそばに倒れてたってさ」
「でもこれだけはわかる」
拳が、ぎゅっと握られる。
「俺は、何もできなかった」
吐き出すような言葉。
「助けを呼ぶことも、誰かを守ることも……ただ、逃げるので精一杯だった」
リオンが、静かに目を伏せる。
エルも、何も言わずに聞いている。
「気づいたら、全部終わってた」
ラグナは小さく笑った。
乾いた、音のない笑い。
「俺だけが助かって、その時思ったんだ」
ラグナはゆっくりと顔を上げる。
「……俺、弱ぇなって」
夕焼けの光が、目に入る。
「何もできねぇなら、せめて――」
言葉を選ぶように、少しだけ間を置いて。
「“勇者”になりてぇって」
エルが小さく呟く。
「勇者……」
ラグナは頷く。
「勇者なら、守れたかもしれねぇだろ」
その言葉には、どこか子どもの頃の願いが混ざっていた。
「魔物を全部倒して、誰も泣かなくて済むようにしてさ」
少しだけ、視線を落とす。
「理不尽に奪われなくて良くなるだろ」
リオンが、ゆっくり顔を上げる。
エルはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと聞く。
「……それだけ?」
ラグナは少しだけ眉をひそめる。
「ん?」
エルは少しだけ笑った。
「ラグナってさ」
焚き火もない、ただの帰り道なのに、どこかあたたかい声で。
「“助けたいから勇者になりたい人”に見える」
ラグナはきょとんとする。
「……そうか?」
「うん」
エルは頷く。
「ルナの時もそうだったし」
少しだけ視線を逸らして。
「怖がってる人を見ると、ほっとけない顔してるもん」
ラグナは頭をかいた。
「そんなつもりねぇけどな……」
でも、少しだけ考える。
(……そう、なのか?)
リオンが、静かに口を開く。
「でも、それでいいと思う」
ラグナが振り向く。
「“勇者だから守る”じゃなくて、“守りたいから勇者になりたい”って……」
少しだけ言葉を選んで。
「すごく、ラグナらしいよ」
その言葉は、やさしくて、まっすぐだった。
ラグナは少しだけ照れくさそうに笑う。
「なんだよ、それ」
夕焼けが、少しずつ薄れていく。
空の色が、橙から群青へと移り変わる。
三人はまた、歩き出す。
ラグナは前を向いたまま、ぽつりと呟く。
「……まぁ、とにかくさ」
エルとリオンが顔を上げる。
「もう、何もできねぇのは嫌なんだよ」
その言葉は、強くはない。
でも、芯があった。
風が吹く。
その背中は、少しだけ――“勇者”に近づいているように見えた。




