第百十四話 騎士団
王都の門をくぐってから。
ラグナたちは、人々の流れに混ざるようにして大通りを歩いていた。
「……すげぇ人だな」
ラグナが呟く。
以前にも訪れたことのある王都。
それでも。
これほど多くの人々が行き交う光景には、未だに圧倒される。
道の両側には店が立ち並び。
商人たちの声が飛び交う。
荷車が行き交い。
その間を縫うように、人々が歩いていく。
そして。
その中でも。
一際、表情を固くしている者がいた。
「……」
ライカだった。
隣を歩くルミナスと繋いだ手。
そこへ。
無意識に力がこもる。
ルミナスが、その力に気付いた。
「ライカ」
「……なに?」
「大丈夫ですか?」
ライカは少しだけ考える。
周囲を見る。
前から人が来る。
後ろからも人が来る。
横から声が聞こえる。
どこを見ても。
人。
人。
人。
「……たぶん」
「それ、大丈夫じゃないやつだよ」
すぐ後ろからエルが言った。
ライカが振り返る。
「……そうなの?」
「そうなの」
エルは大きく頷いた。
「ラグナ。少し休んだ方がいいんじゃない?」
リオンもライカを気にしながら言う。
「どこか宿を探そうよ。荷物も置けるし」
「ああ、そうだな」
ラグナは頷いた。
「どうせ今日は王城まで行けそうにねぇし、先に泊まるところ決めるか」
そう言って。
辺りを見回す。
宿屋らしい建物はないか。
看板を探そうとした。
その時だった。
「待って!」
人混みの向こうから。
大きな声が響いた。
「誰か! その人を捕まえて!」
「ん?」
ラグナが振り返る。
人々の間を押し退けるように。
一人の男が走ってくる。
深く被ったフードで顔を隠し。
腕には。
一つの鞄を抱えていた。
「退け!」
男が叫ぶ。
ラグナの横を駆け抜けようとする。
「……っと」
ラグナは。
ほとんど考えるより先に動いていた。
男の腕を掴む。
「なっ!?」
突然引き止められ。
男の身体が大きくよろめいた。
「離せ!」
「暴れんなって!」
振りほどこうとする男の腕を捻り。
そのまま地面へ押さえ込む。
「ぐっ……!」
「ラグナ!」
リオンたちが駆け寄る。
「大丈夫?」
「ああ」
ラグナは男を押さえたまま答える。
「こいつで合ってるのか?」
「待って……!」
先ほど叫んでいた者が。
人混みを掻き分けながら走ってくる。
息を切らし。
地面へ押さえ込まれている男を見る。
そして。
その腕に抱えられた鞄を指差した。
「それ……私のです!」
「やっぱりか」
ラグナは男から鞄を取り上げる。
「リオン」
「うん」
リオンが受け取り。
追いかけてきた持ち主へ手渡した。
「中身、確認してください」
「あ、ありがとうございます……!」
鞄を受け取った者は。
慌てて中を確認する。
「大丈夫です。何も取られてません」
「良かった」
リオンが笑った。
その少し後ろ。
ライカは。
ルミナスの背後に隠れるように立っていた。
「……」
繋いだ手は。
まだ離していない。
旅を続ける中で。
人間とも。
魔族とも。
少しずつ話せるようになった。
知らない者に声を掛けられても。
以前ほど怯えることはなくなった。
それでも。
誰かが怒鳴り。
誰かが誰かを傷付けようとする。
そんな騒ぎを。
見たいと思えるようになったわけではない。
ルミナスは。
自分の背後に立つライカへ少しだけ顔を向けた。
けれど。
何も言わなかった。
ただ。
その手を握ったまま。
ライカの前に立っていた。
その時。
人混みの向こうから。
規則正しい足音が聞こえてきた。
一つではない。
複数の足音。
そして。
歩くたびに響く。
金属の擦れ合う音。
「道を空けてください」
落ち着いた声が響く。
人々が。
左右へ避けていく。
その間を。
三人の男が歩いてきた。
「……!」
ラグナが目を見開く。
白銀の鎧。
白を基調とした装備に。
僅かに施された金と青の装飾。
胸元には。
盾と。
その中央を貫くように描かれた一本の剣。
三人とも。
同じ紋章を身につけている。
「王都騎士団……」
ラグナが呟く。
「知ってるの?」
エルが聞く。
「知ってるも何も……王都を守ってる騎士団だぞ」
ラグナは。
思わず三人を目で追う。
剣を持ち。
人々を守る者。
剣を振り始めた頃。
ガルドから何度か話に聞いてきた存在だった。
その中でも。
中央を歩く男は。
左右の二人とは少し装備が違っている。
白いロングマント。
一般の騎士よりも僅かに装飾の多い鎧。
整えられた紫色の髪。
細い縁の眼鏡。
穏やかな表情を浮かべているが。
周囲を見る目は鋭い。
男は。
地面に押さえ込まれている男を見る。
次に。
ラグナへ視線を向けた。
「その男を捕まえてくれたのは、君かい?」
「あ、ああ」
ラグナが答える。
普段より。
ほんの少しだけ声が固い。
紫髪の男は。
僅かに口元を緩めた。
「助かったよ。感謝する」
そして。
後ろの二人へ視線を送る。
「彼を」
「はい」
二人の騎士が前へ出た。
ラグナが男の腕を離すと。
すぐに左右から挟み込むように立つ。
「立て」
「くそっ……」
男は観念したように立ち上がる。
そのまま。
二人の騎士に連れられていった。
周囲に集まっていた人々も。
騒ぎが終わったことを察し。
少しずつ散っていく。
けれど。
紫髪の男だけは。
その場に残っていた。
「……」
その視線が。
ラグナたちの間を静かに動く。
リオン。
エル。
ルミナス。
そして。
ルミナスの後ろに立っているライカ。
一瞬。
そこで視線が止まった。
ライカも。
男を見る。
紫髪の男は。
何も言わない。
ただ一度。
その姿を確認するように見つめ。
再びラグナへ視線を戻した。
「君たちには、少し聞きたいことがある」
「俺たちに?」
「ああ」
男は頷く。
「悪いが、騎士団の詰所まで来てもらえるかい?」
「……」
ラグナはリオンを見る。
リオンも。
少し不思議そうな顔をしていた。
「俺たち、何かしたか?」
「いや」
男はすぐに否定する。
「君たちを捕らえるつもりはないよ」
その声は。
あくまで穏やかだった。
「確認しておきたいことがあるだけだ」
「確認……」
ラグナは首を傾げる。
それから。
もう一度リオンを見る。
「どうする?」
「断る理由もないと思う」
リオンは答える。
そして。
少し疲れた様子のライカを見る。
「それに、ここで立って話すよりはいいんじゃないかな」
「ああ」
ラグナもライカを見る。
「休めそうだしな」
「では、決まりだね」
紫髪の男は。
王都の奥へ身体を向けた。
「こちらへ」
ラグナたちは。
その後について歩き始めた。
◇
大通りから少し離れた場所に。
王都騎士団の詰所はあった。
「……これが、詰所?」
エルが呟く。
目の前に建つのは。
白い石で造られた大きな建物。
王城と比べれば。
もちろん小さい。
けれど。
村で見てきた家々とは比べものにならない。
正面の入口には。
騎士団の紋章が掲げられている。
その前を。
白銀の鎧を身につけた騎士たちが行き交っていた。
「すげぇ……」
ラグナが建物を見上げる。
「ラグナ、いつもより嬉しそうだね」
リオンが笑う。
「だって騎士団の詰所だぞ?」
「そんなに好きなの?」
「好きっていうか……」
ラグナは少し考える。
「格好いいだろ」
二人の会話を聞いていたエルが突っ込む。
「子どもみたい」
「うるせぇな!」
先を歩いていた紫髪の男が。
背後の会話を聞いて。
僅かに笑った。
◇
案内されたのは。
詰所の中にある一室だった。
大きな机。
その周囲に置かれた椅子。
壁には。
王都周辺のものと思われる地図が掛けられている。
「好きなところへ座ってくれ」
促され。
ラグナたちは椅子へ座る。
ライカも。
ルミナスの隣へ腰を下ろした。
「さて」
紫髪の男は。
机を挟んでラグナたちの向かいへ座る。
そして。
眼鏡へ軽く触れた。
「紹介が遅れてしまって、すまない」
姿勢を正す。
「私はラケル」
男は静かに名乗った。
「王都騎士団の副団長を務めている」
「……副団長!?」
ラグナが声を上げる。
「そんなに驚くことかな?」
ラケルが僅かに笑う。
「いや、だって……」
ラグナは改めてラケルを見る。
確かに。
他の騎士とは装備が違っていた。
それでも。
まさか副団長本人だとは思っていなかった。
「騎士団の副団長が、街のスリまで捕まえに来るのか?」
「私も街を歩くことくらいはあるさ」
「そりゃそうだけど……」
「それに」
ラケルの目が。
ほんの一瞬。
ライカへ向いた。
「今日は、少し気になる報告も受けていたからね」
「気になる報告?」
「その前に」
ラケルはラグナを見る。
「君たちの名前を聞いても?」
「ああ」
ラグナは頷く。
「俺はラグナ」
「ラグナ……」
ラケルが。
その名前を小さく繰り返した。
「?」
ラグナが首を傾げる。
ラケルは何も言わず。
続きを促す。
「こっちはリオン」
「よろしくお願いします」
「エルと」
「よろしく!」
「ルミナス」
「ルミナスと申します」
最後に。
ラグナはライカを見る。
「それで、ライカだ」
「……ライカ」
ライカが小さく頭を下げる。
「そうか」
ラケルは。
一人ずつ確認するように見る。
けれど。
その視線が再びラグナへ戻った時。
ほんの僅かに。
目を細めた。
ラグナ。
赤い髪。
剣。
何かがラケルの中で引っ掛かかった。
だが。
それが何なのかを口にすることはなく、ラケルは静かに視線を外した。
「では、本題に入ろう」
部屋の空気が。
少しだけ変わる。
「先ほど言った、気になる報告についてだ」
ラケルは。
ライカを見る。
ライカの身体が僅かに強張る。
「今日、王都の門から」
ラケルは静かに続ける。
「魔族と思われる者が街へ入ったという話が、騎士団へ届いている」
「……」
ラグナたちは。
誰も答えなかった。
ラケルはライカから視線を外さず。
「それが、君だね?」
ライカは一瞬、ルミナスを見る。
それから。
小さく頷いた。
「……うん」
「やはりそうか」
ラケルは。
驚く様子を見せなかった。
「ちょっと待ってくれ」
ラグナが口を開く。
「ライカは何もしてねぇぞ」
「分かっている」
「え?」
あまりにも早い返答に。
ラグナが目を瞬く。
「少なくとも」
ラケルは言う。
「私が確認した限りでは、君たちが王都へ入ってから彼女が問題を起こしたという報告はない」
そして。
先ほどの騒ぎを思い返すように。
「むしろ、騒ぎが起きた時には勇者様の後ろへ隠れていたくらいだ」
「……」
ライカが少しだけ俯く。
エルが小声で言う。
「見られてたわね」
「……うん」
「だから」
ラケルは続ける。
「彼女自身を捕らえるために、君たちをここへ連れてきたわけではない」
「じゃあ、なんで?」
「魔族が王都にいる」
ラケルは。
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「それだけで、不安に思う者はいるんだよ」
ラグナが黙る。
「ここは、人間たちの王都だ。魔族を直接見たことがない者も多い。彼らにとって魔族とは、話に聞くだけの存在だからね」
「……」
「そして」
ラケルの視線が。
今度はルミナスへ向いた。
「問題は、もう一つある」
「私でしょうか?」
ルミナスが尋ねる。
「ああ」
ラケルは頷く。
「勇者様が、魔族と共に王都へやってきた」
ルミナスは。
静かにラケルを見る。
「それを見て」
ラケルは少しだけ眉を下げた。
「君が本当に勇者なのかと疑う者まで出始めている」
「ルミナスが?」
ラグナの声が強くなる。
「どうしてだよ」
「理由はいくつかある」
ラケルは。
それでも落ち着いた声で答えた。
「魔王の元から現れた勇者であること」
ラグナたちが黙る。
「その身に、魔王の紋章を持っていること」
ルミナスは。
自分の胸元へ視線を落とす。
「そして今」
ラケルはライカを見る。
「魔族を連れて王都へ現れた」
「……」
「事情を知っている君たちには、不思議なことではないのだろう」
ラケルは言う。
「だが、何も知らない者たちから見れば違う」
ラグナは、何か言おうとして口を閉じた。
自分たちにとって、ルミナスが勇者であることなど今さら疑うようなことではない。
ライカが仲間であることも同じだった。
けれど、王都の人々は自分たちと同じ旅をしてきたわけではない。
「そこで」
ラケルが言う。
「一つ、お願いがある」
「お願い?」
「ああ」
ラケルは。
ルミナスを真っ直ぐに見る。
「一度、神殿へ向かってほしい」
その言葉に。
ラグナの表情が止まった。
「……神殿?」
「ああ」
ラケルは頷く。
「勇者様ならば」
静かに続ける。
「あの場所で、その証を示すことができるはずだ」
「証……」
ルミナスは。
まだ意味が分かっていない様子で呟く。
けれど、ラグナは何も言わなかった。
神殿。
その言葉を聞いた瞬間。
脳裏に遠い日の光景が蘇っていた。
自分が勇者ではないと知った場所。
あの日、光はラグナを選ばなかった。
そして今。
その場所へ。
本物の勇者と共に、もう一度向かうことになった。




