↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
114/117

第百十三話 王都へ

 魔族の村を出てから、数日が経った。


 ラグナたちは森を抜け、王都へ続く街道を歩いていた。


 以前通ったことのある道。


 けれど。


 あの頃とは、共に歩く者が違っている。


 日が沈めば街道を外れ、野営のできそうな場所を探す。


 火を起こし。


 簡単な食事を済ませ。


 夜が明ければ、また歩き出す。


 そんな旅を繰り返していた。


 その日の夜も。


 皆が夕食を終えた後、焚き火を囲んで休んでいた。


 やがて一人、また一人と眠りにつき。


 辺りには。


 焚き火で薪が弾ける音だけが残っていた。


 ラグナは火のそばに座り。


 鞘から抜いた剣を膝の上へ置いていた。


 布で汚れを拭い。


 刃を確かめる。


 いつもの手入れ。


 子どもの頃から、何度も繰り返してきたこと。


 その少し離れた場所に。


 ライカが座っていた。


「……」


 夜空を見上げている。


 ラグナは一度だけライカへ目を向けたが、すぐに剣へ視線を戻した。


 布を滑らせる。


 焚き火の光が刃の上で揺れる。


 その間にも。


 ライカは何度か胸元へ手を伸ばしていた。


 触れる。


 そして。


 何もないことを確かめるように、手を下ろす。


 しばらくすると。


 また同じ場所へ手を伸ばす。


「……ライカ」


 呼ばれて。


 ライカが顔を向ける。


「なに?」


「リリアナのことか?」


 ライカは目を瞬いた。


「……どうして分かったの?」


「ずっと胸の辺り触ってるから」


「……」


 ライカは自分の手を見る。


 今も。


 胸元へ添えられていた。


 ゆっくりと手を下ろす。


「……気付かなかった」


「無意識だったのか」


「うん」


 ライカはもう一度。


 自分の胸元を見る。


 そこには。


 ずっと身につけていたリリアナの刻はない。


 今は。


 ラグナを育てた鍛冶屋。


 ガルドの元へ預けてある。


「心配か?」


 ラグナが尋ねる。


 ライカは。


 少し考えてから首を横に振った。


「……ううん」


「そうなのか?」


「ガルドがいるから」


 迷いのない声だった。


「ガルドなら、大丈夫」


「そっか」


 ラグナは小さく笑う。


 そして。


 また剣の手入れを始めた。


「……でも」


 ライカが呟く。


 ラグナの手が僅かに止まる。


「ないと、寂しい」


「……」


 ライカは胸元へ目を落とす。


 長い間。


 そこにあることが当たり前だった。


 水を与え。


 磨いて。


 何度も触れてきた。


 今も。


 気が付けば手が伸びている。


「心配じゃないけど」


 ライカは言う。


「寂しい」


「……そっか」


 ラグナは。


 それ以上、否定するようなことは言わなかった。


 心配する必要はない。


 すぐ戻ってくる。


 そんな言葉も。


 口にはしなかった。


 ただ。


 剣を磨きながら。


「じゃあ」


 静かに言う。


「戻った時に、また会えるな」


 ライカが顔を上げる。


「……うん」


「ガルドなら、ちゃんと守ってくれるだろ」


「うん」


 ライカは。


 今度は少しだけ笑った。


「信じてる」


「俺も」


 ラグナは答える。


 そして再び。


 二人の間に静かな時間が戻った。


 焚き火が小さく弾ける。


 ラグナは剣を磨き。


 ライカは夜空を見上げる。


 もう。


 胸元へ手を伸ばすことはなかった。


 ◇


 翌朝。


 一行は再び歩き始めた。


 街道を進み。


 途中で休み。


 日が暮れれば野営する。


 そんな旅を数日続ける。


 王都へ近付くにつれて。


 少しずつ街道を歩く人の数も増えていった。


 荷物を背負った旅人。


 荷車を引く商人。


 馬に乗って通り過ぎていく者。


 ライカは。


 すれ違う人々を珍しそうに眺めていた。


 そして。


 さらに歩いた日のこと。


「見えてきたぞ」


 先頭を歩いていたラグナが言った。


「……?」


 ライカが顔を上げる。


 街道の遥か先。


 大きな城壁が見えていた。


 その向こうには。


 いくつもの建物の屋根。


 さらに奥。


 空へ伸びるように。


 巨大な城が建っている。


「……あれが?」


「ああ」


 ラグナは頷く。


「王都だ」


 ライカは。


 しばらく黙って眺めていた。


 海底神殿とも。


 魔族の村とも。


 ラグナが育った村とも違う。


 あまりにも大きな街。


「あそこに、人間がたくさんいるの?」


「たくさんいるぞ」


「……どれくらい?」


「どれくらいって言われてもな……」


 ラグナが困る。


「とにかく、すごくたくさん!」


 エルが横から答えた。


「……すごくたくさん」


 ライカが繰り返す。


「行けば分かるよ」


 リオンが笑った。


 再び。


 王都へ向かって歩き出そうとした時。


 ラグナがライカを見る。


「……あ」


「なに?」


「その格好」


 ライカは。


 自分の身体を見る。


 深海の巫女として。


 ずっと身につけてきた衣装。


 黒と深い青を基調とした、海底神殿独特の装い。


「このままじゃ駄目?」


「駄目ってわけじゃねぇけど……」


 ラグナは頭を掻く。


「王都は人が多いからな」


「うん」


「その格好だと、魔族だってすぐ分かるだろ?」


「……たぶん」


「王都の人たちは、魔族に慣れてないから」


 リオンが続ける。


「いきなりその姿で入ったら、驚かせちゃうかもしれないね」


「騒ぎになっても困るしな」


 ラグナが言う。


 ライカは。


 もう一度自分の服を見る。


 そして。


 小さく息を吐いた。


「……また着替える?」


「悪い」


「分かった」


 その瞬間。


「じゃあ、私の出番ね!」


 エルが一歩前へ出た。


「……」


 ライカがエルを見る。


「なに?」


「着替えるんでしょう?」


「うん」


「手伝う!」


「自分でできる」


「髪も整えてあげる!」


「それもできる」


「遠慮しなくていいわよ!」


「遠慮してない」


 ラグナとリオンが思わず笑う。


 ルミナスも。


 口元へ手を添えて小さく笑っていた。


「ほら、行くわよ!」


「……どこに?」


「着替えられそうなところ探すの!」


 エルはライカの背中を押していく。


「自分で歩ける」


「分かってるわよ!」


「じゃあ押さないで」


 そんな二人の声が。


 街道から少し離れた場所へ消えていった。


 ◇


 しばらくして。


「お待たせ!」


 エルの声が聞こえた。


 ラグナたちが振り返る。


 そこには。


 人間の村を訪れた時と同じように。


 素朴な人間の服へ着替えたライカが立っていた。


 淡い色のブラウス。


 落ち着いた色合いのベストとスカート。


 長い髪も。


 エルによって綺麗に整えられている。


「どう?」


 なぜかエルが得意そうに尋ねる。


「なんでエルが聞くんだよ」


「私が整えたんだからいいでしょう?」


「……そういうもんなのか?」


「そういうものよ!」


 ライカは。


 自分の袖を見下ろした。


 そして。


 小さく呟く。


「……落ち着かない」


 エルが吹き出す。


「この前はちゃんと似合ってたでしょう!」


「似合うのと、落ち着くのは違う」


「それは……そうだけど!」


「早く行こうぜ」


 ラグナが笑う。


「暗くなる前に王都に入りたいからな」


「はーい」


 一行は。


 再び歩き始めた。


 ◇


 王都へ近付くほど。


 人が増えていく。


 最初は。


 数人とすれ違う程度だった。


 それが。


 十人。


 二十人。


 さらに増えていく。


 大きな荷馬車が横を通り過ぎる。


 商人が声を掛け合っている。


 旅人たちが列を作る。


 遠くから聞こえていた人々の声が。


 少しずつ大きくなる。


 そして。


 巨大な城門の前へ辿り着いた時。


「……」


 ライカが止まった。


「ライカ?」


 隣を歩いていたルミナスが振り返る。


 ライカは。


 目の前を見たまま動かない。


 城門へ続く道には。


 大勢の人間がいた。


 荷車。


 馬。


 商人。


 旅人。


 街へ入ろうとする者。


 街から出ていく者。


 門の前では騎士たちが声を掛け。


 順番に確認を行っている。


「……」


 ライカは。


 その光景を見つめていた。


「どうした?」


 ラグナも足を止める。


 ライカが。


 小さく口を開く。


「……人、多い」


「まあ……王都だからな」


「多すぎる」


 ラグナが少し困ったように笑う。


 けれど。


 ルミナスは。


 ライカを見つめていた。


 その表情を。


 どこかで見たことがある気がした。


 そして。


 すぐに思い出す。


 自分が。


 初めてこの場所へ来た時。


 何も知らなかった。


 魔王城の外も。


 人間の街も。


 これほど大勢の人間が一つの場所で暮らしていることも。


 初めて見るものばかりで。


 どこを見ればいいのかさえ分からなかった。


 ルミナスは。


 ライカの隣へ歩み寄った。


「ライカ」


「……なに?」


 ルミナスは。


 そっと手を差し出した。


「はぐれないようにしましょう」


 ライカは。


 差し出された手を見る。


「……」


 それから。


 ルミナスを見る。


「私も、初めてここへ来た時は驚きました」


 ルミナスは微笑んだ。


「ですから、一緒に行きましょう」


 ライカは。


 もう一度。


 差し出された手を見る。


 そして。


 そっと握った。


「……うん」


 二人は。


 手を繋いで歩き始める。


 ラグナは。


 その後ろ姿を見ながら小さく笑った。


「行くか」


「うん」


 リオンとエルも後に続く。


 やがて。


 一行は城門の前にできた列へ並んだ。


 少しずつ。


 列が前へ進んでいく。


 門の向こうには。


 王都の街並みが見えていた。


 大きな建物。


 行き交う人々。


 遠くから聞こえる声。


 ライカは。


 ルミナスの手を握ったまま。


 そのすべてを見つめていた。


 やがて。


 ラグナたちの順番が来る。


「次!」


 門衛に呼ばれ。


 一行が前へ出た。


「王都へ来た目的は?」


「王城に用がある」


 ラグナが答える。


「王城?」


 門衛が僅かに眉を上げる。


 ラグナは荷物から。


 以前、王から受け取った書状を取り出した。


「これがある」


 門衛は受け取り。


 内容を確認する。


 そして。


 一度ラグナを見た。


 その後ろにいるリオン。


 エル。


 ルミナス。


 そして。


 人間の服を着たライカへ視線を動かす。


「全員、同行者か?」


「ああ」


「……分かった」


 門衛は書状を返した。


「通っていい」


「ありがとう」


 ラグナが書状を受け取る。


 そして。


 門をくぐる。


 リオンとエルが続く。


 ルミナスも。


 ライカの手を引きながら歩いていく。


 巨大な門の下を抜けた瞬間。


 目の前に。


 王都の街が広がった。


「……」


 ライカが足を止めそうになる。


 城門の外よりも。


 さらに多くの人々。


 道の両側には店が並び。


 商人たちの声が飛び交っている。


 荷車が行き交い。


 子どもたちが走り。


 遠くには。


 王城が大きくそびえていた。


「ライカ」


 ルミナスが。


 握った手を僅かに引く。


「行きましょう」


「……うん」


 ライカは頷く。


 そして。


 もう一度。


 目の前に広がる王都を見た。


 知らない場所。


 知らない人々。


 知らないものばかりの世界。


 それでも。


 隣には。


 手を繋いでくれている者がいる。


 ライカは。


 ルミナスの手を握り返した。


 そして。


 一歩。


 王都の中へ踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。