第百六話 紫色の宝石
木々の間を抜けると、懐かしい村の景色が見えてきた。
森の中に建ち並ぶ家々。
その間を行き交う魔族たち。
以前訪れた時と大きく変わった様子はない。
けれど、村の入口まで来たところで、ラグナは足を止めた。
「おお、来たか」
村長が待っていた。
その隣にはフィリア。
そして、もう一人。
「皆さん、お久しぶりです」
穏やかな笑顔を浮かべたカインが立っている。
「久しぶりだな、カイン」
ラグナが笑う。
元気そうだ。
フィリアも変わらない。
それだけで、ここまで来た目的の半分は果たせたような気がした。
しかし。
「……え?」
エルがカインを見つめる。
視線が上から下へ。
そして、もう一度上へ戻った。
「その格好どうしたの!?」
その声に、カインは少し困ったように笑った。
「これは、村長のお気持ちでね」
以前のカインとは、服装が大きく変わっていた。
身につけているのは、この村の魔族たちと同じような黒く長い衣。
それだけではない。
左耳には、小さな紫色の宝石がついたイヤリングまで揺れている。
「身なりは大事じゃろ」
村長が腕を組む。
そう言う表情は、ほんの少しだけ自慢げだった。
「せっかくこの村で暮らすのじゃ。いつまでも以前のままというわけにもいくまい」
「どんな格好でも、カインはカインなのにね」
フィリアが少し呆れたように言う。
するとルミナスが首を傾げた。
「ですがフィリアも、魔族の村の外では人間のような格好をしていたと思います」
「えっ」
フィリアの顔が赤くなる。
「あ、あれは人間のことを知るためで……」
「そうだったのですか」
「そうよ!」
フィリアは顔を背けた。
ルミナスには茶化したつもりなどないのだろう。
本当に疑問に思っただけらしい。
そんな二人のやり取りを見ながら、ラグナは小さく笑った。
以前と変わらない。
少なくとも、こうして話している姿を見る限りでは。
「ま、何にしても馴染めたみたいだな」
「ええ」
カインが頷く。
「魔族の村での生活にも随分と慣れましたし、皆さん僕のことを受け入れてくださっています」
「そっか」
ラグナは安心したように笑う。
リオンもエルも同じだった。
人間であるカインが魔族の村に残ると決めた時、本当にここで暮らしていけるのかという不安はあった。
だからこそ。
今の姿を見られたことが嬉しかった。
けれど。
その少し後ろ。
皆のやり取りを静かに見ていたライカだけが気付いた。
カインの言葉を聞いた瞬間。
フィリアの表情が、ほんの少しだけ曇ったことに。
「……?」
ライカは首を傾げる。
けれど、それは一瞬だった。
すぐにフィリアはいつもの表情へ戻ってしまう。
ライカは何も聞けないまま、フィリアを見つめていた。
◇
村長たちに案内され、村の中を歩く。
すると、すぐにあちらこちらから声が飛んできた。
「おお、ラグナじゃないか!」
「久しぶりだな!」
「また畑仕事手伝ってくれー!」
「なんで来て早々働かされるんだよ!」
ラグナが思わず言い返す。
今度は別の方向からエルへ声が飛ぶ。
「エル! またハープの演奏聞かせてね!」
「もちろん!」
「リオン、あとで子どもの怪我を診てもらえるかしら?」
「うん。後で行くよ」
そして。
「魔族の勇者様!」
「はい?」
呼ばれたルミナスが振り返る。
「後で村の外まで護衛をお願いしても良いでしょうか?」
「もちろんです」
「ルミナスまで早速仕事頼まれてるじゃん」
エルが笑った。
久しぶりに訪れたというのに。
ラグナたちは、あっという間に魔族たちに囲まれてしまった。
ライカは少し離れた場所から、その光景を不思議そうに眺める。
人間であるラグナ、リオン、エル。
そして勇者であるルミナス。
それなのに。
誰も彼らを怖がっていない。
むしろ、帰ってきた知り合いを迎えるように声を掛けている。
「ねぇ」
隣から声がした。
見ると、ルナが立っている。
「ラグナたち、すごいよね」
「?」
ライカは首を傾げる。
「みんなね、人間ってもっと怖いものだと思ってたの」
ルナは魔族たちに囲まれるラグナたちを見る。
「今じゃラグナたちのこと、大歓迎だけど」
少しだけ笑って。
続けた。
「最初は全然こんな感じじゃなかったよ」
「そうなの?」
「うん」
ルナが頷く。
最初に出会った時のこと。
森で人間たちに襲われていた自分を、ラグナとリオンとエルが助けてくれたこと。
その時はまだ村まで来ることはなく、森の入口で別れたこと。
それからしばらくして。
村を出ていったフィリアと、その隣にいたカインを連れて戻ってきた。
人間であるカインを魔族の村へ連れてくる。
当然、最初から歓迎されたわけではない。
それでもラグナたちは村に滞在した。
畑仕事を手伝った。
怪我人をリオンが治した。
エルがハープを奏でた。
ルミナスも村の者たちと関わった。
そして。
カインがこの村で暮らしていけるように。
ほんの少しだけ手を貸していった。
「だから、みんなラグナたちのこと好きなんだよ」
「……そっか」
ライカはそれだけ答えた。
特に驚かなかった。
ここまで一緒に旅をしてきたから。
ラグナたちが魔族に人間を受け入れてもらおうと、そんな大それたことを考えて行動していたわけではないことも分かっている。
困っている者がいたから助けた。
一緒に畑仕事をした。
怪我をしていたから治した。
音楽を聞いてほしいから奏でた。
ただ。
一人ずつ。
目の前にいる者と関わってきただけ。
それが積み重なって。
今では、こうして魔族たちに囲まれている。
ライカは少しだけ笑った。
「やっぱり、ラグナたちだね」
「うん!」
ルナも嬉しそうに笑った。
その時だった。
「あら?」
近くを歩いていた一人の魔族の女性が、ライカを見て足を止めた。
「あなたは西の海岸の村からいらしたの?」
ライカは目を瞬く。
正確には海岸よりもさらに西。
海の底にある神殿。
けれど、間違っているわけでもない。
「うん」
頷いてから、首を傾げる。
「どうして分かるの?」
「その服よ」
女性はライカの服に目を向けた。
「そこにあしらわれている青い宝石。アクアマリンでしょう?」
ライカも自分の服を見る。
青い宝石。
昔。
リリアナがこの服を着せてくれた時に、その名前を聞いたことがある。
「胸元の大きな宝石は違うみたいだけれど」
女性がライカの刻を見る。
ライカはそっと胸元へ手を添えた。
「これは刻」
「刻?」
「うん」
女性は不思議そうにしたものの、それ以上は聞かなかった。
「服のはアクアマリンで合ってる」
「やっぱり」
女性は笑う。
「身につけている宝石を見ると、大体どの辺りから来た魔族なのか分かるのよ」
「そうなの?」
「ええ。私たちは紫のアメジスト」
そう言って、女性は自分の服を指差す。
確かに。
そこには紫色の宝石があしらわれていた。
ライカは隣にいるルナを見る。
同じ。
周囲にいる魔族たちも見る。
やはり同じだった。
今まで気にしたことなどなかった。
けれど。
こうして意識して見てみれば、この村の魔族たちは皆、紫色の宝石を身につけている。
その中にいると。
自分の青いアクアマリンが、随分と目立つような気がした。
「どうしてみんな同じ宝石?」
「そうねぇ……」
女性は少し考える。
「その土地のイメージだったり、同じ土地で暮らす仲間意識だったり。あとは交易のしやすさなんかも理由だと言われているわ」
「言われている?」
「正確に『これ』という答えはないのよね。ずっと昔からそうだったから、私たちも当たり前のように身につけているだけなの」
「そうなんだ」
ライカは頷いた。
何百年も生きてきた。
魔族が宝石を身につけていることも、当たり前の光景として見てきた。
けれど。
その土地によって違う宝石を身につけていることなど、考えたこともなかった。
「他の土地に行ったら見てみるといいわ。全然違うから」
「うん」
女性はそう言って、他の魔族たちのところへ戻っていった。
ライカは改めて村を見回す。
紫。
あちらにも。
こちらにも。
小さなアメジストが輝いている。
そして。
ふと。
ライカの視線がカインへ向いた。
黒く長い衣。
魔族たちと同じ服装。
そして左耳には。
小さな紫色のアメジスト。
「……」
カインは人間だ。
本当なら。
この村の宝石を身につける必要なんてない。
それでも。
村長は、カインにそれを渡した。
先ほどの村長の少し自慢げな顔を思い出す。
『身なりは大事じゃろ』
きっと。
それだけではない。
「……仲間」
ライカが小さく呟く。
「なに?」
隣にいたルナが首を傾げた。
「なんでもない」
ライカは小さく首を振る。
そして、もう一度カインを見る。
魔族たちの中に立つ、一人の人間。
その耳元で。
紫色の宝石が、小さく揺れていた。




