第二十六話 不穏な空気とパエリアの香り
「やあ。お帰り。何かあった?」
大きな声でそれぞれが話しながら玄関を開けたから、その騒々しさで相模が待ち構えていていた。
「相模さん。今帰りました。」
鈴葉はきちんと挨拶をする。他の人間に対してはかなり偉そうな態度でいるのに、相模への忠誠心と信頼の大きさがそれではっきりとわかる。
そして、その態度を見るたびに信長さんが言ったことが心に引っ掛かる。
相模は本当に信頼できるのか・・・。
「相模さん〜お腹すいた。今日はここでご飯食べさせて。」
花火が甘えた声を出す。それに鈴葉が睨みをきかす。
「相模さん実は・・・。」
犬人が切り出そうとする。ここの三人は遠慮というものを知らないのか。
「ちょっと待って。こんなところで立ち話なんてしないで奥へおいで。花火ももちろん食べていきなさい。」
暖かい笑顔を見せる相模。こんな顔ができるんだ。
奏の見たことのない鬼頭の家の日常を見た気がした。
「奏も食べていくだろう?」
いつの間にか相模は自分のことを奏と呼ぶようになっている。話し方も幾分か親しげを帯びている。
そして驚いたことにそのことを奏自身が嫌だと感じていない。
信用しすぎるなと警告されていたのに。
信長さんの言ったことは本当に正しいのだろうか。そんなふうにさえ感じて来てしまうから不思議だ。
一体どうしてだ?
鈴葉の話を聞いたからだろうか。
そういえば花火や犬人はどう思っているのだろう。
相模を不審だっているそぶりを見たことはない。
「奏?」
鈴葉の声がした。
自分が黙ってしまっていることに気が付かなかった。
「え?」
「食べていくの?」
鈴葉は少し怪訝な顔をしている。
「ああ。はい。お願いします。」
自分に視線が集まっているのを見て反射的に答える。
相模は満足そうに頷いて廊下を先頭で進む。
食卓にはすでに全員分の食事の用意がされていた。
どうして人数がわかったのだ?というか一体に誰がこの準備を?
厨房には相模一人が入っていく。奏以外のみんなは特に疑問に感じることはなく席に着く。
「あの・・・さ。」
奏も空いた席に腰を下ろしながら思い切って聞いてみる。もうあれこれ自分だけで悶々とするのは勘弁だ。
「この準備って誰がしてるの?」
「準備?」
花火がなんのことだとばかりに聞き返す。
「人数分の食事の用意だよ。」
「そんなの相模さんの使役霊に決まってるじゃん。」
はい?
「使役霊?」
「そ。」
犬人は何を当たり前のことを言いたいような顔で頷く。
「奏はもしかして、知らなかった?」
「知らない。相模さんてそんなの扱えるの?」
「相模さんも陰陽師の家系だもん。使役霊くらいいるわよ。」
鈴葉はなんだか自慢げに答える。
「そうか。鈴葉の家の分家ってことはそうなるのか。」
「そう。それに私の師でもあるのよ。だから私の使う除霊方法は相模さんも扱えるってわけ。」
「どんな使役霊なんだろう。鈴葉のはひかる玉だろ?」
「それはあの時だけよ!」
若干の怒りを込めて鈴葉が反論する。その勢いに負けて誤ってしまった。
「ごめん。そんなに怒るなよ。だってあの時に見たのはそんな感じの光る玉だったからさ。」
鼻息を荒く吐き出して黙り込む。
「あの時って?奏は鈴葉の使役霊を見たことがあるの?!」
驚きを含んだ花火の声。
「え?うん。でもさっきも言ったけど光ってる玉みたいなのを見ただけだけど。」
「それだけでもすごいんだけど。」
背中からどさりと椅子にもたれかかる花火。
「やっぱり最初から鈴葉と相性がバッチリってことなのかしらね。」
「どういうことだよ。普通は見えたりしないのか?」
特別なことだとは思わなかったから花火の反応に違和感を覚える。そういえば鈴葉に最初にこのことを聞いた時にも少し変な反応だったのを思い出した。
「使役霊が見えるのは霊力が高い証拠なんだよ。」
それまで黙っていた犬人が突然口を開いた。
「もちろん使役霊を操る主は別として、それ以外の者が見ることはゼロに等しいんだ。」
犬人の目が見たことのないほどに真剣で言葉を挟めない。
「それが見えるってことは相当な霊力の持ち主。それこそ、主よりも大きいとこもあるくらいに。」
その場にいた全員が一瞬言葉を失う。
それくらいに犬人の声には何かを含んだ色があった。
そしてそれは暗くて深い何かよくないもののような気がした。
「ぼくの使役霊の話かい?」
そんな空気を知ってか知らずか、呑気な声を出しながら厨房から相模がプレートを持って出てきた。
「この中にいるのは佐藤さんていうコックさんだ。」
あっさりとバラす。
「そんなに簡単にいいんですか?」
あっけに取られて奏が言う。
「何が?流石に君にもぼくの佐藤さんは見えないよ。」
見えなければいっても問題ないってことなのか?誰もあまり隠そうとはしていないみたいだけど。
いまいち使役霊のことについてはまだまだわからないことが多い。
「そんなことよりさ。冷めないうちに佐藤さんの絶品パエリアを食べようじゃないか。」
そういって食卓の上にプレートが置かれるとそれまで全く感じなかった食欲を誘う香りが漂ってくルカら不思議だ。
「すっご!」
花火が手を合わせて驚きの声を上げる。
「めちゃめちゃ美味しそう!ありがとう佐藤さん!」
その一声でさっきまでの張り詰めた空気は消え去り、暖かな食卓の色合いが戻ってくる。
犬人もさっきの雰囲気を捨て去りいつもの彼に戻っている。
「いただきます!」
大きな声をあげて取り皿にたんまりとパエリアを盛り付ける。
これ以上は何も聞けそうにないと判断した奏はあっという間に無くなりそうな夕食を慌てて自分のお皿に確保して食べ始めた。
また今度聞けばいいよな。そう頭の片隅で考えながらこれまで食べたことのないほどに美味しいスペイン料理に感動していた。




