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月光が照らす君が割ったのはアヤカシ者か俺の心臓か〜ありきたりな現代奇譚〜  作者: 貝月 恵芙


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第二十二話 告白

 

「着いてきて。」

 そう言うと鈴葉は近くにある小さな公園まで、何も言わずにやってきた。

 住宅地に挟まれた小さな公園は滑り台とその下に子供が三人程しゃがめばいっぱいになるような砂場。そして鈴葉が腰を下ろしに向かった二つのブランコがだけのものだった。日も暮れたこの時間だとだれもいない。

 鈴葉の隣の空いたブランコに座る。

「私双子なの。」

 奏が座った瞬間に鈴葉は話はじめる。

「早いな。」

「なにが?」

「こういうのってもっと時間ためて話し出すみたいなのかと思った。」

 ふっと静かに笑う。

「そんなのもったいぶったって意味ないじゃない。言うって決めたんだし。それに…」

 途切れる言葉。

「それに?」

「私の話を聞いたらもう深入りしたいだなんて思わなくなるかもしれないから。心・・・いれたくないんだよね。」

「・・・。」

 そんなことないと言えない自分がいる。どんな過去を背負っているのかわからない。簡単に言えるわけがない。

 鈴葉は奏の考えはわかっているかのような表情で先を続ける。

「私は双子として生まれたの。私が姉で妹がいた。」

「いた?」

「もう何年も会ってないから。というか、顔も知らないのよ。」

 足元を見つめながら鈴葉はいう。

「私たち姉妹は生まれてすぐに離された。それがあの家の代々の決まりらしいのね。」

「家代々の決まり?」

 理解の追いつかない奏の表情に鈴葉は気がつき補足をくれる。

「うちはね、陰陽師の家系で。それもすごく力のある名家なんだ。だから普通の家にはありえないような家の決まりがすごくたくさんあるみたい。」

「なるほど。」

 名家と聞いてなんだか腑に落ちる。口は悪いが端々に感じる鈴葉の仕草には何かしらの気品のようなものが見え隠れしていた。

「それで、双子が生まれた時にはね。どちらかをその家の主人に。そしてもう片方は家から追い出す。」

 最後の単語には冷たさが込められていた。

「私はその追い出された方。」

 ほっとため息をつく。

「追い出された双子の片割れはね、うちの家の分家みたいな家が引き取って育てる約束になってる。それが鬼頭の家なの。」

「じゃあ相模さんも。」

「そう。あの人も陰陽師の力を受け継いでいる子孫になる。」

 相模自身の力みたいなものを見たことがなかったが、あの飄々とした身の振る舞いやたまに見せる鋭いオーラはそういうことだったのか。と納得をしてしまう。

「只者じゃないと思ってたけど。」

 うっかりと声に出してしまう。

「でしょ。相模さんはすごい人なの。あの人に色々と教えてもらって今の私がいる。」

 前を見つめる鈴葉の瞳は心なしかきらきらしている。

「相模さんが私を引き取ってくれなかったら・・・。もっと酷い家に追いやられてた。」

「もっと酷いって?」

「分家は一つじゃないの。この辺り一体にもいくつかあるし県外にもある。どこでもいいのよ。追い出せれば。引き取った分家がそのあとその子をどう育てようともう関係ない。本家にはね。」

 鈴葉はブランコを漕ぎ出す。

「後で相模さんに聞いたんだけど、私の前に生まれてきた双子の片割れはほとんど家政婦みたいに分家で働かされていたんだって。」

「そんな。」

「そう思うでしょ?でも結構よくあることだって。うちの家計だけじゃなくてさ。普通の家でも親が死んじゃって親戚に預けられるとかってよくある話でしょ?そんな子たちはその家の家事をやるために引き取られていくってことはよくあるって。」

 確かに聞いたことはある。

「だから私はものすごく運がいい。まあ、あの家の双子に生まれた時点で運がどうのこうの言えないけど。それでもこれまでそんなことをさせられたことは一度もなかったし、学校だって通えてる。この仕事ができるのも相模さんに陰陽道のこと、教えてもらえたからだし。」

 そうか・・・。だからこれほどまでに鈴葉は相模のことを慕っているのか。

「私ね。だから許せないの。」

「何を?」

 視線がまた鋭く変化する。

「さっきみたいな異住人のこと。」

「どうして?」

「わからない?あんなふうになるのはこの世に未練があるからだってみんな言うけど。それはぜんぶ自分のための我儘みたいなもの。他人のことはどうでもよくて、自分さえ気持ちよくなりたいって思いだけでこの世界を彷徨いてる。もう死んでるのに。こっちの世界では死にたくても懸命に生きている人がたくさんいる。そんな人よりも自分が一番可愛そうで、助けてもらわないといけない存在なんだって思い混んでる。なんで助けないといけないのよ。救うなんて必要ある?必死で生きて、必死でしがみついている人間の方が大切に決まってる。」

そこまで一気には気だしてふと我に帰ったように冷静になる。

「話が逸れたわね。つまり私は自分の生まれた家にいらないと言われた存在。この世に必要とされなかった人間なの。だから性格も悪いし、口も悪い。」

ニヤリとこちらを振り向き意地悪く口元を曲げる。

「私は自分の運命を呪ってる。どんなに運がいい生き方をしてきたとしてもね。生まれてきたことを呪うなんて人として最低なのよ。あらゆるものへの冒涜。だから私には生きる価値がない。それでも今もこうして生きているのは・・・一番は相模さんに恩返しがしたいと思ってるから。どんな形であれね。後は・・・わからないの。毎日自分が朝目覚めることにイラつくし、私に優しく話かてくる人たちにも訳もなくいらいらする。そんな自分が一番イラつくし大嫌いなのに、この世から消えられない。それがたまらなくなることがよくある。それなのにできない。心の中で自分がどうしたいのかずっとわからないまま今まで生きてる。」

ブランコのチェーンを握る手に力が入り白くなる。

「だからいろんな人に自分の話をするの。何か私のこの疑問に答えをくれる人がいるかもしれないって。こんなに重い話なのに誰にでも話すの。本家の話は私にとってあまり重要ではないから。家がどこにあって、どんな風なのかも知らない。どんな両親で当主として残された妹がどんな顔なのかも知らない。知りたくもない。だから簡単に話ができてしまう。どうでもいいから。私が欲しくて重要なのはその先にあると思うから。」

「でも、誰も答えをくれない。」

手の力を急に解放する。

「自分で見つけろってことなのかな。やっぱり。この世界にとどまる理由。イラつくほど毎日が苦しいのに。」

言葉と共に吐ききった息と同じように消え入りそうになる。鈴葉の体が透けていくような気さえするようだった。

でも。

「それでぜんぶ?」

何がという目で奏をみる。

「鈴葉の後ろは。それで全部?」

「そうだけど。」

不思議そうにこちらを見つめてくる。

「あそう。」

おれはわかったけどな。

「何・・・よ。それだけ?」

お前をやはり答えをくれないのかという落胆の瞳がこちらを見ていることに今度は奏がイラつく。

「なんだよ。その目は。」

「別に。」

座った足を組み、その上に腕を乗せて顎を手に預けて視線を逸らせる。全ての興味を失ったとでも言いたいように静かになる。

「鈴葉の生きる理由。おれはわかったけど。」

しかし、その一言に鈴葉の全神経がこちらに向く。

「な・・・。」

言葉にならない驚きが大きく見開いた瞳に現れる。

「簡単だよ。」

さらに大きくなる瞳がなんだかおかしくなってくる。

「それは鈴葉が本当は優しくて周りの人に感謝をしてるからだ。」

わからないと訴える瞳は変わらないから続けることにする。

「毎日イラつくのは、その人たちに感謝を上手く伝えられないから。朝起きてイラつくのはきっと今日もみんなに優しくできないとわかってしまうから。自分を変えるなんて簡単じゃないだろ?ましてや鈴葉の心には暗い過去がある。それのせいで人からの優しさを素直に受け入れられなくなってる。自分じゃ気がついていないだろうけどね。傷ついているんだよ。出生の出来事で。勝手な家の決まりで家族とバラバラにされるなんて傷つかない人はいない。そんな経験したら他人からの優しさを疑って当然だ。でも、鈴葉はそれを心の奥にしまいすぎて忘れてしまったんだよ。自分がどうしてそんな人間になってしまったのか。その根本がわからなくなってる。だから優しさの返し方がわからない。周りの人たちは簡単に他人に優しくできるのに。自分にはやり方がわからない。それがどうしてかもわからない。イラついて当然だよ。」

「私が傷ついてる・・・?」

信じられないと言った顔で自分の膝を見つめている。

「私が?」

「そ。どうでもいいなんて嘘だ。いや。嘘というか・・・気がついていないってかんじか。これまで鈴葉が話してきた人たちはどこかで鈴葉と同じ経験をしてきた人たちなんだと思う。信長さんや花火。同じ出来事ではないにしても似たような傷を心の奥に仕舞い込んでいる人たち。その人たちも同じように傷に気がついてないんだから、鈴葉の疑問に答えられなくて当たり前なんだよ。おれはさ。」

言っていいのだろうか。でもここまで言ったのにやめられないよな。

「そんな経験ないんだよ。心の奥にしまい込んだ傷なんてない。傷ついたらすぐに周りの誰かが気がついてその場で助けてくれた。だから鈴葉の痛みの元がなんなのかは今の話ですぐに気がつけた。周りからの助けを経験してるおれには同じように鈴葉の助けになる準備ができてるんだ。これまでたくさん見てきたからね。自分を助けてくれた人たちのこと。自分が受け取ったことは誰かに返すことができる。」

あっけに取られた鈴葉の顔はとても面白い。

「簡単なこと。おれは完璧に答えをあげられるよ。」

今度は奏が意地悪く笑いかける番だ。

「おれと一緒にいれば、鈴葉は人に優しくできるようになる。そしてそれは君の生きる理由になる。」

「どうしてそんなことわかるのよ。」

振り絞った声は少し震えているように聞こえた。

「だっておれは人に助けられてここまで生きてきたからな。母親を筆頭にだ!」

自信満々に言い切る。

「これだけ他人からの優しさを受けて育ってきたおれだ。鈴葉にそれを伝授するなんて簡単なことさ。」

鈴葉の肩が震えている。やはり泣いている?

「何それ!」

と、思っていたのだが顔を上げた彼女はなぜか大爆笑をしていた。なんで?

「自分がどれだけダメな人間かの表明じゃない。そんなの。」

「え・・・。」

確かに。そうかも。

「でも!本当のことだし・・・。」

「あなたのそばにいれば私の生きる理由がわかるって?」

相手に言われると恥ずかしくなるセリフだ。でも。

「そうだよ。素直に受け入れることさえできればな。」

「それはどうかな。私って相当性格がひん曲がってるんだけど。」

「そんなの見てたらわかる。」

「ひど。」

「本当のことだろ。」

もう怖くない。鈴葉にどんなことを言っても前みたいな恐怖心は湧いてくることはなかった。

「生きる理由がないなんて言うな。絶対にあるんだよ。誰にだって。」

鈴葉は急に真顔になって視線を外す。

「本当にできるの?そんなこと。」

「できるよ。簡単じゃないし、すぐには無理だけどな。さっきも言ったけど人の性格はすぐに変えられない。でも絶対に変えることはできる。おれはそれを知ってる。だから信じてみてよ。」

「私にできるのかな・・・。できたら・・・そんな嬉しいことはきっとないよ・・・。」

とうとう鈴葉の瞳に涙が浮かぶ。見たことのない表情で奏をみる。感情がコントロールできない時の顔。泣き笑いのような顔。

「これまで何もしないで苦しんで生きてきたんだろ?だったら。やらないでずっと苦しいより何か動いた方がいいと思わないか?もしそれで変化があったらそんなラッキーなことないだろ?」

手で顔を覆いコクコクと頷く。

「・・・・と・。」

何か言ってる?

「何?」

「ありがとう。」

そう言って顔を上げた鈴葉の笑顔をおれは一生忘れない自信があった。



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