第二十話 君の心の片隅は
「まずい。」
鈴葉はそう呟くが早いが、前に向かって走り出した。
手には何か紙切れのようなものを持っていた。
「いつの間に…。」
ていうか、
「早っ!」
あっという間に異住人と人間の間に滑り込み、異住人の胸元に手に持っていた紙を押し付けた。
その瞬間、高音でやかんが沸騰した時に鳴るような音がした。
後ろに仰反るようにして倒れた異住人を見て、それが悲鳴だと気がついた。
「あなた達もう行って!」
鈴葉の大声に高校生の二人組は金縛りから解けたようにその場から大慌てで逃げ去って行った。
足音が離れていくのを聞いたあと鈴葉は地面に這いつくばっている異住人に向き直る。
「お前の獲物はもういない。」
冷たさの頂点のような声を浴びせる。
「ここまで泳がせてきたけど、もう限界だろう?」
人の悪意を吸いすぎてると言いたいのだろう。
「奏。」
突然名前を呼ばれてどきりとする。
「さっきまでのは気の迷いだ。私はやっぱりこんなヤツらの心を推しはかることなんてできない。」
鈴葉の拳に力が入るのが見える。
その時、倒れたこんだ異住人のほうから声のような音が聞こえた。
昔のテレビから出る砂嵐のような音が、だんだんと声に変わってくる。これが異住人の声…。
「ドコヘイクノ…?ママノイウコトハタ…ダシイノヨ…。」
先ほどまでいた学生たちに言ってるのか。たしかこの人の子供は娘のはず。
「だれでもいいのか。子供ならだれでも?」
「そうよ。自分の欲望を満たすためならだれだっていい。」
さっきの鈴葉の一撃で自由に動けなくなってはいるが、自分の意のままに操る相手を探して首だけを左右に振り動かしている。
「アナタノタメナノヨ…ドコヘイッタノ…。」
異住人の叫びを聞きながら感じるのはさっき異住人の娘の中にいた時感じた違和感だ。
どうして?
どうしてそこまでして自分の意思を相手に押し付けるとこを善とできるんだろう。
自分にもあるように、相手にも考える頭があって意思があることにどうして気が付かないのだろう。
自分はこれまでそんな環境に自分が置かれた経験がない。母を含めて、周りにいる人たちから自分の意思を曲げてまで他人の意見を取り入れろと言われたことはない。
自分が産んだからといって子供の思考が全部、親と同じなんてありえないのに。
これは前にも感じた気がする。
「うるさいな。なにがあなたの為だ。」
蔑みの視線で足元の異住人を見下ろす。
近づいてきた鈴葉を見上げ異住人が彼女に話しかけようとする。
「アナタ…ソンナハナシカタハダメヨ。モットオジョウヒンニ…」
「黙れ!いい加減にしろ!」
その語りかけを聞いた途端、鈴葉は怒りを爆発させたように叫んだ。
「貴様!誰に向かって口を聞いている!」
そう言ったが、早いか両手を異住人へかざした。
「あ!」
奏が駆け寄ろうとしたが、大きな風が起こり鈴葉が作った手の印の中へ吸い込まれていってしまった。
「チッ。」
舌打ちをして両手をまるで汚いものを触った後のように振る。
唖然として立ち尽くす奏の隣を何事もなかったように歩き、過ぎていく。
「帰るよ。」
慈悲の心なんて鈴葉に求めることが間違っていたのかもしれない。
何があったのかは分からない。
でも、鈴葉の異住人への恨みの気持ちは簡単には変えられないことは理解できてしまった。




