王女と金の涙3
困った王女は鏡の中の魔女に、どうすればそれを手に入れることが出来るのか、と尋ねました。
「そもそもお前の求めるものは存在しうるのか」
魔女は王女に冷たく言い放ったのです。王女は熱い眼差しで語りましたわ。
「確かに存在しますとも。だって、侍女や町の娘たちはあんなにも楽しそうに話すのですよ。それこそが人生の全てだというものもいるのです。なのに、私はそれを知らないでいる。知らないままでいるのは嫌なのです!」
魔女は王女の訴えを聞き入れると、美しい宝石と蔓の薔薇の装飾が施された短剣を王女に渡しました。
「確かめるがいいさ。この短剣で相手を突き刺せばいい。そうすれば男は苦しみ息絶えるだろう。その時お前から金の涙が零れ落ちたなら、それはお前が求めたものだ」
王女は魔女に言われたとおり、短剣を持つと恋人のもとへ向かいましたの。
公爵は多くの資産を持っており、会うたび王女に様々なものを贈ってくださいました。王女は彼の胸に短剣を突き立てました。彼は驚きと苦しみに目を見開いて、やがて息絶えたのです。王女は黙ってその様子を見つめていました。けれど、いくら待っても王女の目から金の涙は零れませんでしたの。
とても物知りな伯爵の語る話は、会うたび王女を喜ばせましたが、彼も同じことでした。美しい子爵は優しく、会うたび王女に甘い言葉を囁きましたが、やはり金の涙は流れませんでした。
「嫌よ! 私だけ人生の悦びを知らないでいるのは。嫌よ! 私だけ人生の悲しみを知らないでいるのは。私も他の娘たちのようになりたいわ! 不確かなものを確かだと言い張り、疑うことなく盲目的に己の思いを語り身勝手にもそれを他人に押し付ける、軽々しく愛の言葉を口にし神に永遠を誓うような、愚かで、低俗で、野蛮で、幸福な娘に!」
ついに最後の男が王女の前に倒れました。
男は貧しい粉ひきでした。その時、王女の胸に突き刺されるような鋭い痛みが走り、それはだんだんと強くなりました。彼女は耐えきれなくなり、彼の隣に跪き泣きました。溢れ出る涙はやがて、金の涙となり頬を伝うと、粉ひきの胸に落ちました。
すると、みるみるうちに傷は癒え粉ひきは目覚めました。
王女は彼を夫に迎え、いつまでも幸せに暮らしました。
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やがて森の木々がまばらになり、大きな川が姿を現した。月は水面に姿を散らして揺れていた。ごつごつとした岩場を下ったところに渡し守の小屋が見える。
「母が持っていたものはきっとそれなんですわ。あの短剣は、私の血を求めたんですの。きっと魔女に捧げるためですわ。私は魔女を見たことはありませんけれど、母には見えていたんですわ。母が私の血を短剣に捧げるたびにお医者様が来てくれて、母は優しく甲斐甲斐しく私を看てくれましたの。お医者様と話す母の顔はとっても幸せそうでしたわ。母は求めているものを手に入れたんです。だから、あの短剣は私にも応えてくれると思ったんです……でも違ったみたいですわ」
「それがあんたの話しかい」
「私はあなたの話の方が気になりましてよ」
耳元で彼女が囁く。
「どうしてこんなことを? 私が何をしたかご存知でしょう」
「多分、あんたが何をしたかなんて関係ないことなんだ」
彼は独り言のように呟いた。
「皆、見えないものばかり見ようとする。見えない印があって、それを見えないくせに嫌ったり軽蔑したりする。特に女はそういうことばかり気にする。そんなもので同じ人間を違う生き物にしようとするんだ。くだらないじゃないか。だが、あんたにはどうやら見えるものしか見えないようだ。俺にはそれだけで充分だ。きっとそれだけだ」
彼はそれきり黙ったまま歩いた。ベルも何も言わなかった。




