ツンデレ覇王、不覚にもときめく
桃園の誓いによって、関羽と張飛という「愛の重い二大巨頭」を(無自覚に)ゲットした劉備。彼女たちはさっそくボランティア精神で義義勇兵を集め、各地で暴れ回る「黄巾族」の退治へと乗り出した。
「我が君、足元がぬかるんでおります。私の背にお乗りを」
「玄徳姉ちゃん! あたしの愛の炎で、黄色いバンダナの奴ら全員炭火焼きにしてやったぜ!」
「わぁ、二人ともありがとう! でも、私を『我が君』って呼ぶの、なんだか恥ずかしいな……えへへ」
劉備が頬を染めて照れるたび、関羽と張飛のモチベーションは限界突破した。二人の超絶無双によって、黄色いバンダナの暴徒たちは瞬く間にゴミのように蹴散らされていく。
しかし、戦場は甘くない。ある日、劉備たちの部隊は敵の想定以上の大軍に包囲されてしまった。
「うぅ……前後左右、どっちを見ても黄色いおじさんばっかりだよぅ……!」
「チッ、数が多すぎる! 玄徳姉ちゃん、あたしの後ろに隠れてな!」
「我が君、ご安心を。あなたに指一本触れさせはしません。……もし触れた者がいれば、一族郎党すべて私が”剪定”いたします」
関羽が恐ろしい殺気を放ちながら青龍偃月刀を構えた、その時だった。
地響きと共に、戦場の向こうから圧倒的なオーラを纏った漆黒の騎馬隊が突っ込んできた。
先頭を走るのは、黒いマントを翻し、洗練された漆黒の鎧に身を包んだ小柄な人物。
「ふん、烏合の衆が。我が覇道の礎となるがいい――散れッ!」
その人物が宝剣を一閃させると、凄まじい衝撃波(と、どこからか鳴り響く派手なBGM)と共に、黄巾族の包囲網が文字通り爆発四散した。
「な、何者だ……!?」張飛が警戒の声を上げる。
煙が晴れた戦場の中心。
馬から降り、美しい黒髪をポニーテールにまとめたその人物は、冷徹な切れ味鋭い瞳で劉備たちを見下ろした。
彼女こそ、官軍の若きエリートにして、圧倒的財力とカリスマを持つ「治世の能臣、乱世の姦雄」――曹操、字は孟徳である。
曹操はフッと鼻で笑い、冷たい声を放った。
「そこの田舎者ども。官軍であるこの私、曹孟徳が来なければ全滅していたな。感謝するがいい」
絵に描いたような高飛車エリート。張飛が「なんだとコラァ!」と武器を構えるが、劉備は違った。彼女は、曹操の華麗な戦いぶりと、どこか孤独を背負ったような鋭い横顔に、純粋に感動していた。
劉備はトコトコと曹操の前に歩み出ると、その小さな両手をぎゅっと握りしめた。
「すごいです……! 助けてくれてありがとうございました! あなた、曹操さんって言うんですね。お名前もとっても格好いいです!」
上目遣い。ウルウルの瞳。そして、満面のひまわりのような笑顔。
天然タラシ兵器、曹操に向けて完全発射。
「は……!? な、何だ貴様は、いきなり手を握るな、無礼だぞ……っ!?」
曹操の白い頬が、一瞬でリンゴのように真っ赤に染まった。
これまで周囲には、自分を恐れる部下か、媚びを売る政治家しかいなかった。こんな、警戒心ゼロのピュア100%な笑顔で感謝されたことなど、曹操の人生には一度もなかったのだ。
(な、何だこの生き物は……!? 妙に耳たぶが大きいし、服はボロいし、洗練の『せ』の字もない田舎娘のくせに……何故、私の心臓がこんなにうるさい……!?)
曹操は慌てて手を振り払おうとしたが、劉備の手の温もりが心地よくて、つい力が抜けてしまう。
「あ、あの、もし良かったら、これ、お礼です!」
劉備が懐から取り出したのは、自分が編んだ、ちょっと形がいびつな「草鞋」だった。
「ふん! 貴様、この私にこんな安物の草切れを履けと言うのか!? バカにするのも大概にしろ!」
曹操は全力でツンツンしながら、しかしその草鞋をものすごい素早さで懐に回収した。
「べ、別に貴様のために戦ったわけではない! 勘違いするな! たまたま通りがかっただけだ!」
絵に描いたようなツンデレセリフを残し、曹操は真っ赤な顔のまま馬に飛び乗った。
「行くぞ、お前たち! ……おい、そこでのんきに草鞋を編んでいるお前! 次に会う時までに、もう少しマシな服を着ておけ! 私の視界が汚れるからな!」
そう言い捨てて、曹操の騎馬隊は嵐のように去っていった。
残された劉備は、ぽかんと首をかしげる。
「怒っちゃったのかなぁ……? でも、草鞋、持ってってくれたよね?」
その横で、関羽と張飛の目が完全に据わっていた。
「……我が君。あのチビ(曹操)、我が君の手の甲を、親指でさすっていました。万死に値します。今すぐ追いかけて首を刎ねてまいります」
「玄徳姉ちゃん! あいつ、ツンツンしてるくせに、姉ちゃんの草鞋をめちゃくちゃ大事そうに抱えてたぜ! 泥棒だ! ぶっ飛ばして取り返してくる!」
「ふたりとも、ダメだよー! 仲良くしなきゃ!」
劉備が慌てて二人の服の裾を引っ張る。その可愛さに免じて二人は武器を収めたが、心の中の「曹操絶対殺すリスト」にバッチリその名が刻まれた。
一方、数キロ先を爆走する曹操の軍勢。
馬の上で、曹操は懐の草鞋をそっと取り出し、愛おしそうに見つめていた。
「(劉備……と言ったか。ふん、妙な女だ。だが……悪くない。あの女は、私が手に入れるべきだ……!)」
乱世の覇王・曹操。
その覇道の第一歩は、劉備への「こじらせた初恋」から始まるのであった。




