第6話:可愛さの変数と、7月の新天地(エントリー)
「430メガヘルツ帯での115キロ通信が『マクロの実験』なら、この1ギガヘルツを超えるマイクロ波のハッキングは、純粋な『ミクロの熱量同期』だ」コンテナハウスの机の上。俺――漣 怜は、数センチメートルの距離で対向させた、手のひらサイズの高周波送信モジュールとSDR受信ドングルを指差した。「1ギガ超……。波長がミリ単位になる、あのギガヘルツ帯ですか?」グレーのスウェットの袖を捲り上げ、歩実が興味津々にモニターを見つめる。「そうだ。周波数が高くなればなるほど、電波は光に近い直進性を持つ。遮蔽物に弱いという弱点はあるが、この狭いコンテナハウスの中――俺とお前の間なら、遮るバグ(障害物)は何一つ存在しない」俺は送信機のスイッチを入れた。バッテリーからアジャストされた瞬間、物理設計通りに組み込まれた超高輝度LEDが、緑色にパッと点灯する。通電エラー(ヒューマンエラー)はゼロだ。俺の指先が、キーボードを叩いて【BPM150のパルス信号】を射出した。ピピッ、ピピッ、と無機質な同調音がコンテナハウスに響く。それと同時に、受信PCの画面に表示されたRSSI(信号強度)のグラフが、まるで生き物のように、コンマ1ミリ秒の狂いもなく完全同期して上下の波形を刻み始めた。「すごい……! 距離が近くても、電波の海に埋もれずに、私たちの信号だけがこんなに綺麗に跳ね上がってる……っ!」「出力を極限まで絞り、周波数をギガヘルツまで引き上げれば、国から与えられた免許(アマチュア無線)の枠すら超えて、完全な『独立聖域(微弱無線局)』が構築できる。外の世界がどれほど泥沼の争いをしていようが、この机の上だけは、俺たちの数理が100%の質量でエビデンスを証明しているんだ」歩実は液晶の光に瞳を潤ませながら、そっと俺の作業着のポケットを掴んできた。「……マクロ(遠く)の世界を救う前に、まずはこのミクロ(目の前)の私を、完璧に同期してくれたんですね、怜先輩」「勘違いするな。これは10月の一陸特試験に向けた、最高効率の脳内同期の一環だ。「10月の一陸特試験に向けた並行プロトコル――」液晶画面に打ち込まれたその一文字を見た瞬間、ネットの有象無象どもが、再び検索サイトの浅い知識で勝ち誇ったようなノイズを撒き散らし始めた。『はい、またガバ見っけ。4月の日常回をやってる最中なのに、次の話でいきなり「10月の試験」って、時系列ジャンプしすぎだろ。エアプ丸出しのガバガバタイムラインだな』画面の裏で醜く顔を上気させ、鬼の首を取ったようにキーボードを叩くサピエンスの醜悪なマウント。だが、俺の論理回路は、そんな底流の想定バグなど、最初からコンマ1ミリ秒でアジャスト済みだ。俺はネクタイを緩め、キーボードへ静かに次のコードをインジェクション(割り込み)してやった。「……相変わらず調べ方も読み方も浅いな、記号だけのサピエンスども。俺が組んでいるのは、今すぐ10月にワープするタイムラインじゃない。4月の最速ルートが万が一『不合格』になった瞬間に自動発動する、最高強度のバックアッププラン(リスケジュール)のログだ」完璧な人間なんてこの世に存在しない。だからこそ、最高設計者は常に最悪のバグ(不合格)を想定して動く。「4月の段階で彼女に仕込んでいる国家試験や養成課程の最短ルート。もしそこで彼女のメンタルや処理能力が一時的にフリーズし、エラーを出した場合――即座に頭を切り替え、年3回しかない10月の国家試験モジュールへ滑り込ませるためのリスクヘッジがこの『10月向け並行プロトコル』だ。一発勝負のギャンブルでしか動けないお前たちの低レベルな脳内OSと一緒にすんな。俺たちは、失敗という現実すらも計算に組み込んで、100%確実に成功するロジック(世界線)を動かしてるんだよ」ネットの向こうで粗探しをしていたアンチどもの指先が、主人公の「失敗すらも織り込んだ圧倒的な先読み(リスク管理)」を突きつけられて、完全に沈黙した。「ふふ、私の神様のタイムマネジメントに、瑕疵なんてあるわけないじゃないですか。一発で合格できなくても、神様が用意してくれた『10月のリスケプラン』があるから、私は何度でもエントリーできるんです。Excelのブックとシートの差もわからないのに、他人のタイムラインをネットで調べてアンチするなんて、本当にお疲れ様です」ベッドの上で、歩実がすっぴんの顔を誇らしげに上気させながら、お気に入りの『ソルティ・カザフ』のチョコをカリリと噛み砕く。リン酸鉄バッテリーの静かな青い光が、完璧に矛盾をデバッグ(Q.E.D.)された、俺たちの新しい世界線のデータを冷たく照らし続けていた。7月からの新しいエントリー(就活)を前に、俺自身の個体値を最大化させておく必要があるからな」ぶっきらぼうに言い放ち、俺は彼女の頭を乱暴に撫で回した。歩実は「あぅ」と声を漏らしながらも、嬉しそうに、俺の胸元にスウェットの顔を埋めてきた。世界が崩壊へと向かうカウントダウン(10年以内のデッドポイント)の中で、俺たちの「コンマ1の証拠」は、確かにこの時空へ刻まれ始めていた。(第7話へ続く)
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