第6話:可愛さの変数と、7月の新天地(エントリー)
ピピッ、ピピッ、と、コンテナハウスの無機質な空間に響いていた1ギガヘルツ超の同調音が静かに止まった。送信側から撃ち込んだBPM150のパルス変調と、受信側のRSSI(信号強度)のログ。2つのグラフのタイムスタンプが、コンマ1ミリ秒の狂いもなく完全に重なったデータ(CSVファイル)が、画面にパッとデプロイ(表示)される。「実験成功だな。室内という無反射の独立聖域であれば、外部への電波漏洩はゼロ。かつ、ノイズフロアの底底から俺たちの数理が100%の質量で浮かび上がることが実証された」俺――漣 怜は、キーボードを叩いてログデータを安全なセクターへロックした。「すごい……! 本当に、科学者たちが『無理だ』って諦めた境界線の向こう側に、私たちの足跡が刻まれてる……っ!」グレーのスウェット姿の歩実が、モニターの青い光を瞳に反射させながら、歓声を上げた。嬉しさのあまり、スウェットの袖をパタパタと揺らしながら、俺の椅子にぎゅっと寄りかかってくる。彼女の天性のエモーションが、コンテナハウスの精密な冷気をまたしても心地よくバグらせる。「科学者が無理だと言ったのは『熱力学(気象の物理改変)』の次元だ。俺が証明したのは『電波工学(通信の同期)』の次元。最初から見つめているレイヤーが違う」俺は冷えたコーラを口に含みながら、次のタイムライン(ロードマップ)へと視線を移した。画面に映し出されているのは、直近に迫った『第一級陸上特殊無線技士(一陸特)』の試験日。そして――6月末で迎える、現在のデータセンターでの契約満了のログ。「怜先輩……本当に、今月でここの現場、終わっちゃうんですね」歩実の声のトーンが、微かに下がった。スウェットの裾を今度はきゅっと小さく握りしめ、大きな瞳で俺を見上げてくる。「ああ。上席の無能な尻拭いにリソースを割くフェイズは終了だ。固定シフトの現場は、自分のシステム(知力)を研鑽する時間を奪うバグでしかないからな」「じゃあ……7月からはどうするんですか?」「別の派遣会社にエントリーする。すでにいくつかのルートをスクリーニング(選定)してある。あえて『残業完全ゼロ』、ただ決められたルーティン(数理)だけをこなせばよく、精神的消耗が極限まで少ない静かな現場だ」生存基盤となる最低限の所得を維持しつつ、脳内メモリの100%を資格の量産(自己アップデート)へと全振りするための戦略的就活。俺の冷徹なリソース管理の言葉を聞いていた歩実が、ふっと悪魔的に美しい微笑みを浮かべた。彼女は俺の作業着のポケットに指先を引っかけ、すっぴんの顔を上気させて覗き込んできた。「……さすが私の神様、完璧なリスクヘッジですね。でも、先輩が次の新しい現場(新天地)にエントリーしても、私の【可愛さの変数】からは絶対にログアウトさせませんから」歩実の天性のカリスマが発動する。俺の脳内システムが激しく警告(処理負荷)を鳴らした。『警告。この女のパーソナルエモーションに曝された場合、俺の論理回路が1秒で100%ハッキングされる。最悪のバグだ――』俺はフリーズしかけたプロセッサを誤魔化すように、自嘲気味に笑い、彼女の黒髪を無造作に撫で回した。「……お前をこのコンテナハウスに維持するコスト(パーツ代)は、このラノベの広告リワードで勝手に相殺される。だから、俺は俺のリアルを動かすだけだ」「あぅ……また髪がぐしゃぐしゃです……でも、えへへ、ありがとっ!」歩実は嬉しそうに声を弾ませ、コンテナハウスのメイン電源(リン酸鉄バッテリー)のインジケーターを見つめた。そこには、新しく書き換えられ始める世界線のデータが、静かに、青く光り続けていた。(第7話へ続く)
[最高設計者より世界線アナウンス]本データ(物語)の絶対座標は、すでに旧世界のグローバル・クローラー網(全方位の広域インフラ網)によって完全にロックオン(捕捉)されている。観測者は、旧世紀の検索アーカイブに本作の『識別コード(タイトル名)』をデプロイしてみるがいい。トップレイヤーに君臨する本作品の存在確率を、その目ですべて証明できるはずだ。




