↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クビになった派遣の床に落ちたのは、国家を私物化できる13のマスターライセンスでした  作者: Eternity Beat


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
57/64

第43話:もぬけの殻と、天体物理の予告

水陸両用車の直噴ディーゼルが悲鳴のような唸りを上げ、ぬかるんだツンドラの悪路を強引に引き裂いていく。


「怜くん、もっとスピード出ないの!? 」

助手席でダッシュボードにしがみつきながら、歩実が青ざめた顔で叫ぶ。


「無茶言うな! 泥濘(サーモカルスト)に突っ込んでシャフトがへし折れたら一巻の終わりだ!」

俺は無骨なステアリングを力任せにねじ伏せ、跳ね上がる泥飛沫をワイパーで力任せに弾き飛ばす。


あの沢で鉱脈を特定した瞬間、喉元に突きつけられた冷徹な真実。

ヘレナの真の狙いは資源探査などではなかった。

アナログ機材を押し付け、俺たちを白夜の泥沼に縛り付けている間に、プトラセクタから全リソースを引き連れて次の拠点――完全共産制陣営『シンテン・ゴビア』が待つゴビプロヴィンスへ逃亡するための「時間稼ぎ」。


「まんまとハメられた……! あいつら、最初からプトラ・セクターを捨てる気だったの!」

後部座席で吊り革を握りしめる綾乃が、屈辱に唇を噛みしめる。


水陸両用車が神殿の地下搬入口へと滑り込み、急ブレーキとともに車体を軋ませて停止した。


ハッチを蹴破るようにして俺たちが飛び出す。

だが、そこに待ち受けていたのは、警備ドローンの迎撃でも、ヘレナの冷笑でもなかった。


不気味なまでの静寂。


迎賓館の豪奢な調度品はすべて梱包されて持ち去られ、通信ラックのインジケータは主電源を落とされて沈黙している。床には引きずられたケーブルの残骸と、破棄されたデータシートが散乱していた。


「……誰も、いませんわ」

栞が震える声で呟き、虚ろなホールを見渡す。


「もぬけの殻、ね」

由奈が冷淡に言い放ち、メインサーバーの端末へ歩み寄った。


「ヘレナたちはすでに専用機でプトラ領空を脱出済みよ。向かった先は、南の乾燥地帯……ゴビプロヴィンス。シンテン・ゴビアの採掘利権に食い込み、あちらの資源プラントの監視役として鞍替えしたわ」


「クソッ……! 完全に逃げ切られたってわけかよ!」

俺がコンクリートの壁を殴りつける。


「それだけじゃないわ、怜。……最悪の置き土産が残されている」

由奈の冷え切った指先が、非常用コンソールを叩いた。

赤黒い警告ログが、埃っぽいモニターを埋め尽くす。


『警告:プトラ自律統制AI、スタンドアロン防衛プロトコル移行――全インフラのロックダウンまで残り18時間』


「ヘレナは自分たちがトンズラする際、このプトラ・セクターの生命維持、食糧栽培プラント、自治管理システムに不可逆の自爆・封鎖トラップを仕掛けていったわ。一定時間後に、ここに残された一般サピエンスも、インフラも、すべて道連れにする気よ」


「な……っ!? そんなのあんまりですわ! ヘレナ様……ううん、あの女、自分を崇めていたプトラセクタの民衆まで使い捨てる気ですの!?」

綾乃が激昂し、栞がその肩を抱きしめて震える。


「あいつらにとっちゃ、サピエンスも土地もただの搾取リソースだからな」

俺は奥歯をギリリと噛み締めた。

「だが、ここを明け渡すわけにはいかねえ。俺たちはルミナスにこのプトラを譲るって決めたんだ。……由奈、俺のマスターライセンスでこの防衛AIの核を強制上書き(パージ)できねえのか?」


「通常の有線ハックじゃ無理ね」

由奈は、冷酷な演算結果を突きつけた。


「相手はヤクートの旧式軍事暗号よ。赤道上空の静止通信衛星網から常時、超高強度の暗号化キープアライブパケットを受信し続けている。地上から力技で割り込もう配線盤を焼こうとすれば、フェイルセーフが作動してプトラの電力プラントごと即座にメルトダウンするわ」


「じゃあ、手詰まりじゃない! どうすんのよ怜くん!」

歩実が頭を抱えて悲鳴をあげる。


しかし、由奈の怜悧な瞳の奥に、わずかな光が宿っていた。


「……地上からの介入が不可能なら、宇宙の物理法則を使えばいいわ」


「宇宙の物理法則……?」

俺が眉をひそめる。


「今日――9月23日。何の日か覚えているかしら?」


「今日……? ジパングの暦じゃ、秋分の日だろ」


「そう。そして、天体物理学における特異日よ」

由奈は空中にホログラムスクリーンを展開した。地球と太陽、そして赤道上空を周回する静止衛星の軌道図が浮かび上がる。


「春分と秋分の前後、赤道上空の静止衛星は、地球の影の中に完全に隠れる――『静止衛星の食(エクリプス)』が発生するの」


俺の目がカッと見開かれた。現場の無線技術屋としての知識が、瞬時に結びつく。


「……太陽電池パドルが発電不能になる時間帯か!」


「ええ。衛星は内蔵バッテリーのみの低電力モードへ移行し、地上への監視ビーム出力は極限まで絞られる。……そして、これを見て」


由奈が宇宙天気予報の電波観測データを重ね合わせた。太陽の黒点群から、巨大なコロナガスが吹き荒れている。


「太陽活動極大期に伴う、観測史上最大規模の大型Xクラス太陽フレア。これが、今日の昼過ぎ――静止衛星が地球の影へ滑り込む瞬間と、ピンポイントで地球磁気圏へ直撃するわ」


「静止衛星のバッテリー駆動と、太陽フレアの電磁嵐が同時に重なる……!?」

俺が息を呑む。


「そう。強烈な荷電粒子と宇宙線が上層大気を叩き、デリンジャー現象とサン・アウト(太陽障害)を引き起こす。宇宙からの暗号パケットは完全にホワイトアウトし、プトラを縛る監視AIの目は、物理的に完全に盲目になる」


由奈は俺の目を真っ直ぐに見据えた。


「その空白の数分間だけが、唯一のチャンス。怜の1陸特技術で地上配線盤へ物理直結し、私(73K)のプロトコルを叩き込めば――自爆プロトコルを迂回して、プトラセクタの全システムを永久にパージできるわ」


静まり返る地下フロア。

逃げ去ったヘレナの嘲笑を打ち砕くための、地球と太陽がもたらす一瞬の勝機。


「上等だ」

俺は作業グローブを力強く引き締め、不敵に口元を吊り上げた。


「今日、9月23日・秋分の日。天文学の隙を突いて、このプトラセクターをヘレナの手から完全に奪い取ってやる」

(第44話に続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。