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クビになった派遣の床に落ちたのは、国家を私物化できる13のマスターライセンスでした  作者: Eternity Beat


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第44話:秋分の天恵(サン・アウト)――プトラ・セクター無効化

2026年9月23日、秋分の日。正午過ぎ。


プトラ神殿の最深部、地下主配線盤室の空気は、吐く息が白く凍りつくほど冷え切っていた。


「おい歩実、テスターの針から目を離すなよ! 少しでも電位差が跳ねたら叫べ!」


「は、はいっ! 怜くん、直流48ボルトライン、今のところフラット! 異常なしだよ!」


薄暗いコンクリートのフロアで、俺は泥と機械油にまみれた作業グローブをはめ、防護パネルを強引に引き剥がしていた。


むき出しになったのは、ヤクート統制AIがプトラ全域を縛り付けている主幹回線盤。太い同軸ケーブルと光ファイバーの束が、蠢く神経系のように壁一面に張り巡らされている。


「怜、接続シーケンスの準備は整ったわ」


背後でキーボードを叩く由奈の声は、氷のように冷静だった。

膝の上に置かれた端末には、無数のバイナリコードが滝のように流れている。


「ヤクートの超高強度暗号は、地上からの通常の論理侵入を100%弾くように設計されている。……けれど、宇宙からの通信が途絶したその数分間だけは、例外処理(フェイルセーフ)のカーネルが地上側の手動割り込みを待機する設計よ。私の作った【自爆迂回・ルート権限剥奪プロトコル】なら、その隙間に直接割り込めるわ」


「ああ。だが、衛星からの電波が途絶えた瞬間のサージ電流を逃がさなきゃ、基板ごとパーになる。……歩実、あれを繋げ」


「了解っ!」


歩実が肩から提げたバッグから取り出したのは、2026年現在において【ちょうど13年目(2013年製)】を迎える、傷だらけのレガシー端末だった。


最新のAI監視網が高周波暗号ばかりを警戒する中、13年前の無骨なシリアル通信パケットは、先代AIにとって「単なる背景熱雑音」として完全に処理をスキップされる。


俺はワイヤーストリッパーで被覆を剥いた銅線を、主幹端子盤のレガシー保守ポートへ力づくで噛み合わせた。


赤道上空36,000キロメートル。


地球の公転軌道上、太陽光と赤道面が完全に交差する秋分の特異点。

ヤクートの監視網を中継していた静止衛星群が、巨大な地球の影の中へと音もなく滑り込んだ。


太陽電池パドルの発電量が垂直落下でゼロに急落する。

衛星システムは即座に低電力バッテリー駆動へ切り替わり、地上への監視ビーム照射強度が極限まで減衰した。


そして――宇宙の深淵から、太陽の咆哮が届く。


活動極大期を迎えた太陽黒点群から放たれた、観測史上最大規模の【Xクラス太陽フレア】に伴う荷電粒子嵐。

分厚いプラズマの津波が地球磁気圏を激しく叩き潰し、上層電離層で凄まじいデリンジャー現象を誘発した。


ホワイトアウト。


宇宙空間と地上を結ぶあらゆるマイクロ波・ミリ波回線が、物理的な熱雑音の嵐に呑み込まれて完全沈黙した。


『――ピィィィッ……警告、上位衛星リンク喪失……フェイルセーフ待機モードへ移行――』


配線盤のコンソールから、無機質なアラートが漏れ出た。


「怜、今よ! アースを開放して!!」


「おうよッ!!」


俺が主幹ブレーカーの接地レバーを力任せに叩き落とした。

電離層の乱れによって生じた高周波の迷走電流が、太いアース線を通って地下深くへと一気に逃げていく。


そのコンマ数秒の静寂の中、由奈の細い指先がENTERキーを一閃した。


13年目のレガシー端末を経由し、由奈オリジナルの自爆迂回コードが、無防備になったプトラ統制AIのカーネル(核)へダイレクトに突き刺さる。


『――認証プロトコル、バイパス確認。……マスターオーバードライブ……全デバイス権限、強制剥奪――』


バチィッ!!


神殿の天井を覆っていた監視カメラ群が一斉にショートし、青白い火花を散らして沈黙した。

自律警備ドローンたちが動力を失ってコンクリートの床へ次々に落下していく。


ヘレナが仕掛けて逃げた悪辣な自爆トラップは、起動の引き金を引かれることすらなく、地球と太陽の天体物理の前に完全に消滅した。


「……ふぅ。どうやら、物理の神様は現場の味方をしてくれたみたいね」


由奈が、小さく息を吐いた。


俺は書き換えを完了し、真緑のランプが点灯した自治管理キーを端末から引き抜くと、呆然と立ち尽くしていた二人の少女――橘綾乃と白石栞の前へ歩み寄った。


「ほらよ。約束通り、このセクターとインフラはお前らルミナスのものだ」


差し出された無骨なキーを受け取り、綾乃と栞の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。


ヘレナの脅迫に怯え、尊厳を奪われかけた閉ざされた箱庭から、彼女たちはついに自分たちの足で立つための「本物の居場所」を手に入れたのだ。


「ありがとうございます……! 本当に……!」


二人は手を取り合い、深々と頭を下げた。

そして、顔を上げた彼女たちは、涙の残る顔いっぱいに満面の笑顔を咲かせ、元気いっぱいに叫んだ。


「ありがとう、怜お兄ちゃん!」


「……っ!?」


不意打ちの言葉に、俺の体がびくりと硬直した。

あからさまに視線を横へ逸らし、口元を手で覆ったが、耳たぶが微かに赤くなっているのを隠しきれていない。


その瞬間。

俺の背中に、絶対零度を下回る凄まじい眼光が突き刺さった。


歩実と由奈が、寸分違わぬ角度で睨み据えている。


「……怜。年下の女サピエンスからその言葉(お兄ちゃん)は、さすがに精神防御力(レジスト)が弱いわよね」


「うわぁ、怜くん露骨に鼻の下伸びてる! 決めた、私も怜くんより年下なんだから、これからは妹要素で全力で頑張るからね!!」


「歩実、そういう付け焼き刃の属性付けはサピエンスの認知バイアスを狂わせるだけよ」


「なっ……! 茶番やってないで荷物まとめろ! 行くぞ!!」


怒鳴り散らして誤魔化す俺に、地下フロアが温かな笑い声に包まれる。


その時だった。


歩実が肩から提げていた13年目のバッグの奥底で、小型コンソール端末が甲高いビープ音を鳴らし、激しい光を明滅させ始めた。


プトラ・セクターの支配権完全解放。

因果の収束とともに、画面に刻まれていた絶対座標の文字列が、恐ろしい速度で自動書き換え(オーバーライト)されていく!



【NEXT LOCATION: EAST 95°02' / NORTH 69°07' ―― PUTORA SECTOR】

↓ [OVERWRITE]

【NEXT LOCATION: EAST 103°26' / NORTH 42°35' ―― GOBI PROVINCE】


「画面が……書き換わった……!」


歩実が画面を凝視し、息を呑む。


「次の目的地は……ゴビプロヴィンス……! 砂漠のセクター……!」


俺は背嚢をグッと担ぎ直し、口元に不敵な笑みを浮かべた。


「待たせたなヘレナ、そしてシンテン・ゴビア。……プトラの借りを、砂漠のど真ん中できっちり清算してやる」

(第45話に続く)

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