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クビになった派遣の床に落ちたのは、国家を私物化できる13のマスターライセンスでした  作者: Eternity Beat


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第37話:『特注制服(ヴァルカノース)と咲き誇る百合』

ゲートを覆っていた時空の残響煙が晴れ、重厚な減圧音が静寂を切り裂く。

歪んだ特異点の裂け目に佇んでいたのは、息を呑むほど完成された二つの美のシルエットだった。


身に纏っているのは、かつての名門『聖ルミナス・ジパング女学院』のクラシカルな格式を残しながらも、ヤクートの超高機能ナノ繊維で仕立てられた特注制服――『VALKANOR(ヴァルカノース)』。

無駄を極限まで削ぎ落としたダークネイビーのシャープなカッティング、襟元を走る冷涼なシルバーライン、そして胸元で鈍く輝く銀細工の校章。

橘綾乃と白石栞。

時空の特異点を越えて召喚された二人の少女は、まるで隔離された温室の絵画からそのまま抜け出してきたかのような、圧倒的なビジュアルオーラを放っていた。


その姿を一目見た瞬間、歩実は頭を抱えてその場に崩れ落ちた。


「ちょ、ちょっと待ってよ……! なにこの圧倒的な作画クオリティ……! この作品って、私以外みんなビジュアル偏差値高すぎない!? 私がメインヒロインのはずなんだけどなー!(泣)」


床に両手をついて絶望を垂れ流す歩実に対し、俺と由奈がすかさず横から冷徹なフォローを挟み込む。


「安心しろ歩実。メインヒロインとして胸を張ってろ。お前のその泥臭さと、普通免許オンリーの庶民性能は、間違いなくこの作品の唯一無二のアイデンティティだ」

「そうよ歩実。高嶺の花枠や超高知性枠はすでに飽和状態だけど、泥臭いモブヒロイン枠は完全なブルーオーシャンよ。もっと自信を持ちなさい」

「それ完全にディスってるよね!? フォローに見せかけた全方位からの被弾なんだけど!?」


涙目で床を叩いて吠える歩実を、現れた二人は涼やかな瞳で見下ろした。


「ふふ……随分と騒がしい方ですこと。美しさも気品も、一片たりとも見当たりませんわね」


名門令嬢特有の超然とした風格を漂わせる橘綾乃が微笑むと、その半歩後ろに寄り添う白石栞が静かに頷き、冷淡な視線で追撃の審査を下す。


「ええ、綾乃様。……あの方、百合枠として見てもさすがに無理がありますわね」

「百合枠の審査まで落ちたーーッ!!」


神殿の冷たい床に突っ伏して叫ぶ歩実の姿に、高みの見物を決め込んでいたヘレナが露骨にドン引きしながら眉をひそめた。


「なんなのよこのサピエンスたち……全員どっか頭のネジが外れてるんじゃないの……?」


あまりに生々しいドメスティックなコント空間に毒気を抜かれたヘレナだったが、冷酷な高笑いを響かせてマウントを取り直す。


「まあいいわ。私の計算通り、ジパングサピエンス同士で勝手に潰し合ってくれるんだから大成功よ! 過去の亡霊と現代のモブ、存分に食い合いなさい。私は次のセクタ掌握で多忙だから、お先に失礼するわね」


ヘレナはスリーグレイスを引き連れ、豪奢な神殿ドレスを優雅に翻して統括室の奥へと退場していった。


残されたのは、俺たち『HAYNSR』の三人と、特注制服を纏う二人の少女。

俺はやれやれと首を振り、端末の通信ログを立ち上げながら問いかけた。


「いちいち名前を並べて呼ぶのも処理リソースの無駄だ。お前らふたり、まとめて何て呼べばいい? こっちは三人で『HAYNSR(ハインズ)』っていう運用ユニット名があるんだが。お前らの母校、もう何十年も前に跡形もなく廃校になってるぞ」


冷徹に突きつけられた過去の喪失。だが、綾乃と栞の双眸に揺らぎは一切生じない。二人は慈愛に満ちた視線を交わし合う。


「ふふ……『ルミナス』で構いませんわ。この時代に私たちの母校の名を名乗れるなんて、むしろ誇りに思いますものね、栞」

「ええ、綾乃様。私たちの祈りと光は消えません」


二人は息を合わせ、温室の聖域を思わせるクラシカルな所作で胸の前にそっと手を重ね合わせ、『誓いのポーズ』を完成させた。


「ここからは、私(わたくし)たち『ルミナス』がお相手いたしますわ。――すべては、私たちに自由な理想郷を約束してくださった、聖母ヘレナ様のために!」


二人だけの閉じた世界で咲き誇る、あまりに純度の高い百合の光彩。それを見つめる歩実と由奈のジト目が、容赦なく突き刺さる。


「……うわぁ、ジパングの廃墟からやってきたはずなのに、ここだけ完全に百合の花が狂い咲いてるよ……」

「空間内の糖度と親密度係数が異常値を記録しているわ。完全に自分たちの世界にログインしているわね」


俺は深くため息をつきながら、指先を軽く鳴らした。


「今度はジパングの百合サピエンスをアジャスト(破壊)すんのかよ……」

「「だからアジャストしちゃダメだってば!!」」


即座に重なる歩実と由奈の鋭いツッコミ。だが、俺は眉ひとつ動かさずに続けた。


「っていうか、俺の中じゃとっくにアジャスト手順の設計(プロトコル)は済んでるんだよ。ルミナスのふたりは根本的な勘違いをしてる。俺たちはお前らの邪魔をしに来たんじゃない。……まずはシスター歩実とシスター由奈に、同じ制服(ヴァルカノース)を用意してもらおうか」

「「は?」」


綾乃と栞が同時に瞬きをする。俺は容赦なく条件を叩きつけた。


「俺たちがお前らに勝った暁には、ヘレナの陳腐な洗脳から離れて別の生き方をしてもらう。俺の制度ハックなら、お前らの不可侵な百合属性を合理的かつ倫理的に完全保全した上で、歴史に名を残す特異点サピエンスとして再定義してやれる」

「はい……?」


あまりに想定外の交渉ロジックに、気品に満ちていた綾乃と栞の表情が完全にフリーズする。

当然、味方の二人が黙っているはずもなかった。


「ちょ、ちょっと怜くん!? シスター歩実ってどういうこと!?」

「解けないわ。シスター由奈って何をさせる気?」

「いいから今は俺の設計を信じろ」


俺が有無を言わさぬ視線を向けると、ルミナスの二人は困惑しながらも顔を見合わせ、やがて優雅な礼を執った。


「……承知いたしましたわ。シスター歩実、シスター由奈。スペアの制服をご用意いたしますので、こちらまでお越しいただけますかしら?」


綾乃と栞が別室のドアを静かに押し開き、入室を促す。


神殿最深部の静寂の中――『HAYNSR』と『ルミナス』による、ジパングサピエンス同士の知略と思想が交錯する新たな前哨戦が、静かに幕を開けようとしていた。

(第38話へ続く)

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