第30話:ランウェイの宣戦布告
極地に位置する『プトラ・セクター』の近郊――白夜の陽光がどこまでも白く広がる飛行場。
対温暖化インフラが吐き出す膨大な排熱と、ドーム内の気候制御システムがもたらす極暑の熱風。その歪むかげろうを切り裂き、漆黒の機体を誇示する一機のプライベートジェットが、静けさを破って滑らかにランディングを決めた。
「遅いわよ、怜、歩実」
タラップが静かに降り、そこに立ち現れた姿を目にした瞬間――駆けつけた俺と歩実は、息をのんだまま凍りついた。
降り立ってきたのは、七瀬由奈――間違いなく本人だった。
複雑極まるビザの発給手続きと、泥臭い船旅を乗り越え、この極北の地へと降り立った彼女。その身に纏っていたのは――ジパングの超絶的な職人技術によって完璧に復元され、細部まで繊細に縫い上げられた、ヤクートの聖なる民族衣装『ウフィアハ』であった。
静寂を断ち切るように、豪奢で重厚な足音が滑走路に響き渡る。
異変を察知し、ズラリと一族の身内や厳重な護衛を引き連れて現れたのは、ヘレナ率いるヤクート上流サピエンスの一群だった。ヘレナたちは、巨大コンツェルン『YARENDEZ』の威信を象徴する自慢の超高級アパレルブランド『VALKANOR』の最新オートクチュールに身を包み、冷徹な支配者としての圧力を隠そうともしない。
――だが。
由奈の纏う神聖な『ウフィアハ』が放つ圧倒的な気品と気高い佇まいの前には、当のヤクートサピエンスたちすら言葉を失い、ただ息を飲んで見惚れることしかできない。
交錯する双方の視線。
由奈は不敵で余裕に満ちた笑みを薄く唇に浮かべると、ヘレナに向かってサラリと言い放った。
「久しぶりね、ヘレナ。随分きれいになったじゃない」
ヘレナの整った眉が、不快そうに跳ね上がる。
「はぁ? あなたと会うのははじめてよ! ……まさか、あの時のミスコンの!?」
「物忘れが早いわね。YARENDEZの巨大ビジネスで忙しいから? ミスコン以来ね。……まあ、また私の1位かしら?」
「ふざけないで……!」
それまでの冷徹だったヘレナの表情が見る影もなく崩れ、激怒で朱に染まる。
傍らで見守る俺と歩実は、(ミスコン……!? 由奈が1位で、あのヘレナが負けたっていうのか……!?)と、あまりの事実に目を白黒させていた。
ヘレナは震える指先で由奈の衣装を指差し、金切り声を上げた。
「挙げ句になによ、その服は!? 『ウフィアハ』はヤクート上流サピエンスのみが正装として許される聖なる衣装よ! コスプレ感覚のジパングサピエンスが着ていい服じゃないのよ!」
「あら。着こなせてもいないVALKANORを着ているあなたたちより、よっぽどこの服も喜んでいるわよ?」
「……っ! そこまで舐められたなら――ジパングの安っぽい萌えコスプレをVALKANORで作ってあげるわ! 屈辱の中で着せてやる!」
プライドを完璧に打ち砕かれたヘレナの激昂は、ついに頂点へと達した。彼女が手元の携帯端末を乱暴に操作すると、プトラ・セクター周辺を取り囲む大型ファクトリー群が一斉に不気味な起動音を上げ始める。
『警告:VALKANORアパレル産業AIロボスワーム、全機動――』
YARENDEZ傘下の自動裁断・超高速製造ロボット群が一斉に稼働。鋭利なマルチアームと高出力レーザーカッターを不気味に光らせながら、押し寄せる波となって由奈たちを取り囲んでいく。
迫りくる鉄とレーザーの群れを前にしても、由奈の瞳には一筋の揺らぎすら存在しなかった。
彼女は不敵に口元を歪めると、静かに、だが確実な意思を込めて宣告する。
「アパレルAIの全稼働? 乗ってくれたわね。……あなたたちがYARENDEZとVALKANORで積み上げた張り子の王国、全部100.1%上書きしてあげるわ。覚悟しなさい」
(第31話へ続く)




