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クビになった派遣の床に落ちたのは、国家を私物化できる13のマスターライセンスでした  作者: Eternity Beat


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第28話:73Kヒロイン(七瀬由奈)の手順書

(第3セクター港「停泊中」)

「海面が、さらに上がってる」船のオープンデッキの手すりにしがみつきながら、歩実が薄い空気の混じる潮風の中で呟いた。世界を融解させる熱波のせいで、第3セクター港の無骨なコンクリート岸壁は、かつてよりも数十センチメートル高く、どす黒い海水に完全に浸かりかけている。波が激しく打ち付けるたび、錆びついた鉄骨が軋む不快な音が船内まで響いていた。ジパングセクターの徹底された環境管理とは根本的に異なる、荒廃した異郷の洗礼だった。さらに最悪なことに、デバイスの気象モニターは赤く点滅を繰り返している。【警告:観測史上最大の台風がお盆期間中に接近中。当セクター港は間もなく全面閉鎖されます】由奈が通信で言っていた『下船せずにスルーして』という指示の真意はこれだったのだ。港に降りて下手に動けば、足止めを食らった挙げ句に台風で閉じ込められ、先代AIの検閲網に確実に捕まる。物理的な退路を断たれることの意味を、歩実は身をもって理解し始めていた。呼吸の浅さに伴う軽い眩暈が、ここがジパングではないという現実を突きつけてくる。俺はブリッジへ足を運び、極秘の交渉を行っていた。船内待機のステータスを維持したまま、台風の目を見極めて緊急離岸するタイミングを計る。緊迫した交渉の傍らで、俺が異常な熱量で手配させたのは、数着の【今流行りの量産型レディースアパレル】、そして【アニメコスプレ衣装】だった。船長は怪訝そうに眉をひそめ、難色を示した。「量産型アパレルは船員に頼んでポート側から手配する。だがアニメコスプレ衣装は難しい。昔乗船したときの上流サピエンスの忘れ物なら倉庫にあるんだが、埃を被っているぞ」「それでいい。むしろUSED(古着)がほしかったんだ」俺は即座に言い切った。新品のデータコードが付着していない、サピエンスの生活臭と歴史が染み付いた「古着」であること――それ自体が、ヤクートの検知アルゴリズムを狂わせる物理的な遮蔽シールドになることを俺は見抜いていた。船長が手配に動くのを見届け、俺はデバイスに表示された由奈の手順書を睨みつけた。画面の隅で、暗号キーを示す演算子が不気味に明滅している。由奈の最後の通信で言っていた「ルート5」の意味――それが、どん詰まりのこの状況下で、すべての因果をカチリと噛み合わせる鍵となっていた。「……これを見てくれ、歩実」俺は端末の画面を指で叩いた。「由奈が残したこの手順書、暗号キーが『√5』に設定されてる」歩実は前髪をかき上げながら、怪訝そうに眉をひそめる。「ルート5……? なんでそんな中途半端な数字を由奈が? 私たちのライセンスを書き換えるための数式にしては、あまりにも短すぎるんじゃない?」「俺たちのセクター……ジパングじゃ、ルート5の覚え方は決まってるだろ。『富士山麓オウム鳴く』。富士山だよ」俺はジパングの象徴である富士山の標高『3776m』を画面に引っ張り出し、ホログラムとして空中へ投影した。「富士山の高さは3776m。この数字を二つに割る。前半の『37』を逆転させると、いくつになる?」「……73」「じゃあ、後半の『76』から、俺たちサピエンスの数『3』を引いたら?」「……73。あ……!」歩実の目が見開かれる。息を呑む音が静かな室内に響いた。「73……由奈(73K)だ。由奈が、自分の名前を刻んでるんだ」「そうだ。この符号に気づけるのは、ジパングセクターの教育を受け、俺たち3人の関係性を知っている奴だけだ。これが、由奈の本物の手順書だって証拠だよ。ヤクートサピエンスは4大AIの計算力で世界を支配したつもりだろうが、ジパングの泥臭い語呂合わせとこの因果の底までは、まだスキャンできてない」世界4大AI vs サピエンス。導き出される解は「5」。ここが13番目の基底(床)なら、底を踏み抜いてルート5の領域へ強制遷移するだけだ。怜の手元にある量産型アパレルとUSEDのコスプレ衣装――これこそが、AIの波形学習を欺き、第29話で目的港へ突入するための「位相の隙間」を作る物理ハックの絶対的な防壁となる。由奈の残したロジックは、完璧に牙を研いでいた。



その頃、目的港のヤクートコア下層オペレータールームでは、16時間労働に喘ぐ下流サピエンスたちが、ジパングのWeb小説(HAYNSR)の画面を監視モニターの影に隠れて見ながら「もうすぐ来るぞ」とレーダーを凝視していた。


(目的港・ヤクートコア下層オペレータールームの音声ハッキングデータ)


ヤクート下流サピエンスA:「スタんばってんのに全然こないっすね、ジパングセクターのサピエンスども。もしかしてガセ情報だったんじゃないっすか?」


ヤクート下流サピエンスB:「マジかよ、第3セクター港の検問でとっくに捕獲されたとか? ……つーか辛いっすよ、酸素メーター(SpO2)監視しながらの16時間労働とかって! 脳の処理速度が落ちて数字がぼやけて見えるっす」


ヤクート上流サピエンス指揮官:「おまえらは黙ってろ! コンセントレーションが乱れるだろ。標的のシグナルは必ずこの座標を通る」


ヤクート下流サピエンスA・B:「……うぃっす」


ヤクート上流サピエンス指揮官:「まったく、ヤクートのプライドを捨ててジパングのサブカルチャーごときにハマってんじゃねぇ! あんな泥臭いサピエンスの身あがきなど、我がヤクートの推論モデルの前には無力だ!」


ヤクート下流サピエンスA:「(小声で)……だって、めちゃくちゃおもろいっすよ、ジパングのWeb小説。特に(HAYNSR)のやつとか……あのヒロインの上書きロジック、コードとして美しすぎるっていうか……」


ヤクート下流サピエンスB:「(小声で)……シーッ、スマホの画面見つかるぞ。あっ、第3セクター港に停泊中の船から無線連絡。入りました!」


船長:『本船は異常気象により予定より早く貴セクター港へ入港したい。今からETAを送信する』


ヤクート上流サピエンス指揮官:「ETA受領。入港を許可する。こちらの指示があるまで指定座標で待機しろ!」


画面に表示される船籍データと、微かにノイズの乗った船長の声。上流サピエンス指揮官は獰猛に口元を歪めた。罠の檻は既に閉じている。彼らの認識では、標的はすでに逃げ場のないドックへと滑り込んでくるはずだった。


ヤクート上流サピエンス指揮官:「やっときたか。待ってたぜ。ヤクートセクター本部に連絡しないとな。お前らサボってねぇーでホットライン繋げ。ごちそうの到着だ!」


ヤクート下流サピエンスA・B:「……うぃっす」


ヤクートの包囲網は完全に張られた。だが、彼らはまだ知らない。その喉元に向けて、ジパングの泥臭い意志を宿した「サピエンス3人」が、数式を完全に狂わせる変則キーを既に引き絞っていることを。その先に待つ、真のストーリー――ルート5(√5)の領域への大反撃は、次の瞬間から本格的に幕を開ける。(第29話へ続く)

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