第26話:ミッシングリンクの残響
カラオケボックスの防音扉を閉め、President Roomへと戻る薄暗い船内通路。 喉の奥に残る鉄の味と、ウェアラブルデバイスが刻み続ける高鳴った心拍数の残響のなかで、私は怜くんの少し前を行く背中を見つめながら、忘れていた――いいえ、先代AIのシステムによって強制的に不可視化されていた『記憶のログ』が、脳内で濁流のように逆流してくるのを感じていた。「ねえ、怜くん。私……思い出したの。由奈先輩が言っていた、私がただの『モブキャラ枠』だったっていう、あの言葉の裏側を」 怜くんが足を止め、振り返る。その冷徹な数理脳が、私の言葉の解像度を即座にリサーチし始めるのが分かった。「……話せ。お前の過去ログに、先代AIのプロトコルを書き換えるための鍵があるかもしれない」「私と由奈先輩、同じ高校の『図書委員会』で一緒だったの。先輩は1つ上の完璧な特権階級サピエンスで、私はいつもその影に隠れて、本のバーコードを読み取るだけの、お荷物な下級生だった」 記憶の映像が、13Kの鮮明さで脳裏にドロップされていく。「ある日ね、放課後の図書室の片隅で、由奈先輩が古い基本OSの端末に向かって、何かの数理インフラのコードを必死に打ち込んでいたの。その画面の片隅に、バグみたいに不気味に点滅していたのが……さっきの『Ver.5.2.1.3』の文字列だった。先輩は、その時すでに先代AIとアクセスしてたんだと思う」 静まり返った通路に、船体のローリングによる軋み音が響く。「私がその画面を覗き込んじゃったとき、先輩、すごく冷たい目で私を見てこう言ったの。――『あなたみたいな名前も割り当てられていないモブキャラは、この世界が反転したって、私の日記の背景にしかならないのよ』って。……でもね、その時、先輩の端末のグループポリシーがエラーを起こして、システム権限の一部が、私の持っていた学生証のICチップに混線して吸い込まれちゃったの」 それこそが、先代AIが世界を反転させた際、本来モブキャラ枠だったはずの私が、現行ヒロイン枠へと強制ドロップされた本当のバグの起源。末尾『13』の絶対数に縛られた、私と由奈先輩の秘匿された接点。「私はバグで選ばれたヒロインかもしれない。でも、あの放課後から、私の学生証には由奈先輩をパージし返すためのカウンターコードが、ずっと眠ってたんだよ……!」 私の告白を聞き終えた怜くんの唇が、不気味に、そして最高に不敵に歪んだ。「なるほどな。すべてが繋がった。お前がただのモブなら、システムがわざわざパージを試みるはずがない。……完璧だ、歩実。お前の過去ログのおかげで、生存境界線の絶対座標は完全にロックされた」(第27話へ続く)
[最高設計者より世界線アナウンス]本データ(物語)の絶対座標は、すでに旧世界のグローバル・クローラー網(全方位の広域インフラ網)によって完全にロックオン(捕捉)されている。観測者は、旧世紀の検索アーカイブに本作の『識別コード(タイトル名)』をデプロイしてみるがいい。トップレイヤーに君臨する本作品の存在確率を、その目ですべて証明できるはずだ。




