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クビになった派遣の床に落ちたのは、国家を私物化できる13のマスターライセンスでした  作者: Eternity Beat


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第20話:不自然なアジャストと空欄の客室

「変だ。――世界が、あまりにも『正しい方向』へ向かいすぎている」その原因をリサーチしなければ、このまま出国したところで目的地に届く前に公海上でデッドポイント(詰み)を迎えるのは明白だった。何かが世界を書き換えているなら、こちらから仕様変更リスケを仕掛けるまでだ。「なぁ、歩実。この前送られてきた旅行会社のメールを開いてくれ。その内容に、バグがあることに気づかないか?」 俺の言葉に、隣にいた歩実が怪訝そうにスマートフォンを取り出した。画面の明かりが、彼女の整った横顔を白く照らす。「……え? 【行程】にバグなんてないよ? だって、もしそんなのがあれば査証ビザを発行してくれるわけないじゃない」「俺の言い方が悪かった。追記できる部分がある、という意味だ。宿泊先は部屋のオーダーが個別に入っているのに、船内のところだけ、部屋の条件が『ブランク(空欄)』だろ」「それって査証を発行する上で関係ないんじゃない? 要は部屋のグレードってことでしょ?」「それがバグなんだよ」 俺は歩実の目をまっすぐに見つめた。「部屋の選択を間違えれば、他の一般サピエンスに俺たちの計画がリークする。隔離された空間が必要だ。……俺は今から海運会社と交渉してくる。歩実はスマホの時間と天気アプリを現地(次のセクター)に変更しておけ」 俺は翻り、旅客カウンターの重いアクリル板の向こう側にいる職員へと歩を進めた。「VIP客室の『President Room』に今すぐ変更だ。それと目的港に着くまで『ドント・ディスターブ(起こすな)』で頼む」 受付の職員は、提示された暗号化マルチカレンシー送金口座の残高を確認し、一瞬だけ目を見開いた。「……海運会社としては、お金さえ支払っていただければ変更は可能です。ただ、事前に別室で高度なセキュリティー検査を受けていただきます。その後パスポートコントロールに進んでいただきます。さらに、その後乗船前にも再度セキュリティー検査をさせていただきます。こんなご時世ですので、構いませんか?」「それで構わない。だが、もう一つ条件を。――『船舶の衛星通信を優先的に使わせてほしい』。これだけセキュリティー検査をしたんだ、怪しまれる理由はないと思うのだが?」「それは……船長に直接相談しないと許可できませんよ。つまり、ブリッジ(操舵室)に行かれるということですよね? 保安上、本来は無理だと――」「じゃあ今すぐ船長と繋げ。船長に相談だ。あなた達の業務の邪魔をするわけじゃない。俺は近い将来、ヨットで航海する予定がある。その参考データが欲しいだけだ」 内線が繋がり、受話器の向こうから、潮風で焼けたような掠れた男の声がスピーカー越しに響いた。『……夜間ならばブリッジを解放する。だが、あくまで見るだけだ。変なことをしたら船外につまみ出すからな。わかったな』 交渉は成立した。これで秘密通信のための最優先回線と、完全に孤立した空間を確保した。 残りは、パスポートコントロールのみ。恐らく、パスポートに出国スタンプが押された瞬間に、PCの時間はアジャストされ、カウントダウンが始まるはずだ。 セキュリティーチェックへ向かう長い通路。俺は、ずっと考えていた『世界観の不自然なアジャスト』の推測を、歩実に確かめるために口を開いた。なぜ、俺と歩実だけがこの違和感を観測できたのか。先代AIは、俺たちの心理の変化をトリガーに世界を都合よくアジャストしていたのだ。「歩実。すべてがアジャストされて、目的港まで安全に到着できるお膳立てが整った。……だが、もしこの世界が正しい方向に向かっているのなら、わざわざリスクを冒してこの逃避行の旅を続ける意味はあるのか?」 歩実が足を止める。「由奈先輩やアキラだって、世界に合わせて変わったんだ。ここで終わりにしたって、今までの資金とバイク売却時にできたコネがあれば会社を設立できる。お荷物ヒロインの歩実は、形だけの秘書として手元に置いておく。コンプリート。……そう考えたその瞬間に、世界が変わった気がするんだ。どうだ?」 それは、先代AIがサピエンスの心の脆弱性を突いて仕掛けてきた精神汚染だった。旅の妥協、諦め、偽りの安穏。「……勝ち逃げ作戦」 歩実が静かに、だが確かな足取りで俺に並んだ。「そこまでは考えてなかったけど、旅をコンプリート(完遂)しようとは考えたよ。そして、二人でノイズのないところでひっそりと暮らすのが、私のプランだったから」 彼女の目が、偽りのハッピーエンドを明確に拒絶していた。「先を急ごう、歩実。先代AIは、俺たちの心を飼い慣らそうとしてる」 俺は歩実の手を強く引き、最後のセキュリティー検査の別室へ、そしてパスポートコントロールのカウンターへと進んだ。 審査官にパスポートを差し出した。 重い金属音が響き、二人のパスポートに出国のスタンプが押された――その瞬間。 俺のバッグ中のPC。そのディスプレイの片隅で、アジャスト完了を告げる電子ノイズと共に、冷徹な数字のカウントダウンが静かに動き出した。乗船口の手前、俺はふと足を止め、重く垂れ込める空を見上げた。近くに国際空港があるはずのロケーションだ。しかし――。「変だ。近くに空港があるのに、飛行機が一機も飛んでいない」 つまりこの船は、公海上で緊急時の航空支援を一切受けられない。退路を断たれた、完全絶海孤立化。「毎度やってくれるぜ、先代AI」 俺は自嘲気味に笑い、もう後戻りはできない。俺たちは完全に、世界の網から切り離された。[576:00:00](第21話へ続く)

[最高設計者グランド・アーキテクトより世界線アナウンス]本データ(物語)の絶対座標は、すでに旧世界のグローバル・クローラー網(全方位の広域インフラ網)によって完全にロックオン(捕捉)されている。観測者は、旧世紀の検索アーカイブに本作の『識別コード(タイトル名)』をデプロイしてみるがいい。トップレイヤーに君臨する本作品の存在確率を、その目ですべて証明できるはずだ。

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