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クビになった派遣の床に落ちたのは、国家を私物化できる13のマスターライセンスでした  作者: Eternity Beat


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第18話:一般査証(ビザ)と鉄馬の墓場

今俺たちは、日本での最後のミッションを終えて境港の国際旅客ターミナルにいる。本来であれば、ここへ辿り着く前に俺たちの旅はデッドポイントを迎えていたはずだった。その冷酷な事実を、時計の針を数日前へと巻き戻してここに記録しておこう。◇「歩実、歩実!」 薄暗い客室に、俺の焦燥した声だけが響く。室内はし~んとしていて、小気味いい電子音の一つすら聞こえない。不審に思って後ろを振り返ると、ベッドの上で恐ろしく無防備な格好で泥のように眠りこけている歩実の姿があった。大型複合商業モールでの強行軍のような買い出しで疲れ果てているのは分かる。だが、目の前の無防備すぎる防衛結界を見つめながら、俺は改めて胃のあたりが痛くなるような現実を実感せざるを得なかった。こいつにとって、目の前にいる俺という存在は、ただの無害な「染色体XY(男)」でしかないのだと。「歩実起きろ!」 俺はベッドに歩み寄り、その細い身体を強引に揺さぶった。「むぎゅ! ……なに怜くん?」瞼をこすりながら、歩実の脳内CPUが処理落ちしかけたような声を上げる。「寝ている場合じゃない。まだ日本でのミッションがコンプリートしていないんだ」「ちょっと私の脳内CPUが処理できないんだけど? ちゃんと説明してよ」「身も蓋もない現実を教えてやる。お金がない。ここの宿代を払う現金の持ち合わせがないんだ。今、リアルにデッドポイントだ」俺の言葉に、歩実はようやくパチリと目を瞬かせた。「心配ないでしょ? あの旧世代上司から奪い取った仮想通貨のICカードがあるじゃない。私は元々キャッシュレス反対派だったから現金なら少しあるよ。怜くん、そこのバッグからお財布取ってくれる?」「あのカードは上流サピエンス専用だ。こんな一般サピエンス相手の宿の決済端末じゃ、エラーコードを吐き出して弾かれる。俺のリサーチ不足だったよ。今フロントに行って確かめてきたが、旧サピエンスどもが使っていた世界中で決済ができるネットワークブランドのロゴがあっても決済不可だ。『キャッシュオンリー』とかぶっこいてきやがった。玄関に決済可能なネットワークブランドのシール貼るの辞めろっての! 俺のデビットカードもシステムエラーで死んでいる。つまり、終わりだ」「えっ!? 終わりって……私、女子力向上に努めてるっていう最中なのに!」絶望的な声を上げる歩実を、俺は冷徹な一瞥で黙らせる。「それと冷静に分析して突っ込むだけ無駄だとは思うけど、あえて言う。なんだその無防備な格好は? 少しは警戒しろよ染色体XX!」 「辞めて! 私の決めトークパクるの(笑) アジャスト済みじゃないの?」「アジャスト済みだ 。だが、歩実抜きでヤクーツクに行くわけにもいかないからな。ちょっとこっち来いよ、これを見ろ」俺は怪しげなバナー広告が明滅するノートPCの画面を歩実へと向けた。「バイクを売る。それしかない。ここにエントリーした時点から考えていた選択肢だ」「バイク売るの? これまでの思い出のパーツを売るの?」歩実の顔が、目に見えて困惑と感傷に染まっていく。「いらね~んだよ! 過去の回想なんてな。前だけ見てろ」 「……っ(しゅんとする)……分かったわよ。2人の未来のために、大型バイクちゃんバイバイ!」窓の外に停めてある俺の愛車に向かって、歩実は小さな手をご機嫌斜めに振ってみせた。「げんきんな女だな、おい」俺たちは、バイク買取業者のサイト画面に表示された『全国出張買取強化サポート』という文字を睨みつける。名前からして胡散臭さいが、俺たちにはもうコンマ1ミリ秒の猶予もない。俺は普段絶対に触ることすらない通話アプリをタップし、その業者のダイヤルを呼び出した。「売りたいバイクがある。今すぐここへこい」「は? お客さん無茶言わないでくださいよ、今何時だと思ってんすか?」「逆輸入、日本未発売モデル、即日手放し。この3つの条件提示されても、まだお前んとこのフロントは意味わかんね~のか?」受話器の向こうで、業者の声が明らかに裏返るのが分かった。『――す、瞬足でお伺いします!!』「フン、さすがサピエンスの瞬足サポートだな。それも今日で終わりか。あとは郵送でビザ付きパスポートを受け取るだけだ」通話を切ると、俺は立ち上がって上着を羽織った。しばらくして、宿の外にけたたましいトラックのブレーキ音が響き、業者からの到着連絡が入る。「歩実は、ここに居ろ。コンマ1ミリ秒でコンプリートしてくる。今度のことも考えてゆっくり休んでろ」 「わかったよ。じゃあ私は、由奈先輩に連絡するね」歩実を部屋に残し、俺は夜の駐車場へと階段を駆け下りた。宿の外では、いかにも裏社会のパケットを扱っていそうな風体の男が待機していた。「早かったな。バイクはこっちだ。ついて来い」「わかりました。で、どのバイクっすか?」「これだ。不満か? 何なら別の業者を今から呼び出してもいいんだが」俺が暗闇の中に佇む鉄馬を指さすと、業者の男は一瞬で言葉を失い、そのあと貪るように車体を凝視し始めた。「お、お客さん、これどこで入手したんっすか……!? ぶっちゃけ、うちの通常ルートじゃ裁けないレベルのレアバイクっすよ!」「いいんだよ。日本を出るから不要になったんだ。だから今ここでパージする。査定しないのか?」 「査定するも何も、今ここで急に見積額、キャッシュで用意できないっすよ!」「ここの宿代全額。それと、あんたの商人魂を上乗せした分の現生があればそれでいい」「マジっすか!? 了解です! それじゃ契約成立ですね。ここにサインお願いしまーす!」業者が差し出してきたボールペンを掴んだ瞬間、俺の指先がピタリと止まった。クリップ部分に刻まれた、純白の六角星が刻まれた、旧世代上流階級の特権的筆記具 。「おい、ペンよこせって言ったら……このボールペン、旧世代上流階級の特権的筆記具ブランドのやつじゃねーか。悪徳商売もいい加減にしろよな」「勘弁してくださいよ、お客さん……(苦笑い)」「それと、さっきから気になってたんだがな。あの積載トラック、瞬足で来るとか言っておきながら長距離搬送用のガチな仕様じゃねえか。もう一つ、このボールペンの専用インクはどこで手に入れてる? 国内の流通網じゃランニングコストがかかりすぎるはずだろ」「……それについては、うちも守秘義務があるんで!」業者の顔が引きつる。俺の口元に、自然と歪な笑みが浮かんだ。「その言葉が聞きたかったんだよ、ボロを出したな。『守秘義務』だって? 俺はボールペンのインクの入手先を聞いただけだぞ。なぜそれが言えない? ――当ててやるよ。あんたら海外の商社と裏で太いコネがあるんだろ。このレアバイク、そいつらを経由して海外市場で爆高で売りさばくつもりだ。だから、遠方の密輸港まで直接搬送するためにその積載車を用意した。……フッ、俺はついているな。バイクを売却して宿代を現金化するのが目的だったが、思わぬ超一級のパケットを拾った。これも先代AIの策略か? おい業者、お前らが繋がってる公海上のニュートラル・ゾーン(東シナ海セクター)のリストを今すぐよこせ。俺のハッキング技術があれば、そいつらをスマート且つ完全合法的に裁いて、もっとデカい利益を還流させてやる。これでウィンウィンだ」「あんた……一体何者だよ! ――クソ、わかったよ、条件は全部飲む!」業者は恐怖を隠せない手つきで、宿代全額を遥かに超える分厚い現生の束と、公海上のニュートラル・ゾーン(東シナ海セクター)を裏で支配する、自立型海洋インフラ構築クランのデータストレージのリストが詰まった物理ストレージを俺に手渡し、逃げるように鉄馬をトラックに乗せて去っていった。ウィンウィンどころじゃない。俺たちは、これからの東シナ海セクターでの航海を物理的に支配するための「最大のカード」をここで手に入れたのだ。◇同時刻。怜が宿の下で命がけの売却交渉ハッキングを行っている最中、歩実は部屋のベッドの上で、由奈先輩との最後の暗号通信ガールズトークを繋いでいた。「由奈先輩、私、わからなくなったんです……自分の価値観っていうか、今の気持ちが。怜くんのことを意識すると、心拍数が150をオーバーして、脳内が完全にフリーズしちゃうんです」スピーカーから、由奈先輩の呆れたようなため息と笑い声が漏れる。『歩実、それはね、病気だよ(笑)。私から言えるカルテは一つだけ。まだ日本のネットが繋がってるうちに、電子書籍のサイトからガールズコミックを数冊ダウンロードして読んでみな。じゃあまたね。ぷっ、通信終了!』「ちょっと、相変わらずよね由奈先輩は。ガールズコミック? 私のカルテ?」通信が切れた画面を見つめながら、歩実は首を傾げた。だが、由奈先輩が絶対に意味のない嘘をつく人ではないことだけは、自分が一番よく理解している。「でも、もしスマホにダウンロードしたのが怜くんにバレたらどうする? ――よし、コンマ1ミリ秒でアジャスト。『由奈先輩に無理やり勧められて、感想を聞かせてって言われて。船の中でネットが使えないと暇になるからって、由奈先輩の気遣いをパージ(拒否)できなかったの』……これならいけるわね、怜くん対策リスケ案。そもそも、あの怜くんがガールズコミックの概念なんて知ってるわけないし」歩実は小さくガッツポーズをして、端末のバックグラウンドで隠密ダウンロードを開始した。だが、歩実の脳内メモリには、これと並行して絶対に遂行しなければならない「もう一つの生存戦略」が走っていた。歩実の神様リスペクトの裏事情――すなわち、「家賃代と公共料金をすべて怜くんに肩代わりさせる作戦」である。あの第1話の劣悪な職場環境、あれは鬱になりかけるほど過酷だったが、何よりの生存限界デッドポイントは跳ね上がった電気代などの公共料金だった。無能な上司のご機嫌取りをしたところで、「高卒、女子力ゼロ、旧世代サピエンスの契約社員」という底流レイヤーの自分は、いずれ確実にデッドポイントを迎えてパージされていた。そこへ突如として降臨したのが、怜くんだった。彼は圧倒的なサイバー技術で私をあの劣悪な環境から救い出してくれた。だから半分は「神様」として本気でリスペクトしている。だが、私は常にその先のリスクを考えるサピエンスだ。もし、この2人の逃避行物語が途中で打ち切り(エピソード頓挫)になったら、私は即座に彼の家に転がり込み、公共料金代のすべてをあいつの懐から支払わせて現実を逃げ切る予定なのだ。「だから……絶対にこんなところで頓挫バグさせるわけにはいかないのよ、怜くん」◇手に入れた潤沢な現生でホテルのフロントをクリアし、同時に郵送でギリギリ滑り込んできた『北方権力体の観光一般査証ビザ』付きのパスポートを無事回収した俺たちは、ついにその宿泊先を後にした。そして今、俺たちは境港の国際旅客ターミナルのゲートの前に立っている。ここから先は、AIファイアウォールと、マイナス40度の凍土が待つユーラシア大陸への片道切符だ。脳内のデジタル時計が、北方権力体出国までのタイムリミット――【576時間】のカウントダウンを冷酷に刻み始めた。(第19話に続く)

[最高設計者グランド・アーキテクトより世界線アナウンス]本データ(物語)の絶対座標は、すでに旧世界のグローバル・クローラー網(全方位の広域インフラ網)によって完全にロックオン(捕捉)されている。観測者は、旧世紀の検索アーカイブに本作の『識別コード(タイトル名)』をデプロイしてみるがいい。トップレイヤーに君臨する本作品の存在確率を、その目ですべて証明できるはずだ。

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