第12話『共鳴の檻(ケージ)』【中半】
──【那須:北緯36°55'47.00",東経140°00'53.00"】地下回廊「ア、キ、ラ……?」俺がその名前を呼んだ瞬間、鼓膜の奥で「ザーッ」という激しい砂嵐のような電子ノイズが爆発した。自分の声が、デジタル変調されたように不自然に歪んで脳に届く。アキラの瞳は、すでに俺を見ていなかった。焦点の合わないその瞳の奥で、無数の幾何学的な光の格子が、まるでバグったモニターのように超高速で点滅している。「あ……あ、あ……」アキラの口から漏れたのは、言葉ではなかった。声帯を無理やり電気信号で振動させているような、不快な高周波の「クリック音」。突如、脳天を直撃するような強烈な頭痛が、俺の意識を暗転させかけた。──視界が、真っ赤に染まる。血のせいじゃない。脳の記憶領域に、見たこともない『光景』が、数ギガバイトのデータとして一瞬で直接書き込まれていく。(青い空が、ガラスのようにパキパキとひび割れていく。 超高層ビル群が、分子レベルで分解されて灰の雪のように崩れていく。 数億の人間が、一瞬にして光の塵へと還っていく──)「が、はっ……! あ、あぁぁぁッ!!」それは、俺たちの記憶じゃない。数万年前、この那須のオリジナル・レガシーが起動し、1回目の文明(旧箱庭)を完全に消去した瞬間の──『リセットのログ』だ。言語野が、127.5kHzの周波数にハッキングされていく。隣にいるタクミが何かを絶叫しているが、その声はただの「ザーッ、ジジジ」という不快なエラー音にしか聞こえない。世界から、意味のある『言語』が急速に剥ぎ取られていく。この空間では、言葉による意思疎通は不可能だ。俺たちは、互いの防護服の手を泥まみれになりながら強く握りしめることでしか、自分たちが『現代の人間』であることを証明できなかった。だが、アキラはその手を、自ら振り払った。「アキラ、拒絶しろ! それは偽のデータだ……ッ!」ノイズ塗れの声を絞り出す俺の前で、アキラの背筋が、まるで操り人形のように不自然な角度でピンと伸びる。内臓共振による激しい吐血は、いつの間にかピタリと止まっていた。苦痛の表情は消え去り、その顔は、ただの『冷徹なプラスチックの仮面』のようだった。プシュー、と無機質な排気音が響く。アキラは自らの意思で、防護服の生命維持システムを、物理的にパージ(強制解除)した。ヘルメットのバイザーが跳ね上がり、那須の地下の、127.5kHzの汚染された空気が彼の肌に触れる。「(人間には不可能な超低音のパルスで)……エラー検出。第2層の不純物を確認。排除プロトコルを起動します」アキラの言語野は、完全に書き換えられた。彼は、2回目の箱庭(現代)の戦友ではなく、1回目の文明を終わらせたシステム側の防衛プログラム──『エネミー』として、その覚醒の産声をあげた。(後半につづく)
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