第12話『共鳴の檻(ケージ)』【後半】
──【那須:北緯36°55'47.00",東経140°00'53.00"】地下回廊「アキラッ……!」俺の悲鳴のような叫びは、127.5kHzの超低周波ノイズに掻き消され、歪んだ電子音となって空間に霧散した。防護ヘルメットをパージしたアキラの顔面は、すでに血の気が完全に引き、陶器のように白く静止している。だが、その瞳だけは、物理的な光彩を失ったまま深紅の幾何学コードを不気味に明滅させていた。「(人間には不可能な超低音のパルスで)……排除プロトコル、第二段階。対象の生命活動停止を実行します」アキラの膝が、不自然な角度で微動だにせず「沈んだ」と思った瞬間だった。ドンッ、と鼓膜を破らんばかりの衝撃音が地下回廊に爆発する。内臓共振で立つのすら不可能なはずのこの空間で、アキラの肉体は重力を無視した速度で突進してきた。痛覚を遮断され、システムから局所的なエネルギー供給を受けた肉体。それは筋肉が破断する限界すら超えた、ただの『生体兵器』だった。「が、はっ……!?」気づいた時には、俺の身体は結晶の壁へと叩きつけられていた。背骨が軋み、肺の空気が強制的に押し出される。俺の喉元を締め上げているのは、かつて何度も拳を合わせ、共に美味い飯を食ったアキラの右腕だ。その握力は人間の域を超えており、強固な防護服のネックガードがメキメキと悲鳴を上げて歪んでいく。「ツ、ク……ミ……撃、て……ッ!」視界が自身の眼球出血で赤く染まる中、俺は通信兵のタクミに向けて手を伸ばした。だが、タクミもまた、床に四つん這いになったまま血の泡を吐き、激しい目眩の中で銃を構えることすらできずにいた。アキラが口から発する超低音のパルスそのものが、周囲の隊員の精神防壁を直接削り取る音響兵器として機能しているのだ。近づくだけで、脳が焼き切れる。「ア……キ……ラ……戻って、こい……っ!」喉を潰されながらも、俺は必死に声を絞り出す。アキラの無表情な顔が、ゼロ距離まで近づく。その瞳の奥のコードが高速で回転し、俺の脳内に再び「1回目の文明が滅びる瞬間」の地獄絵図が逆流してくる。ゲシュタルト崩壊が始まる。自分が現代の人間なのか、それとも数万年前に死んだクローンのオリジナルなのか、境界がドロドロに溶けていく。アキラの左手が、俺のヘルメットのバイザーのロックへとかけられた。彼と同じように、この127.5kHzの汚染された空気を吸わせ、システムへ強制統合(精神崩壊)させようとしているのだ。(終わる。ここで全滅する──)薄れゆく意識のなかで、俺の右手の指先が、奇跡的に腰のタクティカルポーチのジッパーに触れた。中に眠っているのは、渋谷の雑踏の音、雨の音、そしてアキラが最も大切にしていた人間の声──『現代のノイズデータ』を詰め込んだ、有線式のアンカーパッチだ。「お前との上カルビの約束は……っ、まだ、果たしてねえんだよ……!」俺は最後の力を振り絞り、ポーチから引き抜いた太い有線ケーブルの端子を、アキラの首の後ろ、防護服の隙間から露出した拡張ポートに向けて、血まみれの手で強引に突き立てた。(第12話・終了 / 第13話につづく)
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