第44話 悪役聖女と幸せな後日談
あの、大聖堂での断罪劇から、数ヶ月が過ぎた。
偽りの聖女と侍医頭は、国を揺るがした大罪人として、幽閉された。「アルカナの天秤」の構成員たちも、太陽の騎士団と、クロードやライナーの協力によって、次々と捕縛されている。
王都には、偽りの奇跡の時とは比べ物にならない、穏やかで、そして、本当の平和が訪れていた。
私もまた、「魔力マルサ」としての厳しい職務から解放され、クレスメント公爵家の庭園で、紅茶を片手に、退屈なくらいに穏やかな午後を過ごしていた。
「……リディア様、こちらの焼き菓子は、我が家の菓子職人に、あなたの好きな木苺をふんだんに使って作らせたものです」
「聖女様、こっちの果物も食ってくれ。俺の領地で今朝採れたばかりで、新鮮だぜ」
私の静かなティータイムを、優雅に、そして、騒がしく彩るのは、今やこの屋敷の常連となった、クロードとライナーだった。彼らは、公務の合間を縫っては、こうして何かと理由をつけて、私の元を訪れる。
「リディア様の隣は、国の未来を語り合う、参謀である私がふさわしい」
「いや、こういう時は、不埒な虫を追い払える、力自慢の俺が隣にいるべきだろ」
私の隣の席を巡って、また、子供のような言い争いが始まる。その光景に、私は、思わず、くすりと笑みを漏らした。
悪役聖女として、孤独に戦っていた日々が、遠い昔のことのように思える。
「何を、騒いでいるんだ」
そこへ、呆れたような、しかし、どこか柔らかな声が響いた。
アルフォンス殿下。彼もまた、公務を終えて、私の屋敷を訪れたのだ。その姿には、もはや、かつての傲慢な王子の面影はなく、次期国王としての落ち着きと、威厳が備わっている。
クロードとライナーは、殿下の姿を認めると、ぴたりと言い争いをやめ、少しだけ、対抗心を燃やすように彼を睨みつけた。
殿下は、そんな二人を意にも介さず、私に告げた。
「リディア。父上が、お前との結婚式の日取りについて、そろそろ話をしたいそうだ」
「なっ……!」「け、結婚式だと!?」
クロードとライナーが、同時に絶句する。その反応を楽しむように、殿下は、私の隣の席……二人が争っていた席に、当然のように腰を下ろした。
「少し、歩かないか」
殿下に誘われ、私達は、二人きりで、薔薇の咲き誇る庭園を散策していた。
しばらく、無言の時間が流れる。その沈黙が、気まずくないものになっていることに、私は、少しだけ驚いていた。
「……リディア」
不意に、彼が立ち止まり、私の名を呼んだ。
「お前がいなければ、俺は、今も、父上の病の真相も、この国を覆っていた本当の闇も、何も知らぬまま、愚かな王子であり続けていただろう。……本当に、感謝している」
その言葉は、彼の心からのものだと、すぐに分かった。彼は、少し照れくさそうに視線を逸らすと、続けた。
「……それで、だ。大聖堂での、あのプロポーズの返事だが。まだ、正式には、聞けていない」
私は、思わず、意地悪な笑みを浮かべた。悪役聖女の本領発揮、というわけだ。
「あら。わたくしのような、冷酷非道と噂された悪役聖女で、本当に、よろしいのですか?」
私の挑発に、殿下は、一瞬、面食らったような顔をした。だが、すぐに、彼は、これまで見たこともないほど、優しい笑みを浮かべると、私の手を、そっと取った。
「お前が悪役だというのなら、俺は、その隣に立つ、世界で一番の悪党にでもなってやるさ」
その、あまりにもキザで、そして、あまりにも真摯な言葉に、私は、ついに、降参するしかなかった。
私は、彼の目を見つめ返し、今度こそ、素直に、そして、心の底からの、幸せに満ちた笑顔で、頷いた。
「……ええ。喜んで、お受けいたしますわ、未来の国王陛下」
私達が、手を取り合って微笑む姿を、少し離れた場所から、クロードとライナーが、どこか悔しそうに、しかし、最後には、祝福するように、見守っていた。
平和な日常。確かな愛。そして、かけがえのない仲間たち。私は、空を見上げる。青く、どこまでも澄み渡った空。
(でも、本当に、全てが終わったのかしら……?)
ふと、そんな思いが、胸をよぎる。あの「アルカナの天秤」が、集めたエネルギーで、一体、何をしようとしていたのか。その本当の目的は、まだ、謎に包まれたままだ。
まあ、いいわ。もし、この先に、まだ戦いが待っているのだとしても。今の私には、共に立ち向かってくれる、最高の仲間たちがいるのだから。
悪役聖女の物語は、ハッピーエンドを迎えた。そして、ここから、新しい物語が、また、始まっていくのかもしれない。
おわり




