押し寄せる後悔
「……んっ…………」
人の気配に目を覚ます。父の匂いに懐かしさを感じていたら、いつのまにか眠っていたらしい。
なんとなく、ドアの向こうに気配を感じる。
どうしよう……
確かめようにも、ろくに動かない足だ。これ以上無理をすれば、治るのに時間がかかり、更に迷惑をかけるかもしれない。
一瞬、ミオラの顔が浮かぶ。
……うん、やはり動かない方が賢明ですわね。
気配も気になるが、もう一つ困ったことに気づいてしまった。
………………お手洗いに行きたいですわ。
なるべく水を飲まないようにしていたが、考えるほど強く差し迫るものがある。
寮では、エドルドの部屋に室内用のトイレがあった為、なんとか片足でこっそり行けたが、塔ではそうもいかない。
階段をのぼったところにある為、片足だけでは厳しい。
ううぅっ……本来の自室であれば、近いところにありましたのに……
少しエドルドを恨んでしまう。いや、あれはそもそも自分が悪いのだ。中途半端な対応をしてしまい、甘い管理をしてしまったのだから……
こんなことなら、ホア爺様に寝室に連れてきてもらった時、恥をしのんでお願いすれば良かった……
後悔が押し寄せる。
ドアの向こう側に間違いなく誰かいる!! が、アリシアはそれどころではなくなっていた。
絶対に、今は夜中のはずですわ……ううぅっ、ここは、致し方ありませんっ……
鏡を取り出し、なんとか落ち着いて魔力を混ぜる。
ホア爺様……どうか、お気づきになって……どうか、来ていただけませんでしょうか……
鏡にアリシアの魔力が光の言葉を紡ぎ、入っていく。
そのタイミングとほぼ同時に、上からすごい速さで強い魔力の気配を感じる。
ドドドドドドドドドッッ!!!!!!
「!?」
「失礼っ!! アリシアお嬢様っ!!!! ご無事ですかっ!!??」
強い魔力を身にまとい、怖い顔のホア爺が入ってくる。
「あ…………」
鏡には、急を要するイメージを送ったつもりはなかっただけに、俊足でかけつけてきたホア爺に動揺してしまう。
「……っご無事、ですね? 何やら差し迫るような
魔力の乱れを感知しました故……このように急に入ってきてしまい、申し訳ありません」
まさか、身体の緊張感まで伝わってしまうとは……内容が内容だけに、非常に頼みにくい空気だ。
「あの……誰かの気配がした気がしまして。それで目を覚ましたんですが……そのせいで……実は……」
「なんですとっ!? やはり身の危険を感じたのですねっ! すぐに各部屋を見て回ってきます故、こちらでお待ちくださいっ!!」
「あっ……」
違うんです、違うんですー!!!!!!
叫びたい気持ちを声に出す前に、ホア爺は飛び出て行ってしまった。
「……その、アリシア嬢…………」
「!?」
少し開いたままの扉の隙間から、エドルドが申し訳なさそうに声をかけてくる。
「すまない……おそらく、その気配は僕だ……」
「エドルド様の?」
「なかなか眠りにつけず……どうせなら塔内に何も問題はないか見て回ろうかと……まさか、消した気配に気づかれるとは……驚かしてしまって、すまない。ホア爺が来て咄嗟に隠れてしまったのだが、すぐに追いかけ説明してこよう」
そう言って、そのまま去ろうとするエドルドに、もう躊躇する余裕は残っていなかった。
粗相をするよりは何百倍もマシだ。
「待ってくださいっ」
「アリシア嬢? ……入るぞ?」
アリシアに悲痛な声で引き止められ、少しだけ扉を開ける。
「っ!?」
そこには、顔を真っ赤にさせ、目を潤ませながら手を胸の前で握り締めるアリシアが、こちらをすがるような目で見つめていた。
「エドルド様、これからお願いすることは……どうか明日にはお忘れになってくださいますか?」
「なっ!?」
「どうか……どうか他言無用で……おっ、お願いが…………」
「〜〜〜〜っ!?」
「昨夜はくまなく塔をお調べしたのですが、侵入された痕跡はございませんでした」
ホア爺はそう言いながら、朝食用に熱めのコーヒーを入れてくれる。
「………………」
「………………」
「何事もなく何よりですが、今後も気になることがあれば、昨夜同様にお呼びください。すぐに駆けつけますゆえ」
「…………ありがとうございます」
「今朝はお二人とも無口なようですが……やはり昨日の疲れがまだ残って……」
「大丈夫だ。魔力はもう回復している」
「そうです、大丈夫です。あの……今日は私の部屋をなんとか使えるようにして頂けると……」
「あぁっ、もちろんだ。すぐに片付ける」
「えぇ、そうですね。やはりお父様の寝室では疲れも取れませんね。最優先でとりかかりましょう」
「……ありがとうございます」




