4.偶数が奇数になる
保乃と彼女の母を目撃したあとに帰宅すると母が洗濯物を干していた。
部屋干しで弟のパンツを干す母の側に寄って横顔を見るとシミやそばかすがあり、白髪混じりの髪が雑に結われている。
「あら、なに、人の顔をまじまじと見ないでよ。」
「お母さんもたまにはメイクして美容院とか行ったら?」
私の言葉に母は眉間に皺を寄せて、何よ急に…と機嫌悪く返す。
「家事して、昼間はパートして、そんな暇ないわよ。そんなこと言うなら私の代わりに家事でもしたら?大体、あんたも亮太郎も手伝いしなさすぎるのよ。斜向かいの岸谷さんなんて保乃ちゃん、料理から洗濯までなんでも親子一緒にやるみたいよ。あんたも保乃ちゃんみたいにママ大好きでなんでも手伝ってくれたらお母さんも嬉しいのにあんたときたら友達とばっか遊び歩いて、まだ亮太郎の方が部活があるから分かるけどあんたは部活もないのに…」
ぺちゃくちゃと文句が止まらなくなった母に私はヤバいと感じて部屋に逃げようとする。そのタイミングでちょうど亮太郎が帰ってきた。
「あ!亮太郎だ!おかえり‼︎」
話を逸らすために普段はしない挨拶をすると亮太郎の顔が真っ赤になっていることに気付いた。
???
顔を見て、なんだと思っていると亮太郎は恥ずかしそうに二階へと駆け上がっていった。
「なんだ、あいつ。エロ本でも読んできたのかな笑」
私の言葉に母はほとんど耳を傾けず、黙々と洗濯物を干していた。どうやら話を遮ったことに怒っているみたいだ。
そのあとは逃げるように私も二階に上がって部屋に籠った。亮太郎とは夕飯になるまで顔を合わせず、夕飯時に顔を合わせると元に戻っていた。
一体、あれはなんだったんだろう…まさか彼女でも出来た?いやぁ〜そんなはずないか。
出来たとしてもあいつ、言わないし、と言うか出来るわけないか!あいつクールぶったマセガキだから彼女とかまだ早いわ!
呑気にそんなことを考えて夕飯は母に皿を洗えと言われたので全員分の皿を洗った。
皿洗いを終えて部屋に戻ると京介からのラインを確認する。
明日、帰ろう〜!
部活は?
なくなった!
短くやり取りしながら一緒に帰れることに歓喜する。
京介とは夏休み前に付き合い始めて2ヶ月以上が経った。キッカケは美菜が隣のクラスの子と喋っていて一緒にいると京介が混ざって全員でライン交換することになった。そこから個別でラインが来るようになり、彼と毎日ラインするようになった。
京介と毎日ラインしているのは私だけだと知ったタイミングで彼に呼び出されて告白された。
人生で初めて告白されたあの瞬間が忘れられない。
京介の見た目タイプだったし、告白自体が初めてで浮かれたし、天に昇る勢いで舞い上がった。
当たりを引いた。京介は間違いなく当たりだった。
私のプロセスの上で間違いなく当たりを引いた。
あの時のことを思い出すと今でも頰が熱くなり、浮かれる。
嫌な出来事も違和感でさえも霞んでしまうのだ。
「あ〜ぁ、早く明日にならないかなぁ。」
平穏で幸せとはまさにこのことだ。
朝、学校に行くといつメンが保乃の周りを囲んで楽しく喋っていた。
「何を話しているの?」
一抹の不安を抱えながら話しかけると美優が興奮した様子で話し出した。
「ねぇ、見て!これ!すごくない⁉︎保乃もKpopが好きでファンアートを描いて載せてるんだって!」
そう言って見せられたXのサイトには高クオリティな絵と3000人のフォロワーの数字が見えた。
「私と美優、Kpop大好きなんだ!」
「すごい上手ね…何で描いてるの?絵の具?」
これには美術部のすみれも食いつく。
「手書きにこだわってるから油性絵の具を使ってるの。」
「マジでこれ全部、一人で描いてるの⁉︎天才じゃん‼︎」
手放しで称賛する3人に私はざわざわと不安を覚える。私はただでさえこの中で輪に入れてない時があるのに…保乃が入ったらますます浮かないか不安だ。
団体行動で偶数が奇数になることほど恐いものはない。学生時代特有のこの恐ろしさを私は中学の時に経験したことがある。
お昼休憩、いつメンでご飯を食べていると保乃が明るく、入れ〜て!!とお弁当を片手に入ってきた。
美菜たちは当然のように、い〜い〜よ!!と返して笑う。
お弁当を食べている間、私以外の4人は教師の内輪ネタで盛り上がっていた。
「あの山田の眉毛の位置さ、いつまでも変わんないよね!」
盛り上がっている内容は物理の先生の些細な表情だった。それを美優が真似して私達が笑う。その中に保乃が混ざっている。腑に落ちなかった。
一瞬でこのグループに溶け込んだ保乃に私だけが納得していなくて、あとの3人はいとも容易く受け入れている。
私だけがこの大きな変化を受け入れられない。たまに感じる疎外感が大きくなっていく。私だけ、私だけ……
放課後は京介と帰った。
アスファルトで形成された地面を自前のスニーカーで歩きながら記念日について話す。
「来月の12日は付き合って3ヶ月記念日だね!どこか出掛けようよ!」
私の提案に京介も乗り気だ。
「いいね!どこ行く?スポッチャとかボーリングは?」
「いいね!ピクニックとかも!お弁当持ってどこか公園とか…」
「えー!俺はスポーツしたいなぁ…」
「いいけど、お金あるの?私達、バイトしてないのに親だってお小遣いちょっとしかくれないし…」
「…確かに。お前はともかく俺は部活やってんだからもっとくれてもいいのにあのババァ!」
京介の冗談に声を出して笑う。こんな話をしている私達は遥かに恵まれているのかもしれない。
「やっぱ俺もバイトしようかな〜」
「え、でも部活忙しいじゃん。」
「まぁね。でも……」
京介が足を止めて私のことを見る。私も足を止めて見返すと彼が目を閉じてそっと唇を近づけた。私はそれに応えるように瞳を閉じて唇を受け入れる。
柔らかな唇の感触。私達は唇の大きさが等しいからピッタリとハマる。
唇が離れると珍しく照れくさそうな顔をした京介が恥ずかしさを振り払うように、金がねぇ!金ほしいー‼︎と目を逸らして叫んだ。
私はそれに呼応するように彼と歩みを進めた。




