12.正解を教えてあげる
“來未ちゃん“
声がする。その声はどこかで聞いたことある声だ。
柔らかな幼くか弱い声…そしてピアノの音。
この音楽…なんだっけ?どこかで聴いたことある…有名な音楽。嗚呼、そうだ。ベートーヴェンの歓喜の歌だ。
それにしても視界は真っ暗で聞こえるのはピアノの音色と保乃の声のみだ。
歓喜の歌ってピアノだと、どうしてこんなにも淡々として悲しく聞こえるのだろう…それとも弾いてる人が悲しいからだろうか。
“來未ちゃん、思い出して“
何を?……私は一体、何を思い出せばいいの?
ハッとして目が覚める。朝だった。
カーテンの隙間から差す光、小鳥の囀り、薄暗い部屋…目の前に映る天井と消灯された照明。
ベッドから起き上がって洗面台に向かう。顔を洗って鏡を見ると背後に人影が見えて後ろを振り向く。
振り向くといつも通り積まれた洗濯物と洗濯機があって見間違えたことを自覚する。
頭が混乱している。どこからが夢でどこまでが現実なのか…
あの子は…保乃は一体…
「亮太郎は?」
制服に着替えてから下に降りて母に亮太郎の存在の確認をすると短く、「部活の朝練。」と返した。
そんな母の冷たさに不自然さを覚えながら朝食を終えると家を出る。
今日はなんだか学校に行きたくないなぁ…
ふとそんなことを思うと身体が勝手に学校とは反対方向に進んでいた。
今日はサボってしまおう。今までのことを考えると学校に行くのが憂鬱で全て投げ出したい気持ちだった。
学校と真反対の繁華街に向かう。飲食店が立ち並ぶ繁華街は平日も人で賑わっていた。
大人たちが昼間から酒を飲んだり、私と同い年くらいの若者が私服姿ではしゃいでいる。
私はなんとなく繁華街の真ん中にあるゲームセンターに足を運ぶ。ゲームセンターは色んな音が聞こえる。格闘ゲームの戦うキック音、ドライブゲームのエンジン音、プリクラ機のシャッター音、UFOキャッチャーのボタンの音、人の笑い声、歩く音…これら全てが入り混じって総合的な賑わいを出す。
私はなんとなくUFOキャッチャーが集まる区域をフラフラする。昼間から小銭を入れて、でっかいキャラクターぬいぐるみを取ろうと戦う大人の男性を見ながら、この男性はこのぬいぐるみを取ってどうするのだろうと考えた。
家に飾るのだろうか、それとも抱くのだろうか、はたまたゲームを楽しんでいるだけでフリマサイトに売るのだろうか…。いくつものUFOキャッチャーの角を曲がりながら悶々とする。悶々としながら階段を上ると上から見慣れた後ろ姿が見えた。
まさか…と思って後を追いかける。一瞬…一瞬だけ見えたのは同じ制服のスカートの裾だった。
紺色のスカートがひらりと揺れて姿を消した。私は慌ててあとを追いかけるために階段を上る。
階段を上るとやはり…保乃にそっくりの後ろ姿が見えた。
必死にその後ろ姿を追う。次から次へと角を曲がって死角に入る彼女。必死に後を追うが中々、追いつかない。やがて彼女を見失って曖昧な状態で角を曲がると、目の前に保乃が立っていた。
「保乃…どうして…」
私が尋ねると保乃は微笑んだ。
「來未ちゃん、私と一緒にゲームしよ。」
「…そんなお金ない。」
「お金なら私があるよ。」
保乃は飄々としていてどこか楽しげでもあり、悲しげにも見えた。
「お金なんていらない。…そんなことより、保乃、私達って昔、知り合いだった?」
わずかな記憶を頼りに保乃に尋ねる。
保乃は私に興味津々な笑顔で、「思い出した?」と訊いた。
「いや…まだそこまでは…」
困惑する私に保乃は、「正解が欲しい?」と訊く。
「……欲しい。」
思わずそう答えた。この気持ち悪い曖昧な記憶をどうにかしたくて保乃を見る。
保乃はホッとした顔を見せると、私を憎むようにも哀れむようにも見える顔で、「じゃあ、夜、私の家の前で待ってるね。時間は深夜0時にしましょう。」と答えた。
「じゃあ、私、学校に行くから。」
彼女はそう言って私の側から離れて消えていった。




