11.母は子を愛する
放課後、廊下を歩いていると階段を降りてきた京介と目が合った。
京介は私を見ると気まずそうに目を離す。
「京介!」
一部の生徒たちの注目を浴びながら人混みをかき分けて京介の元へ行く。
京介は気まずそうに、おぉ…と言うといつものリラックスした表情とは裏腹に緊張した面持ちで私を見ていた。
「京介…私、京介のこと信じ…」
「來未、大事な話がある。」
私の話を遮るように京介が食い気味に口を開いた。私はそれがなんなのか何となく分かって思わず口をつぐむ。
「別れよう。」
廊下の真ん中で人混みにぶつかりながら京介が放った一言。そのタイミングで行き交う生徒が邪魔とでも言うように私の肩にぶつかっていく。
「…なんで?」
「ごめん、好きじゃなくなった。」
申し訳なさそうに京介が顔を伏せる。その表情を見てまたあの女の顔が浮かぶ。
「……保乃?」
私が尋ねると京介が顔を上げた。…やっぱり。
「保乃のこと好きなの?」
「違う!そうじゃない。」
「じゃあ、なんで?」
京介が戸惑うように目を逸らした。まるで言っていいことなのか悩んでいるようだ。ただ、戸惑いながらも慎重に口を開く。
「……俺は岸谷さんほど來未のことを考えられない。岸谷さんは來未に執着しているんだ。」
……執着?どうして來未が私に執着するの?それじゃまるで私が悪者みたいじゃない。私は何もしていないのに。
「なぜ?」
私が尋ねると京介は私の目を見て訊いた。
「何も覚えてないの?」
……何も覚えていない。私は來未を何も知らないし何も覚えていないのだ。存在しない記憶でもあるのだろうか。
私が黙っていると再び京介が口を開く。
「來未、思い出せ!岸谷さんのことを思い出さないと岸谷さんは來未から離れられないんだ!」
熱くなる京介に來未は頭を抱える。そんなこと言われても分からない!私はただ普通の平凡な高校生なだけなのに!このままでいいのにあの子に平凡な生活を壊されただけなのに!
苦渋の顔でしばらく黙っていると京介は呆れたように私を見る。
「もうお前とは話さない。じゃぁな。」
そう言って背中を向けると彼は生徒たちの中へ埋もれて消えっていった。
……ピンポーン、呼び鈴を鳴らす。
岸谷家のインターホンはよくある黒いタイプで我が家と全く同じタイプだ。
夕方の空はドロドロに溶けたオレンジが青空を食い尽くしている。
「はーい。…あら。」
保乃ママが出て私の顔を見るとドアを開けた。
「あら、どうしたの?」
保乃ママが平然とした顔で尋ねる。
私は事実が伝わるか不安になりながら保乃ママに話す。
「あの…お宅のお子さんが!うちの弟をたぶらかして私の下着を盗ませていたんです!…それでその下着を売り物にしてたんです!」
私の訴えに保乃ママは怪訝な顔を浮かべる。
「うちの子が?まさかそんな訳ないじゃない。」
「本当です!だってここに証拠が…!!」
亮太郎に教えられたURLを開く。
保乃ママにURLを見せようとするとそこには、“このページは存在しません“の文字が映る。
「……あれ?消えてる?」
動揺する私に保乃ママは安堵した笑みを浮かべた。
「きっと疲れているのね。來未ちゃんの様子がおかしいって最近、保乃から聞いたの。今はゆっくり休んだ方がいいわ。」
落ち着いた様子の保乃ママに対して私は動揺が隠せないままURLを何度も確認する。
「…それとね、実はまだ誰にも話してないんだけど、私達、九州に引っ越すことになったの。主人の転勤が決まってね。短い間だったけど保乃と仲良くしてくれてありがとう。」
保乃ママの言葉に私は呆然とした。
やっと終わる。こんなにあっさり終わるんだ。
嬉しい?いや、よかった。安堵した。
これで終わる。全て終わる。…でも私の居場所は?
亮太郎とは気まずいまま、彼氏にフラれて友達も奪われた。
学校、家庭、恋愛、もう私の生活、全てがぐちゃぐちゃ。
整頓されてたものに真っ黒な炭を撒き散らされた気分。
私の健康的で健全な生活はどこ?もうどこにもない。
もうどこにもいない。




