反魔道のの意思①
翌朝、俺がリビングに行くと誰もいなかった。
俺は朝が弱い。そのためいつもであれば、麻奈に起こしてくるはずだが声すらも聞こえてこなかった。お腹は空いていないが、腹に何か入れたいと思い、そこら辺にあった食パンを咥えながら学校の準備をする。
時間の針は七時五十分、走らなくても学校に向かうことができる時間帯ではあった。玄関の鍵を閉めエレベーターに乗る1のボタンを押し、ゆっくりとドアが閉まり動き出す。いつもの日常でありながらゆっくりとした時間。一階に着くとお隣さんの九重夜月が出迎えがあった。
だらしなく暮らす俺の横でしっかり身なりを整えて出迎える九重。こんな生活も昨日から始まった習慣のひとつかもしれない。
桜も散り始めた季節。仕事場に向かう新品のスーツを着た大人や新品の制服を着た学生が大通りを歩く。横を通り過ぎる人の顔は俺の横に居る九重の姿ばかりを見つめているようにも見える。あまり話しかけてこないが、こちらを見つめる九重の顔は朧げながら鮮やかに春の色合いに似合って見えた。
九重の見せる表情はどこか影を感じつつも感情には合わせているようにも見えた。俺が見えているものと女子生徒が見ている世界は同じなのかも分からず、聞きづらい。
学校の校門には見慣れた顔連れ、しかし、女子生徒と同じく記憶から見える表情のようだった。
幼馴染の二人は俺の顔を見て怒った表情になっていた。
横に居た九重が口を動かして…何も聞こえない。だが、九重の何かを言いたかった言葉だけが頭の中にインプットされ、視界から消えた。幼馴染の女子は自ら声を荒らげている風だが、俺には聞こえず、周囲の人たちも不思議そうに見ているだけ。俺は一歩一歩ゆっくりと歩く。スクロールされる景色は気が付くと薄くなっている黒が見えない世界…。教室に入り、自分の席に着く。いつもなら遅刻する生徒が早く来たことに驚きの表情をしている生徒もいる。
時計は八時十分、俺の担任の先生らしき女性が現れ、他の生徒と同じ記憶の表情をする。
先生は俺の方へとゆっくり歩き近づく。近くなるに連れて遅くなりゆったりの時間が流れる。
俺の前に着く頃にはスローモーションになっていた。そして女教師が俺に触れると今まで見ていた景色が歪んで見ていった。
横には女教師。「さっきーちゃん」と声を発すると耳を少し動かし俺の首を腕で絞める。
「私はお前の先生だ!」
さっきーちゃん…麻樹沙希先生は俺の発言に怒り、こづく。
「これは!」
そう言うと、さっきーちゃんは先程、俺と一緒に教室に入って来た男子生徒と女子生徒の肩を触れる。
肩を触れられた男子生徒と女子生徒は、沙希のように封魔の視界が二人を認識した。
「ちょっとここは何よ?」
不思議そうに俺に聞いてきた女子生徒萱倉涼。
何も言わず頭を掻く男子生徒比嘉雅樹。
「さっきーちゃん」
「あ?」
「えっと沙希先生…。これはなんだ?」
俺はようやくこの摩訶不思議な空間にいる事に気がついた。
「私に振るな!お前の女にでも聞け!」
沙希は妙に不機嫌な反応をする。
「お…女!封魔!やっぱりいるのね!」
「九重はちげぇよ!」
「九重さんって、転校生の事よね。あんた」
「萱倉。そいつを殺すのはあとでやれ」
「一生ねぇよ。そんな最悪」
「よし、望月弄りもしたことだし、動く」
「弄り…」
「比嘉。萱倉をMIOの指令局まで送れ。あそこだったら犯人の位置を割り出せるからな。」
「分かった。さっきーちゃん」
二人は沙希の指示に従って、任務を遂行する。
「行くぞ。涼」
「分かったわ」
「望月。お前は私とあの転校生を探すぞ」
「わかったけどさっきーちゃん。二人は魔法を使えない」
「まぁ、いざとなったら私が向かうから安心しろ。お前は、転校生の様子を見に行け」
俺はさっきーちゃんに言われたままに違和感のある空間の中で九重の様子を見に行く事にした。
高等部の校舎から中等部の校舎まではほんの少しの距離だが、曖昧な空間を歩き回るのはあまり良くないと思い警戒しながら向かう。
「九重も心配だが、麻奈も大丈夫か…」
ゆっくりとした歩みで中等部の校舎に入り、九重と麻奈の教室に迷うことなく歩く。
「三年…二組。ここだな」
廊下から一番遠くグラウンド沿いの一番後ろ前後の席に九重と麻奈が座っていた。
「九重。聞こえているか?」
封魔が揺すっても全く動かず、時間が刻々と経っていく。
「俺には何もできないのかよ」
俺が動かない九重の姿を見て、己の魔法に対する知識と経験の乏しさを実感した。
俺が九重の肩を揺さぶっていると今までが嘘のように動き出した。
「先輩?なぜ、ここに来ているのですか?」
九重は目の前に突然、俺が現れた事に不思議そうな顔で首を傾げてきた。ひと息つく間も無く知りたい情報を聞いてみる。
「先輩?これは一体?」
「知らんが、気がついたら俺もここにいたんだよ」
九重は俺の話を聞いて現在の状況を理解したのか。外を見つめ出した。
「これは恐らく先輩を囲むためにこの島全体を結界に覆っていると」
「結界?どうして俺を狙っているかは分かるか?」
九重は何を言っているんだと言わんばかりな顔をして、俺を睨んできた。
「先輩が魔王だからですよ」
「魔王…」
俺はそう言えば、魔王になっていた。自分がどれだけ異次元な存在か全く実感がないが、狙われる存在に違いない。
「ご安心ください。先輩、私がなんとかしますから」
「なんとかって。できるのかよ」
九重は俺に巻き込まれる生活に慣れてきたようで、明るく話を弾ませる。
「全く。こんな状況でイチャつくな」
「イチャついてねえよ」
二人で今後のことを話そうとしていると、ため息混じりにさっきーちゃんが現れた。
「それより」
「ああ。そうだな」
俺が何も考えないうちに九重とさっきーちゃんは何かを考えていたのかお互いに頷き合っていた。
「それにしても犯人はこの島の中心に居るんだ?」
「このような範囲陣は術者を中心にしてかけられます。そのため島の外からの攻撃はないでしょう。それに加えて、先輩をピンポイントで狙ったとなると綿密な計画と協力者がいると思います」
「協力者か…」
沙希は何かを思い出したようで夜月の話に割り込んで言った。
「そう言えば、この間奇妙な荷物がこの島に搬入された形跡があったな」
「それはどのようなものでしたか?」
九重はさっきーちゃんの話に思い当たる知識があったのか詳しく知ろうと尋ねる。
「確か、ぬいぐるみと聞いたな。粗末ながら魔道具の一種という話だ。だが、やけに慎重な奴らなのか足取り追えなかった」
「魔力のこもったぬいぐるみですか」
さっきーちゃんは九重の反応に何かを感じたようで、険しい顔で話を続けた。
「数は五体。それぞれ東の大陸に纏わる神獣で南の朱雀、西の白虎、北の玄武、東の青龍。そして中央に麒麟に模して作られているそうだ」
「五行説…」
九重はさっきーちゃんが話の要点を話している途中だったが、分かったようで大きな声を出した。
「やはりそうか。私は結界には詳しくないが、何か分かるか」
「五行説はそもそも国一年を表す際に使われる考え方を模しているはずです」
九重の熱弁しているが、俺は何が問題なのか分からず、首を傾げて静かになっていく。
「この人工島で世界でも生み出すってことか」
「は?」
説明をされてもどう言うことなのか未だに分からない俺を他所に二人は話を進める。
「今更だが、ありがたいことに荷物の搬入先も散らしていたようだな」
さっきーちゃんは呆れた顔をして空を見上げる。
「この状況で犯人の目的に心当たりはあるか。転校生」
「そうですね…。恐らくこの島の地形上、可能性のあるものとして広域結界を敷いて、先輩を封印するつもりかと」
さっきーちゃんは右手を口元に当て、左手は右肘を支えながら言った。
「要するに包囲している奴らを倒せば良いのか?」
俺もようやく話が理解できたようで自分の考えを提案する。
「簡単ではないかと。すでに陣形を執っている点。島であるため逃げ場がなく、倒した先から敵が攻撃襲ってきます。それにこの場では魔法もろくに使えません」
「まあ。使える魔法は四分の一って頃だな」
「でもこのままだと島に影響が出るぞ」
島の影響は注意しないといけない。ただ、九重にとっては新たな被害が起きてしまうことに心配しているのだろう。
「あほ。お前のことを心配しているんだよ。どこの誰かにお前がやられてみろ。魔王の力が解放してさらに被害が広がるだろうが」
「確かにな」
俺は無力だ。だが、何ができるのか改めて考えを捻り出すことくらいはできるはずだ。
「そういえば敵が仕掛けた結界って中心にもぬいぐるみを置いてって言ったよな」
「はい。今回考えられるのは四方を覆い敵を追い込む方法です。中心指揮官を置くのが特徴でもある戦うものです」
俺は九重の話を聞いて何か引っかかった点があった。
「島の中心、MIOの指令局ってことは雅樹と麻奈が今、向かっている所だろ」
俺は魔法の仕組みや発動に必要なものは分からない。だが、攻撃手段のない二人が敵の本陣に向かったことだけは誰よりも理解できた。
「その件に関しては手を打っている。教え子を酷い目に合わせん」
「ひとまず、私たちも中心には行きましょう。このままでは何も変わらないですし」
九重に従い、俺とさっきーちゃんは島の中心部MIOの司令局へと走って向かった。島の中心に向かうに連れて瘴気と変質した魔物が溢れ出していた。
「こいつらは一体なんだ?」
「こいつは魔に飲み込まれた人間のなりの果てだな」
黒く覆われたヘドロのような形に物質としても分からない異質な姿に変換されていた。
「こんなのが人間なのかよ」
「魔法を使う魔導士はあくまでも制御できる範囲を力にするのですが、この方々は魔力の制御を失い、体を保てなくなったことで起こった変質によって自我のない存在です」
さっきーちゃんは全く動じることなく、人間のなりの果てを排除していく。
「先輩。攻撃は最小限にして司令局の方へと急ぎますよ」
「おう」
俺は攻撃手段がないこともあり、何をすべきなのか分からず、言われた通りの動いていく。
「転校生。ここを押し切るぞ!」
「はい」
九重はさっきーちゃんと返事を交わすと剣を思いっきり握った。
「インペル〈強欲〉ゲート〈協力〉に接続」
九重は魔法で力を高めて武器に加えていき、周囲の瘴気を切り裂いて進んでいく。
「お前たち、このまま司令局に行くぞ」
さっきーちゃんは瘴気の攻撃を諸共せず走り続ける。九重も後ろから追ってくる魔物を抑えながら着いていく。
「ようやくだな。MIO司令局」
「おい、お前たちは先にこのまま塔に行け。私はこのらへんの魔物を片付けていく」
「先生!」
九重は先程まで抑えきれなかった敵に一人で戦うことに心配になり、さっきーちゃんの名前を呼ぶ。
「安心しろ。私はこれでもこの島、随一の魔導士だぞ。敵にならん」
さっきーちゃんは魔力を変えたのか、雰囲気が明らかに変えて魔物を切っていく。
「それよりだ。こいつらは術者本人を倒さないと消えん。さっさと倒して行け」
「はい」
さっきーちゃんは俺たちを司令局へと送り出し、一人で大量の魔物と戦う。
「さあ来い。成れの果て共」
俺たちは司令局の中に入ることができたが、既に中にも魔物が道を塞いでいた。
「ここもか」
「先輩、この結界でエレベーターが機能しないようです。上へは階段で行きます」
「おう」
司令局にはテロリストによって負傷した人もおり、そこら中に声が聞こえて来ていた。
「先輩。この声を追いかけます」
九重は負傷者の声を頼りに上の階へと駆け上がっていく。次第に敵も現れ出した。
「先輩、避けて!」
九重の声が大きく響く。
「チッ。なんで実力も劣った奴がこんな所にいるんだ?」
「敵ですね」
「気をつけろ」
九重は敵の姿を見るや否や武器を敵に向けて警戒する。
「あなた方の目的は何ですか。一体、魔王をどうするつもりなんですか」
九重は俺と最初に会った以上に敵を鋭い目で睨みつけ、敵は夜月への警戒を高めて話し出した。
「決まっているだろ。学生よ。この島を我々が手にいれる。そのためにはこの島の魔王を排除しなければならない。それだけだ」
敵は魔王である俺の存在を知らないようで見知らぬ相手と戦いで情報を高らかに話し出した。
「本当に呆れました。テロリストとはあなたのような方が当たり前なのですか?」
九重は武器を強く握り、敵の男に飛びかかった。攻撃は一瞬で敵の体に当たり、浅い攻撃だったため、ある程度動ける状態になっていた。敵は血を流してさらに注意を向けている。
「抵抗はやめて大人しく捕まってください」
「俺はお前には従わない。例え殺されることになってもな」
敵の男は異常と言っても可笑しくない程に願望を持ち、抵抗する意志を向けてくる。
「そこの坊主。お前は考えたことはあるか!この世界が消えてしまう可能性のあると言うことに。そしてそれが魔王によってされるということに」
「俺は…」
俺は敵の一方的な言い分に返す言葉が見当たらなかった。
「先輩。この人の話は気にしないでください。他の魔王がどうであれ。あなたは何も関係ありません」
「へぇー。そうか。お前がこの島の魔王なのか。道理で結界の中にいる連中の中で役に立ちなそうな奴だな」
男は俺を魔王と知ると目つきを変えて揶揄いながら笑う。
「何が可笑しいのですか」
「MIOご自慢の魔導士が魔王と一緒とは面白いじゃねえか。本来、お前たちも俺たち同様魔王を殺す役目のはずだぜ。なのに…ガハハハ。傑作だぜ」
九重も任務遂行前までは些か腑に落ちない所もあったのだろうか。敵の煽りに口を詰まらせて何も言わない。
「あなたたちと一緒にしないでください」
「一緒さ、お前たちとな。人間を何とも思ってねえ魔王。そんな邪悪な存在を俺たちが殺す。それが俺たちの任務だろ!魔導士」
九重は男と話をしていると次第に手の震えが強くなり、口を閉ざした。
「先輩、わ…私は…」
九重は俺の顔を見て、任務に対しての申し訳なさで悲しげな表情が浮かべていた。
「何だ?どうして九重が悲しくなるんだよ」
「え?」
「そもそもお前は俺を殺すために来たって言っていただろ?それに今まで俺を殺さなかったんだし。別に何もねえよ。」
「でも魔王のあなたは」
「他の魔王は知らねえよ。俺じゃねえしな。それに俺たちは何も変わらねえだろ。俺は九重に力を貸してもらって九重は俺を監視する。そんな関係だろ?」
俺は九重の気持ちは分からない。だが、九重と会ってからはそんな生活が当たり前でそんな生活が居心地良いと思えてしまった。
「先輩。…ありがとうございます」
「ちっ。」
男は九重の弱みを突いたつもりだったが、俺の方を見て舌打ちした。
「九重。そいつは相手にしないで先に行こうぜ」
「そう…ですね」
俺たちは武器を捨て仰向けになった男の横を歩いて先へ向かった。




