始まりの島③
時計の針は四時三〇分を過ぎ、六時間目が終わった俺は校門に向かっていた。
「この後、暇だな…」
「おっ!封魔。九重ちゃんが待っているぞ」
校門の前に立っていた九重は、初日から噂の転校生として、生徒の注目の的になっていた。
「九重、どうして居る?」
中等部の校舎からさほど遠くない距離だが、高校の生徒用玄関の出る向きは、逆向きに設置されている。手間がかかるにも関わらず、九重が校門前で待っていた。
「せ…先輩!」
九重は俺の服を掴み、後ろに隠れた。
「せ…先輩…た…助けて…下さい」
九重はそこまで人見知りではないと思うが、俺の後ろに隠れ周囲を警戒している。
「せ…先輩。この人たちがその。一緒に居て下さい」
「何で此処に居たのかな?」
「せ…先輩は監視対象なので待っていました」
九重は怯える犬のように俺の後ろで震えながら男たちに説明をした。
「後輩から束縛されるまで好かれるとは、さすが封魔だな」
「ち…違います」
「それで…どうして九重がこんなにも怯えているの?」
九重は深く考え始め、口元に指を当てた。
「居たー!」
生徒用玄関から駆けて来たのは涼だった。
「何だ?」
「あなた、こいつの何よ!」
涼は俺を見つけると、物凄い眼光で睨み、九重に迫った。
「私は封魔先輩の監視役です」
「つまり、雅樹と同じって事?」
「涼。語弊があるぞ。雅樹は目的がない。こいつには目的があるんだよ」
「俺を呼んだか?」
雅樹が気づかないうちに現れていた。
「呼んでねぇよ」
「そっかぁ。ねぇ。九重ちゃん。スリーサイズを教えてくれる?」
「死ね」
「汚らわしい」
「見て分からないの?取り込み中なの!」
「すみません」
「で、何を聞いていたっけ…」
雅樹の乱入で何を聞いていたのか忘れた涼は、ため息を吐いた。
「先輩!帰りますよ」
九重は俺の手を掴み、引っ張って歩く。
「おっ。おい!」
九重は握る力を緩め、口を開く。
「麻奈さん。部活に入っているのですね」
「以外かもだけど、麻奈って陸上部に入っているんだよ」
「陸上部ですか。意外です」
九重は麻奈の意外な一面を知って、とても驚く。
「先輩も何か入っているのですか?」
「俺はまぁ。今、何も入っていないかな」
俺が九重に言うと、申し訳なさそうに返した。
「まぁ。俺のことは良いさ。そういえば、夜月。この後、何か用か何かある?」
「この後は何もないですが。何を?」
「九重は引っ越してきたばかりだから町でも案内しようかと…」
「私は大丈夫ですよ」
下校の間は二人でずっと話しながら家へ帰った。投稿の時よりも家に着くのが早く感じた。俺は家の前に立ち止まり、バックから鍵を探した。
「鍵を持って行くの忘れちまったか…」
「先輩、鍵を忘れたのですか?」
九重は俺の方を見て、一瞬だけ悩んでいた。
「ちょっと中学まで行ってくる」
「仕方ないですね。先輩、入って下さい」
九重は仕方なさそうに鍵を開けたばかりの玄関を開け、俺を誘ってきた。
「九重の家に入って、良いのか?」
「構いませんよ」
「それじゃあ」
俺は九重に許可をもらい家に入ると、広い部屋に空いた三個のダンボールしかなかった。
「私はお風呂に入ります」
「お…おぅ」
俺はダンボールしかない部屋に一人、緊張もあり、九重が上がるまで固まっていた。
「何をすれば…」
九重に無許可で動かすと、とんでもないものまで出てきそうで段ボールから離れて座り込んで待つ。
「服とか出てしまったらやべぇからな…」
九重がお風呂に入って二〇分程経ち、水の音が聞こえなくなり、足音が聞こえた。
「先輩。何もしていませんよね?」
「おい、九重…さん?」
何もしていないにも関わらず、九重は不機嫌な顔に、服を着ていない状態で堂々と現れた。
「ふ…服を着ろ」
「…。」
九重は俺を見て、次第に赤くなりだした。
「いつまで見ているつもりですか」
「九重が見せているんだろうが」
「先輩の変態!」
九重はタオルで体を隠すと、俺の顎を蹴り上げ、 後方へ飛んだ。
「グハァ」
床には大量の血を流れたが、興奮してでは絶対になかった。
「せ…先輩大丈夫ですか」
「膝蹴りした本人から心配されるとは」
一連の騒ぎが終えると、二人が静かになり、俺が話を切り出した。
「此処からは今しか話せない事をしましょう」
「と、言うと魔王関連か」
「先輩は魔導書を持っていますか?」
「魔導書って何だ?」
「そうですね。主に形は、本ですね」
「いつからかある本なら此処に二冊あるぞ」
俺がカバンから本を取り出すと、九重は驚いた。
「そ…それは」
「どうした?」
「これは以前、文献で見た魔王襲撃以前に紛失されたと思われる伝説の魔導書と酷似しています」
「これ持っていたらどうなる?」
「それが本物であれば、MIOは先輩の監視人数を増やすでしょうね」
「それは大変だな…」
俺が九重の話に他人事のように聞いている風に言ってみたものの理解をしていなかった。
「いいですか!この魔導書は世界すら書き換えることのできる力があるんです」
「そうなのか?何も反応しないが…」
俺が試しに魔導書を触ってみたものの、何も起こることもなく退屈な時間が流れ出した頃合いで話を変えようと口を開けた。
「そう言えば、夜月と初めて会った時に言っていたインペルⅩとNoのことが分からなくて気になっていたんだよ」
「そうですね。インペルⅩは学校で生徒会のような位置にいる人たちのことを指し、魔法の…インペルの一つで優れた人に与えられる地位ですね。それに選ばれた十人が主に学校の統括と任務を任されているんです」
「待ってくれ。理解が…」
「要するに魔法のインペルで極めた人たちの集まりということです」
「なるほど?」
「そしてNoですが、簡単に言うと強さです。こちらは学園の学生を知識や実力によってNo,1からNo,10と決める称号のようなものです」
「どうしてインペルⅩがあるのにあるんだ?」
九重は俺の質問に驚きながら答えた。
「魔法の種類は七個あります。そのためインペルⅩの残り枠である三個を分かりやすくするために作られたと言われています」
「そっかぁ。インペルⅩって。九重以外にどんな奴が?」
九重の説明をある程度理解したものの。インペルⅩにどんなやつなのか分からなかったのもあり聞いてみた。
「No,2はサイキッカー、No,3とNo,4は対極のインペルを追求する姉弟でしたね。No5,とNo,6は互いを知り尽くしている仲です。No,7は物静かな人です。No,8の人は一言で言えばエッチな人です、No,10は私と幼い頃から仲良しです」
「No,1は?」
「私が学園に入った時には既に長期任務中でした」
「そっか」
「先輩!」
「どうした?」
「話を逸らしましたね」
九重は話を逸らされたことに怒ったようでじっと睨みつけてきた。
「先輩はどうして魔導書を持っているのですか?」
「確かだが、半年前に鞄の中にあったからそのまま持っていた気がする」
「そ…そうですか…」
九重は聞きたいことがとても多くありそうにしていたが、困りながら何も言えなくなっていた。
「この話は置いといて、どうやって九重は、暮らすつもりなんだ?」
「どうやってと言われてもこれだけで足りますが…」
「買い物に行くかぁ」
「はい?」
九重は俺の提案に疑問を持ったのか、首を傾げて俺の方を見つめていた。
「先輩、どこに行くのですか?」
「ショッピングモールだよ。何でも売っているからな」
俺が九重から監視されているにも関わらず、九重に誘ったことがおかしく思えたのか、九重は俺との距離を離しながら着いてきていた。
「先輩。どうしてそこまでやってくれるのですか?」
「監視している間に死んでもらうのが嫌だからな」
「先輩…」
九重は俺の方を穏やかに微笑んできた。
「九重?」
「お言葉に甘えさせていただきます」
生活するために最低限必要な物は、食器と布団の二つ。しかし、九重が持っていたのは支給されたと思われる剣と衣服と段ボールのみだった。
「なぁ…九重は今までどうやって暮らしていたんだ?」
俺はショッピングモールで買い物をする前に九重の今までの生活について気になり聞いてみることにした。
「学校では寮に住んでいました」
「寮生活かぁ…」
「このくらいでしょうか…」
九重は俺の質問に答えながら数枚セットの食器を籠に入れた。
「あと、布団ですか…」
「どうした?」
「私たち車がないのですが、布団はどうやって持って帰るのですか?」
「九重はそう言うのに疎いのな」
「え?そうですか?こういうのって慣れませんよ。それに私は引っ越した後に買い物で揃えることなんて初めてしますから…」
「大きい家具が数日かかるが、郵送できるサービスもあるぞ」
「そうなのですね」
九重は初めて聞いたことに目を光らせて聞く。一般的に知ったところで聞き流すはずだが、嬉しそうになっている姿を見て、俺も新鮮な感覚を得ていた。
「先輩!組み立て式の棚があるようですよ」
九重の目は監視役の任を忘れたようにはしゃいでおり、まるで中学生とも言えない小学生に近い可愛げのある子に少女の顔になっていた。
「そ…それにするか?」
「はい!先輩」
九重は組み立て棚が入った段ボールを二つ、手に持ちカートの下に置いて押してきた。
「ショッピングモールってたくさん売っているのですね」
「まぁ。この島でも最も大きな店だからな」
こんな調子の九重を見ていると、俺は初めて会った時の顔を思い出して、今の顔の方が良いと思えてしまった。
「次こそベッドを買いに行こう」
「はい…」
九重は頬をやけに赤くしながら俺の方を見て楽しそうに返事した。
「こんなにも布団が!」
九重の目の前には数多くの布団が置かれており、吸い込まれるように気に入った色の布団の上に座っていた。
「先輩!この布団!気持ち良いですよ!」
九重は座ると弾むベッドを撫でるように触り、気を緩ませた笑顔をしていた。
「九重…さん…。それにしますか?」
「は…はい!」
九重は恥ずかしくなったのか、顔を隠したが耳だけ真っ赤になっていた。
ベッドに付けられた商品番号とバーコードが書かれた引換券を手に取り、レジへ向かう。
九重と家に帰ろうと外に出た頃にはもう辺りは暗くなっていた。
九重はベッドも持って帰ろうとしたが、重すぎたこともあり郵送料を出して運んでもらうことにした。
「今日は楽しかったか?」
「はい、やはり先輩と一緒にいるのは楽しいです」
九重の顔はやけに透き通った瞳で俺を見つけており、聞いた俺も嬉しくなった。
「そんなことを言う相手を選んでいうように」
「えっ…。あっ」
九重は俺の言ったことに最初は理解できなかったのか首を傾げたが、すぐに理解したようで次第に顔を赤くして恥じらい出した。
「忘れてください…」
「それは難しいだろ」
九重は自分が言ったことを忘れて欲しそうで俺に頼んできた。
「先輩…」
「なんだ?」
俺が後ろを見ると九重は照れて赤くなり顔から湯気を出していた。
「仕方ありませんね。どこかの国で伝わる記憶削除法を…」
「どのような?」
俺は恐る恐る九重に聞いてみると目つきを変えて答える。
「そうですね。頭の後ろ上のあたりを思いっきり…」
「わ…忘れるから」
九重の本気っぷりを垣間見えて俺は忘れる事にした。
「それなら良いのです」
九重は俺の言葉でわかってくれたのか、右手に作った拳を解いた。
家までの道中も九重は俺との買い物を楽しんでくれたのか、気を緩ませて会話を楽しんでいた。
「ようやく着いたな」
「今日はありがとうございます」
「九重も疲れただろ」
「そう…ですね」
ベッドは持って帰っていないものの、棚などを買ったこともあり、重たい荷物を苦労して持って帰っている。
「一息ついたら棚を組み立てるか」
「それではお願い…します」
九重は一人で暮らしていることのあり、なるべく寂しくしたくもなかったので、俺も最後の仕事と思いつつ組み立ての提案をした。組み立て部品もそこまで多くなく、ボンドやドライバーもいらない木組みをはめるだけで完成する仕組みになっていた。
「棚を組み立てるのがこんなに大変だったとは作る方々に感謝です」
「そこまで大変だったか?」
九重の部屋には新たに棚二つと食器数枚、本が数冊増えた。
「布団はまだないから俺の家から持って来よう」
「そこまでしなくても」
「大丈夫だ、麻奈と俺の二人しか居ないから」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて…」
「夜月さん居ますか?」
俺と九重が棚を組み立てている間に麻奈が帰って来たようで様子を見に来た。
「麻奈、どうした?」
「ふ…封魔さん!どうしてこちらに?」
麻奈は制服エプロンでタッパーを片手に持った姿で立っていた。
「鍵を忘れたから九重の買い物に付き合っていた」
俺の話に少し心配をしながらも麻奈は嬉しそうに笑みを溢した。
「そうだったのですね」
「それでどうして麻奈も九重の家に?何か用があるのか」
九重と麻奈の仲が良いことは分かっていたが、こんなに何度も家に来るとは思っていなかった。
「封魔さんが買い物に行っている間に料理をしていまして、帰ってきたようだったので、お裾分けをしに来ました」
「麻奈さんありがとうございます。料理道具を色々買いましたので、今度は私が料理をふるまいますね」
麻奈は九重の提案にとても嬉しそうにしており、目を輝かせながら頷いた。
「待っているね。わーい楽しみ!」
「おい…九重って料理できるのかよ?」
「何ですか?私ができないと…」
「だって、寮生活だっただろ…だからできないかと」
「封魔さん!寮生活だから料理できないってことありませんよ」
「そ…そうなのか?」
俺にとって九重はできないイメージだったため、麻奈に言われて少し信じる事にした。
「それでは封魔さん。私たちも家に戻りましょう」
麻奈は九重の部屋で居座るのは迷惑だと思ったのか、俺を引っ張り家に戻る。
「お邪魔しました。夜月さん」
「はい…また明日…」
九重の部屋は誰もないためもう少しいたかったが、仕方なく家に帰る事にした。
「封魔さん。次からはちゃんと家の鍵を持っていくこと!」
「わかったよ」
今回に関しては俺が原因だったため、麻奈には素直に謝る。
「今日は封魔さんの好きなハンバーグですよ」
「よし、帰ろう!」
電気を一つと、もらったばかりのタッパーを開けるとハンバーグと炊き立てご飯、サラダと綺麗に飾られた弁当のような物になっていた。夜月はそれを静かに食べる。
「おいしいです。麻奈さん」




