表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

1. ジュリーとアメリア

 「ただ見るだけでなく、観察する」――それがアメリア・グレンロスと出会った頃の、ジュリーの信条だった。

 

***

 

 ジュリーことジュリア・ウィンクラーは、英国ロンドンのハーレー街で開業している裕福な内科医の長女として生まれた。

 母譲りの蜂蜜色の髪と深い青の瞳のジュリーは、上流中産階級のレディとして恥ずかしくない教養やマナーを身に着けた美しい令嬢に成長した――と、長女にして唯一の娘に甘い父はよく言ったものだ。

 そして、お気に入りの娘に少しでも良い縁談を与えたい父は、ジュリーの社交界デビューに先立って、持ち得る全ての縁故を駆使して、彼女をスイスの<ベル・クラルテ(清澄)学院>に送った。

 スイスのレマン湖畔にある<ベル・クラルテ学院>は令嬢専用の全寮制仕上げ学校――文字通りレディとしての最終仕上げを行うための学校だった。

 ジュリーが入学した1906年当時、<ベル・クラルテ学院>は王室に連なるさる高貴なレディが出た仕上げ学校として、英国ではたいそうな評判で、学院で学ぶ10名ほどの生徒の内の半数程度が英国の上流階級から上流中産階級の令嬢だった。

 アメリア・グレンロスもその中の一人だった。


 ジュリーは最早どのようにアメリアと親しくなったのか思い出せない。

 二人で同じ生徒用寝室を共有したことが大いに影響したのは間違いないが、それだけではなかったはずだ。

 もしかすると、ジュリーが彼女を観察しているうちに距離が近づいたのかもしれない。

 アメリアは実に観察しがいのある少女だったのだから。

 

 まずは、家柄。

 アメリアの亡父は勅撰弁護士にまで上った法廷弁護士で、しかも男爵家の遠縁だった。

 本人は、男爵家の本家とはほとんど付き合いはないと言っていたが、ジュリーは親戚に貴族がいるとはどんな気分なのだろうとつい想像を巡らせた。


 次に容姿――令嬢は自らの容姿からはどうしたって逃れられない。

 アメリアは人目を惹く美人ではないが、流行の髪型に整えた暗い栗色の髪はほどよく華やかに見えたし、そのヘーゼルの瞳に宿る煌めきには、彼女のことをもっと知りたいと思わせる何かがあった。

 ジュリーは自分の蜂蜜色の髪と青い瞳を気に入ってはいたものの、何かが足りないような気もしていた。

 

 そして、教養。

 アメリアは学院で教わるほとんどのことについて人並み以上の成果を発揮した。

 仕上げ学校で特に重視される語学では、社交や政治における国際共通語であるフランス語はもちろん、ドイツ語やイタリア語でも複雑な会話ができた。

 ただし、芸術分野では、意外にもアメリアの技能は、及第点に留まっていた。

 ピアノの演奏なら音楽好きのジュリーの方が数段上だったし、風景画だってジュリーの作品が褒められたことの方が多かった。

 しかし、そのことについてアメリアが不満を持っている様子はなかった。

 寧ろどこか安堵しているようにさえ見えた。

 

 以上のことを全て措いたとしても、ジュリーが何より羨ましかったのは、彼女のマナーだった。

 お茶会や正餐会での挙措、それから、楽しい話題を広げ、気まずい話題を即座に畳む会話術――全てが洗練されて見えた。

 親しくなった後で聞いたところによると、6歳の頃から厳格な元貴族令嬢の家庭教師に躾けられていたらしい。


 いずれにしても、ジュリーとアメリアは<ベル・クラルテ学院>で一年弱学び、令嬢として仕上げられることになっていた。

 その後は本国に戻り、次のシーズンに社交界にデビューする。

 そして、そこで適切な相手を見つけて結婚する――それが令嬢たちの「仕事」だ。

 どんなに両親に愛されていたとしても、普通の令嬢には、自分自身の財産もなければ、自分自身のことを最終決定する権限もない。

 誰かの妻という居場所を確保できなければ、この世界のどこにも彼女たちの居場所はない。

 

 しかし、アメリアにとっては、そんなことは大した問題にならないことのように見えた。

 彼女ほどの完璧な令嬢であれば、父を亡くしているということを割り引いたとしても、結婚相手探しには苦労しない――実際既に内定している婚約があるとの噂もあった。

 

 ただ、ジュリーがどうにも不思議だったのは、アメリアのことを観察していると、何故かフォーレのノクターン第6番が思い浮かぶことだった。

 表面上は秋の晴れた日のレマン湖のように明るく穏やかなのに、心の奥底に何かを押し込めているような――そんな気がした。

 そして、ジュリーがその何かをようやく垣間見ることができたのは、アメリアが深層に秘めていた「領土」に初めて招かれたときだった。


 それは、「事件」という言葉の響きが最も似つかわしくない聖域で起こった「ベル・クラルテの幽霊事件」の折のこと――。


冒頭の引用元は下記作品です。抄訳は作者によります。

※現段階では若干ネタバレになりますので、後から確認されることをお勧めします。

https://www.gutenberg.org/ebooks/1661


ジュリーにとってのアメリアのテーマ「フォーレのノクターン第6番」はこちら。

Fauré: Nocturne n°6 (live) | Michel Dalberto

https://youtu.be/2JWoJCv9WvU?si=SEQRkAYTtIjiP6pC

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シリーズ本編はこちらから。

メラヴェル女男爵ミステリーシリーズ

エドワード朝英国を舞台に、探偵役メラヴェル女男爵(アメリア・グレンロス)が活躍するヒストリカルミステリー×ロマンスシリーズです。
― 新着の感想 ―
アメリアは学生時代から賢かったんですね〜(*^^*)♪ ジュリーはアメリアを観察して、色々と関わっているうちに、自然に仲良くなっていったんですね♪
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ