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あの日、小麦色の風が吹いた。  作者: 古代 ルミオン
第一章 黄金色の大地と灰色の尖塔

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第九話 闇の奥で(2/2)

「あれはなんだ?」

 ユーバの感傷など、まるで意に介さぬといった様子で、カウジンがぶっきらぼうに言った。彼は、空洞の最奥にある一点を見つめている。この空洞は予想通り行き止まりだった。倒れ伏したホブゴブリンの亡骸のさらに奥には、ガラクタのようなものが無造作に、しかし何層にもわたって積み上げられている。壊れた木箱、朽ちかけた布、正体不明の骨……。

「財宝のつもりなのかの」

 カウジンは興味なさそうに、むしろ呆れたような声を漏らした。

 一行はガラクタの山まで歩み寄ると、リズの杖が放つ光を頼りにその中身を確かめた。壊れた椅子、歪んだ銀の食器、使い古されたボロボロの衣類。本当にただのゴミが大半だったが、それでも革製の袋がいくつか見つかった。中を覗くと、ずっしりとした重みの金貨や銀貨が、泥や埃にまみれながらもぎっしりと詰まっている。

「行商人を襲っては、こんなものを集めておったのか……」

 硬貨の詰まった袋を拾い上げながら、カウジンが独り言のように言った。その顔には、静かな怒りの色が浮かんでいる。


 ひとしきり確認を終えると、集まった袋は全部で十二個。そのほとんどが硬貨だったが、一つだけ、光を浴びてキラキラと輝く色とりどりの宝石が詰め込まれた袋があった。

「ルザサードさん、行商人のあなたなら、少しくらい目利きができるんじゃないかしら?」

 突然のリズの無茶振りに、ルザサードは、やれやれといった表情で宝石を手に取った。光に透かし、一つずつ鑑定していく。

「……正確にはわからんが、おそらく金貨に換えて三百枚は下らないな」

 鑑定した本人が驚いたような声を漏らした。ルザサードの黒い瞳が、宝石の放つ妖しい輝きに見入っている。

 最終的に金貨は二百枚を超え、銀貨や銅貨を合わせればかなりの額になるはずだ。いきなり手に入った大金に、ユーバとミツナは目を丸くして驚きを隠せずにいる。

「いくら金があっても死んだ者は帰ってこんが、生きているお前は弔いの酒が飲める。イマータに着いたら、この金で弔い酒といこう」

 カウジンは無骨な手でユーバの肩をポンと叩いた。彼なりの、精一杯の優しい言葉だった。

「……ハハハ、そうですね。その時は、ぜひご一緒してください」

 ユーバは少し照れくさそうに笑って返した。口下手なカウジンが自分を気遣ってくれたことが、心底嬉しかったのだ。


 そんな温かいやり取りの背後で、キャロルがあからさまな咳払いをした。

「盛り上がっているところを済みませんが、君たちはそれをそのまま懐にしまうつもりですか?」

 先ほどまでの慈愛に満ちた表情から一変、彼は真剣な顔で両手を腰に当て、一同を見渡した。

「えっ? ダメなんですか?」

 ユーバが慌てて聞き返す。その顔には、隠しようのない落胆の色が広がった。

「えーっとね、帝国法では、洞窟や遺跡の探索、あるいは亜人種や魔獣討伐で得られた財産は、まず国に納めることになっているのよ。そのあと、国が貢献度に応じて一部を報酬として払い戻すの」

 リズは「そんなことも知らないの?」と言わんばかりの呆れ顔で、肩をすくめて解説した。

「そんなもん、真面目にやっとる奴などおらん。バレやせん」

 カウジンが吐き捨てるように言った。その言葉には、帝国という組織に対する根深い不信感が滲んでいる。

「でも、あたしとキャロルさんがここにいるということは、もうバレたということよ」

 リズは腕を組み、真剣な面持ちでカウジンを睨みつけた。

「そ、そんな……。せっかく苦労して手に入れたのに……」

 ユーバはがっくりと肩を落とし、まるでおもちゃを没収された子供のようにしょんぼりと項垂れた。

「……そこで、です」

 キャロルはそう切り出すと、隣に立つリズへ目配せをした。リズも無言で小さく、しかし意味深な笑みを浮かべて頷く。

「私とリズさん、そして君たちは、今ここで初めて出会った……ということにしましょう。正確に言えば、その金貨や宝石が君たちによって回収された『後』で、私たちは遭遇した。そうではありませんか?」

 キャロルは、まるで舞台の台詞でも口にするかのように、芝居がかった調子で言った。その口元には、かすかな笑みが浮かんでいる。

「つまり、あたしたちは何も見ていないし、何も知らないってこと。わかるわね?」

 ふふふ、とリズが実に楽しそうに笑う。彼女の瞳は、いたずらっ子のように輝いていた。

 カウジンは「ふん」と、明らかに気に入らなさそうに鼻を鳴らした。自分のような荒くれ者ならいざ知らず、高貴な風貌の二人が堂々と規則を無視する提案をしたことが意外だったのだろう。

 一方、ルザサードは驚いた顔でキャロルを凝視していた。彼の鋭い瞳は、この若きリーダーが発した言葉の真意を、静かに探ろうとしていた。


「さて、もう一つ皆さんに言わなければならないことがあります。どちらかと言えば、こちらの方がより重要です」

 再び真剣な面持ちに戻ったキャロルの声には、先ほどまでの冗談めかした響きは一切なかった。

「……分前の話ですか?」

 まだ金貨のことが頭を離れないのか、ユーバが真面目な顔で尋ねる。

「そんなものいらないわよ。受け取ったら、あたしたちが買収されたことになっちゃうじゃない」

 リズが語気強く遮った。彼女はさらに何かを続けようとしたが、キャロルの話の腰を折るわけにもいかず、諦めて口を閉ざした。

 キャロルは皆の意識が自分に集中するのを待って、静かに、しかし重々しく告げた。

「今、私たちが討伐した群れは、先日村の見張り小屋を襲った集団であると判明しました。ユーバ君と同じ警備隊の兜が、彼らの中から見つかったからです。つまり、もともとユーバ君が危惧していた『村を襲う恐れのあるゴブリン』は、今ここで排除されたと言えます」

 キャロルは、ユーバが正しく理解しているかを確認するように彼の目をじっと見つめ、一呼吸置いた。ユーバは力強く「うん」と頷く。その表情からは不安が消え去り、安堵と、自ら仇を討ったことへのわずかな誇らしさが浮かんでいた。

 キャロルは言葉を継ぐ。

「しかし、この洞窟には大坑道とは別の出入り口が存在します。それはカウジンさんが風の流れを確認したことから、疑いようのない事実です。ところでユーバ君、見張り小屋の近くに、このような洞窟の心当たりはありましたか?」

「いえ、警備隊の巡回範囲にはありませんでした」

 記憶を辿り、困惑の色を浮かべながらユーバが答える。

「ということは、今回村を襲ったのは、大坑道の横穴から溢れ出してきた連中でしょう。なぜなら、もし『もう一つの出口』を拠点にする集団がいるとしても、そこが巡回範囲外である以上、彼らはこれまでも既に大きな群れを形成していたはずです。にもかかわらず、今日まで村が襲われていなかった。この事実こそが、村を脅かす直接的な原因は、あくまで大坑道側の群れであったことを証明しています」

 キャロルは、ユーバが論理的に納得できるよう、言葉を選んで説得を続けた。

「仮にこの奥に別の残党がいたとしても、我々は既に三十体近いゴブリンを屠っています。いくら繁殖力が高い亜人種とはいえ、再び村の脅威となる規模まで回復するには、少なくとも半年以上の時間が必要でしょう。その間に、我々帝国は大坑道の横穴を完全に封鎖します。そうすれば村は、永遠にこの洞窟の脅威から解放されるのです」

 キャロルはさらに踏み込み、約束を口にする。

「横穴が塞がるまでの間、穴の入り口には騎士団を配置し、万が一の事態にも対処できるようにします。これは、私とリズさんが責任を持って必ず実行に移すと約束しましょう」

「……騎士団を、置いてくれるんですね」

 感謝と安堵が入り混じった表情で、ユーバが呟く。キャロルは「ええ」と力強く頷いた。

「皆さん、私が提示した条件を覚えていますか? 『大規模な脅威に遭遇した場合、あるいは今日という日を越えそうな場合は引き返す』というものです」

 一同が真剣な顔で頷くのを見届け、キャロルは冷静に告げた。

「そろそろ戻らなければ、日を越える可能性が高い。それは条件違反、ひいては貴族からの命令違反となります。ユーバ君、村を想う不安な気持ちは痛いほどわかります。だが状況を考えれば、今が潮時です。……大坑道へ戻りましょう」

 ユーバは隣に立つミツナに、確証を求めるような目を向けた。ミツナは太陽のような明るい笑顔で、力強く「はい」と頷く。彼女もまた、キャロルの説明によって村の安全が保障されたことに心底救われたようだった。

 ユーバは何かを決意したように顔を上げ、キャロルを真っ直ぐに見据えた。

「わかりました。戻ります」

 その瞳に、もう迷いはなかった。カウジンとルザサードも異論なしとばかりに静かに頷く。

 こうして一行は、生臭い匂いの立ち込める、ゴブリンの骸が転がる空洞を後にした。


 大坑道へ引き返す一行の足取りは、先ほどまでとは打って変わって軽やかなものだった。ゴブリンの群れを掃討し、この洞窟における脅威をほぼ完全に拭い去ったという確信があったからだ。

 途中、暗がりから痩せこけた二匹のゴブリンが、飢えた獣のごとく襲い掛かってくる一幕もあった。しかし、鉄壁の守りを見せる前衛二人――キャロルとカウジンの研ぎ澄まされた剣技の前に、それらは紙切れのように瞬く間に斬り伏せられた。

 ユーバもいつもの快活さを取り戻し、隊列の後方からは彼のにぎやかな声が響いてくる。

「あーっ、腹減った! イマータに着いたら、まずは温かいスープが飲みたいなぁ」

「そうね。それから、ちゃんとしたベッドでぐっすり眠りたいわ」

 そんな他愛もない望みを口にするユーバに、ミツナが一つひとつ優しく、楽しそうに相槌を打つ。

 やがて一行は、この洞窟への入り口となった崩落箇所の横穴を抜け、無事に見慣れた大坑道へと帰還した。


 大坑道の壁面が放つ、いつもは無機質なはずの淡い光が、今だけは戦いを終えた六人を温かく迎え入れているように感じられた。


【100万字超・完結済み・執筆済み】

予期せぬ事態にならない限り、読者の皆様に【毎日更新】の確実なワクワクをお届けします。

物語が途中で途切れる(エタる)心配はございません。

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