第七話 交錯する思惑の中で(3/3)
死闘の名残である緑色の血の匂いが漂う中、松明の火に照らされた六人の影が、複雑に入り組んだ岩壁に長く不気味に伸びていた。
リズは再びミツナへと視線を戻し、核心に触れる問いを投げかけた。
「ユーバさんとミツナさんが、村長の依頼で旅に出た経緯は分かったわ。……では、残りの二人は何者なのかしら?」
ミツナは少し困惑したような、申し訳なさそうな表情を浮かべて口を開いた。
「ルザサードさんは、村で不審者として捕らえられた方なのです。領主様と交渉する際、村の治安維持に貢献した証左になると村長に言われ……その、仕方なく連行してきました」
続けて、彼女は言葉を選ぶように付け加えた。
「カウジンさんは、道中で少し困った事態に遭遇されておりまして。そのお手伝いをした後、イマータ市まで同行することになったのです」
ミツナはそれ以上、二人の詳細を語りたがらないようだった。特にルザサードについては、あえて言葉を濁している気配があった。
「面倒で複雑な経緯ね」
リズは腕を組み、顎に手を当てて思案するように呟く。
「ルザサードさん。あなたは行商人を自称し、ミツナさんからは不審者と呼ばれている。本当のところはどうなのかしら?」
リズはそう問いかけたが、間髪入れずに言葉を継いだ。
「……なんて馬鹿な質問を、わたしはしないわ。あなたは歴然とした行商人、それでいいわ」
リズはニヤリと笑みを浮かべ、ルザサードの目をじっと見据えた。全てを見透かしているようなその不敵な笑みは、ルザサードの背筋を凍りつかせるに十分だった。
「信じていただけるとは、有り難き幸せ。感謝いたします」
ルザサードは深々と頭を下げたが、その眼光はリズの笑みの裏側を逃さなかった。
(この小娘、ユーバより若いくせに俺の正体を見破っていやがる。よりによって帝国の魔法師とはな……)
ルザサードは、背中を冷たい汗が蛇のように這い降りていく不快感に耐えていた。
なおもリズの追及は続く。
「では、次の質問。カウジンさん、道中の『困りごと』とは何かしら?」
カウジンは、岩のごとき無愛想な声で端的に答えた。
「街道脇の茂みに、毒殺された行商人の死体を見つけたのだ」
感情の削ぎ落とされたその言葉は、それゆえに不吉な重みを持って響いた。
それを聞いた瞬間、キャロルの表情が険しく一変した。整った眉がわずかに吊り上がり、カウジンへと鋭く問いを重ねる。
「なぜ、それが毒殺された行商人だと判断できたのですか?」
「傷口の様相と服装を見れば、判別は容易かろう」
カウジンは、自明のことを聞かれたと言わぬばかりに不機嫌そうに応じた。
「遺体から、商人ギルドの登録証などは発見されたのですか?」
キャロルの声は一段と低く、真剣味を帯びていく。
「人の亡骸を漁るような真似はせん」
カウジンは吐き捨てるように、強い口調で言い放った。
キャロルは「ふむ」と小さく頷くと、リズへ向けて自らの見解を述べた。
「言葉に嘘はないでしょう。ですが、殺されたのが本物の行商人であるとは限りません。盗賊同士の縄張り争いの果て、という線も十分に考えられます」
彼の推測は現実的であり、ありふれた悲劇の一つとして説得力を持っていた。リズもその意見に同意するように頷いたが、彼女の鋭い視線は、すでに次の疑問の先を捉えていた。
ひとしきり質問を終えたリズは、不意ににこやかな表情を作って告げた。
「分かりましたわ。皆さんの仰っていることに嘘はないと、信じることにしましょう」
その言葉を聞いた四人の顔に、ようやく重い鎖から解き放たれたような安堵の色が浮かんだ。特にユーバとミツナは、心底から胸を撫で下ろした様子だった。ルザサードは警戒の火を完全に消しはしなかったものの、わずかに表情を和らげ、カウジンだけが相変わらずの無表情を貫いていた。
続けて、リズは何気ない口調で言い放った。
「では、ここから引き返して大坑道へ戻りましょう」
その言葉に、ユーバが弾かれたように声を上げた。
「この先のゴブリンを、放っておくというのですか!」
先ほどまでの萎縮は消え、声には焦りと怒りが混じっていた。彼は、村を守りたいという一心で必死だった。対するリズは、なぜそんなことを聞くのかと言わんばかりの表情で、あっさりと返した。
「ええ、そうよ」
彼女にとって、ゴブリンの駆除など二の次だった。この四人の一般市民を、いかに安全にこの場から脱出させるか。それこそが、彼女が優先すべき正義だった。
「いや、待ってくれ……ください! ゴブリンを減らしておかないと、村が危険に晒されるんです!」
ユーバは必死の形相で食い下がった。その若い顔は、抑えきれない正義感と焦燥で赤く昂っていた。リズは、冷徹なまでに冷静な声で言葉を返した。
「群れの規模が村を脅かすほどになるまで、まだ相応の時間がかかるわ。それに、もし本当に村を襲うほどの大集団だとしたら、わたしたちだけで太刀打ちできる相手じゃない。……特に、あなたのその未熟な剣の腕前では、お荷物になるだけよ」
彼女はユーバの無鉄砲さを諫めるように、あえて嫌味を交えて突き放した。図星を突かれ、カッとなったユーバは、なおも食い下がる。
「ならば、俺たちだけで行く! あんたらは先に帰ればいい!」
その叫びには、若さゆえの無謀さと、それでも故郷を守り抜こうとする強固な決意が宿っていた。
「ユーバ!」
今にもリズに掴みかからんばかりの彼を、ミツナが慌てて制した。その美しい顔には、深い心配の色が浮かんでいる。彼女は誰よりも、幼馴染である彼の危うい正義感を知り尽くしていた。リズは呆れたように息をつくと、「どうしても引き返さないというの?」と肩をすくめた。そして、視線を残りの二人へと向ける。
「村とは関係のない他の二人はどうかしら? わたくしたちに同行するなら、イマータ市までの身の安全は帝国が保証するわよ」
その問いかけには、諦めにも似た乾いた響きが滲んでいた。
「自分は彼らとイマータ市まで同行すると決めている。ユーバ殿の決定に従うまでだ」
カウジンは短く答えた。彼は一行に加わって以来、助言こそすれど、最終的な判断については一貫してユーバたちに委ねている。己をあくまで「居候」の立場に置き、彼らの主体性を重んじているようだった。
ルザサードもまた、淀みなく続けた。
「私も、この方々について参ります。ここまでご一緒したのも何かの縁。将来の商いに繋がる大切なお客様ですから、最後までお供したいと考えております」
いかにも商人の、もっともらしい理由を並べてみせたが、その内心は真逆だった。帝国の正騎士や魔法師とは、一刻も早く袂を分かちたい。彼にとって、帝国の権威が近くにあることは、常に死の危険を意味していた。
リズは完全に呆れ果てた顔で、隣に立つキャロルを振り返った。収拾のつかなくなった事態を前に、キャロルはリズへ妥協案を静かに提示する。このまま一般市民の彼らを危険な場所に放置して去るわけにはいかない。ならば条件付きで探索に付き合うべきだ、と。その条件とは、探索を今日中に終えること。そして、大規模な群れやそれに匹敵する脅威に遭遇した場合は、即座に引き返すこと。
「仮にゴブリンを討伐できれば、我々にとっても多少の功績にはなるでしょう」
キャロルが付け加えた言葉には、騎士としての責任感と、わずかながらの功名心が滲んでいた。さらに、キャロルは一段と声を潜めて続けた。
「昨晩のリズさんの仮説が正しいのであれば、ウージー村が陥っている窮地の根源は土の大神様にあります。そしてその原因を作ったのは、我ら帝国の為政者……。そう考えれば、この状況は帝国側が引き起こした『人災』とも言えます。彼らには、同情の余地が大いにあるかと」
リズは一瞬、驚きに目を見開いたが、やがてキャロルの提案に従うことに決めた。彼女もまた、このまま強硬な態度を貫くことが最善ではないと理解していた。何より、キャロルの指摘した「帝国の責任」という視点には、否定しがたい一理があると感じていた。
キャロルは四人と向き合うと、先ほどの条件を、そしてそれに従う限りにおいて自分たちも同行することを告げた。さらに、この条件は「帝国貴族からの公的な命令」であると宣言し、もし違反すれば厳格な処罰の対象となることも付け加えた。
先刻の乱戦を切り抜けた経験が、彼に確かな自信を与えていた。その言葉には、ただの提案ではない、帝国臣民を守る立場にある貴族としての揺るぎない威厳と命令の重みが宿っていた。
それを聞いたユーバの顔は、一瞬にしてパッと明るくなった。まるで、暗闇の底に希望の光が射し込んだかのようだった。ミツナもまた、そんなユーバの姿を見て、心底嬉しそうな、安堵の混じった笑みを浮かべている。カウジンは相変わらず無表情を貫いていたが、小さく、しかし力強く首を縦に振った。一方、ルザサードだけはどこか決まりの悪そうな、複雑な表情を見せている。帝国貴族による正式な「命令」となれば、もはや下手に抗うことも、勝手な行動を取ることも許されないからだ。
「お二人とも、本当にありがとうございます! よろしくお願いします!」
ユーバは深々と頭を下げた。若々しいその顔には、進むべき道を見出した者特有の、希望に満ちた光が宿っている。
こうして六人となった一行は、深部へと進むための具体的な合議を始めた。
洞窟の奥には、未だ知られぬ暗闇が、まるで巨大な顎を開けて獲物を待っているかのように広がっている。
それぞれが異なる思惑を胸に抱きながらも、彼らは新たな一歩を踏み出そうとしていた。
揺らめく松明の火に、リズの杖が放つ神秘的な光が加わり、彼らの行く末を、先ほどよりも少しだけ明るく照らし出していた。
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