第七話 交錯する思惑の中で(2/3)
リズは四人を順に見渡し、「どなたにお話を伺えばいいのかしら?」と、問いを投げかけた。すると、カウジンとルザサードの二人は、まるで事前に示し合わせていたかのような速さで、揃ってユーバに視線を向けた。その無言の圧力に気づいたユーバは、再び全身を硬直させ、「は、はい。俺……僕です」と、上擦った声でどうにか答えた。
その返答を聞きながら、リズは内心で訝しんでいた。
(この四人の中で一番若そうな、私と大差ない年齢の彼がリーダー? いったい、何の集団なのかしら……)
リズは興味の尽きない様子で四人を観察しながらも、優雅に微笑んでみせた。
「これから、いくつか質問に答えてもらうわ。でも、その前に、わたくしたちの自己紹介をしておくわね」
リズは淀みのない、自信に満ちた口調で自らの身分を明かした。
「わたくしは、リズ・メインウェアリング。アビーク帝国クエルタ州に仕える文官の魔法師よ」
続いて、隣に静かに控えていたキャロルへと視線を送る。彫刻のように整った彼の顔立ちは息を呑むほど美しいが、その瞳の奥には、いつも消えない憂いと、自信のなさが生む微かな影が宿っている。キャロルは、その端麗な容姿からは想像もつかないほど低く、落ち着いた声で己の名を口にした。
「キャロル・ジャスティンと申します。アビーク帝国クエルタ領、大地の騎士団に所属しております」
(やはり、そうか……)
二人の身分を耳にしたルザサードは、心の中で低く呟き、そっと目を伏せた。並外れた装備と身のこなしから只者ではないと踏んでいたが、まさか帝国の正騎士と魔法師が、このような辺境の深淵にまで手を伸ばしているとは。彼の背中を、より冷ややかな不穏の風が吹き抜けていった。
「では、皆さんのことも教えてもらえるかしら?」
リズが投げかけた問いに、ユーバは先ほどよりも活力を取り戻した様子で、背筋を伸ばして答えた。
「俺、あっ……私はユーバ。ウージー村の、警備隊員だ……です」
相手が帝国の貴族であると知ったせいか、その声は上ずり、敬語に慣れぬ様子でひどく言葉を詰まらせている。
一方、ミツナはユーバの快復に心底安堵したのか、先ほどまでの怯えを押し込め、凛とした所作で応じた。
「私はミツナと申します。ユーバと同じウージー村で、神官を務めております」
彼女が浮かべた柔らかな微笑みは、洞窟内の張り詰めた空気を、ほんのわずかに和らげた。
「あら、感心だわ。最近は名ばかりで、神の御業を顕現できない神官も多いの。あなた、お若いのに大したものね」
リズの言葉には皮肉の色はなく、純粋な賞賛が込められていた。魔法という力の真実を知る者として、ミツナの確かな実力を認めたのだ。
次にユーバが視線を向けたのは、ルザサードだった。彼は行商人らしい、淀みのない洗練された所作で頭を下げると、落ち着いた丁寧な口調で口を開いた。
「私はルザサードと申します。しがない行商人をしております」
その言葉遣いはあまりに自然で、どこからどう見ても商売慣れした男のそれであった。だが、彼はリズの射抜くような視線と真正面からぶつかることを避けるように、ごく自然な動作でふっと目を伏せた。
「あら、あなたが行商人なの?」
リズはそう応じると、「ふーん……」と短く呟き、いたずらっぽい光を湛えた瞳をルザサードへと固定した。その眼差しは、隙のない完璧な仮面の裏側に潜む「何か」を暴こうとする猫のように鋭い。
ルザサードは顔色ひとつ変えず、行商人としての柔和な空気を崩さなかったが、リズの視線が放つ異常な圧迫感までは拭い去れなかった。彼の額には、じわりと薄い脂汗が滲み始める。
最後に、カウジンが相変わらずの無愛想な口調で続けた。
「自分はカウジン。古代の魔法王朝時代の遺跡を巡る冒険家だ」
それは、感情を削ぎ落とした、定型文を読み上げるような事務的な響きだった。
「へえ、古代の魔法王朝の遺跡ですって。後でゆっくりお話を聞かせてほしいわ」
リズはそう口にしたものの、その顔には全く関心の色が見えない。彼女の興味の対象は、もはや明らかに一つに絞られていた。彼女の冷徹な、それでいて愉悦を含んだ視線は、執拗なまでにルザサードの横顔に注がれていた。
リズは一通り彼らの自己紹介を聞き終えると、隣に立つキャロルへと向き直り、何か確認したいことはないかと無言で目配せを送った。キャロルはそれに対し、静かに小さく頷いて見せる。「特にない」という意思表示だった。その表情は相変わらず穏やかなものであったが、瞳の奥には微かな疑問の色が宿っているようにも見えた。
リズは再びユーバへと向き直り、真っ直ぐに彼の目を見つめながら、単刀直入に問いを投げかけた。
「あなたたちは、なぜここにいるのかしら?」
ユーバは少し緊張した面持ちながらも、先ほどよりは幾分はっきりとした口調で答えた。
「村を守るため、そして領主様に認めてもらうためです」
その答えを聞いた瞬間、リズの思考は混乱に陥った。
(この暗い洞窟の中で、一体何をすれば村が救えるというの? そもそも、何から村を救うというのかしら? それに領主といえば、ソレス・アカンガナン子爵のことよね? ソレスが、ここでの何を認めるというの?)
次々と浮かび上がる疑問に、彼女の論理的な思考回路は停止しかけていた。ユーバの言葉だけでは、到底この状況を理解し得なかった。リズの混乱を察してか、あるいは同じ疑問を抱いたのか。それまで静かに佇んでいたキャロルが、穏やかな、しかし思慮深い響きを帯びた声で言葉を添えた。
「ユーバ君、すまないが私には、君の言っていることの意味が掴みきれない。もう少し、順を追って説明してくれないだろうか」
彼の言葉遣いは丁寧そのものであったが、その奥底には、隠しきれない騎士としての威厳が静かに漂っていた。
「え、あ、あの……」
緊張のあまり言葉に詰まってしまったユーバに代わり、ミツナが静かに一歩前へと進み出た。彼女は落ち着いた、しかしどこか切実な響きを帯びた声で、事の経緯を説明し始めた。
今年のウージー村は例年にない小麦の不作に見舞われ、期待していた収穫を得られなかったこと。追い打ちをかけるように、先日の地震による被害が大きく、復興には多大な財源を要すること。そのため、例年通りの徴税を受け入れることが村の存続に関わるほど困難であること。
村長の依頼を受け、ユーバと自分が領主ソレス・アカンガナン子爵の待つイマータ市へ、税の減免を嘆願しに向かっていること。その道中、村の見張り小屋と、この「大神様の大坑道」に異常がないか確認するよう言い渡されていたこと。
見張り小屋では、ゴブリンと思われる亜人種に襲われた警備隊員が、無惨な姿で命を落としていたこと。そして坑道内で見つけた、本来あるはずのない不自然な横穴。一行は、そこへ住み着いたゴブリンたちが食料を求め、見張り小屋を襲ったのだと考えたこと。もしこのまま放置すれば、群れはさらに膨れ上がり、いずれ村そのものが蹂躙されてしまう。
だが、今ここで元凶を断てば、その功績が認められ、領主も税の減免に温情を見せてくれるのではないか――。その望みに懸けて洞窟へ足を踏み入れたが、予想を上回るゴブリンの数に、先ほどのような死闘を強いられることになったのだと。
ミツナは一つ一つの言葉を噛みしめるように、二人に事の顛末を説いた。そして最後に、自分たちの命を繋いでくれたことへの深い感謝を改めて口にした。その美しい瞳には、故郷の村人たちへの深い慈愛と、彼らの平穏を守り抜きたいという強い願いが宿っていた。
キャロルはミツナの話を最後まで静かに聞き終えると、隣に立つリズへと視線を向けた。
「村の、しかも本物の神官が仰ることだ。虚偽ではないでしょう。……ですが、理解はできても、あまりに楽観的な見通しの上に成り立っている、少々飛躍した発想と言わざるを得ませんね」
彼の表情は相変わらず穏やかではあったが、その言葉には、数多の現実を見てきた騎士としての冷静な判断力が克明に表れていた。リズもキャロルの言葉に同意するように、深く、何度も頷いてみせた。
「そうね。世の中、そんなに甘くはないわよ」
リズはポツリと、吐き捨てるように呟いた。彼女の脳裏には、昨夜キャロルから聞かされた貴族社会の澱んだ闇や、不遇を囲うソレスの現状が鮮明に浮かんでいた。功績を立てれば報われるという彼らの純朴な期待が、いかに脆く、危ういものであるか。それを熟知しているがゆえの言葉だった。
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