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異世界転生はもうつまらない  作者: 水中昌&槙宮みあ
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28話 『零』

 軽自動車に偽装したビースト・アルファで山を下りていくと、窓から夕暮れと慣れ始めていた街が見えた。そこを訪れるのも今日が最後だと二人は分かっていた。これから長旅に備えて買い込まなければならない。テントとか、キャンプ用品もあったほうがいいだろう、と篤が言った。雫が置き場所あるかなと車体のスペースを気にしたが、彼は天井に縛り付ければいいさ、と笑い、彼女もそれもそうね、と返した。


「キャンプするなら、やってみたいことがあるの」雫は言った。「焼きマシュマロなんだけど」


 篤は噴き出した。


「小学生みたいなことを言うんだな」


「別にいいじゃない」


 ふくれっ面になる雫を、彼はわかったわかった、と宥める。


「野宿する機会があればいくらでも付き合うさ。ちゃんとマシュマロ、貰っておかないとな。それと串も二本要るだろう」


 他愛ない話に花を咲かせるうちに車は街へ入った。街路樹に巻き付くイルミネーションが穏やかにその色を変化させていた。クリスマスソングもそろそろ街や店で耳にするだろう。篤はそんな空気に浮かれて、事故だけは起こさないように、と安全運転で真っすぐ車を走らせる。交差点に差し掛かったタイミングで信号が赤に変わり、ブレーキを踏んだ。車は三車線の中央で止まった。後続の乗用車が三台、のろのろとやってきては、後ろ、右、左と順番につけてきた。雫との会話を楽しんでいたとはいえ、篤も気を抜いてはおらず、すかさずそれらの車両を確認していく。特に変わった所はなかった。一人で音楽にのっている男や、子供を後ろに乗せた家族連れなどだった。


 考えすぎか、と篤は微笑んで、信号が変わるのを待つことにした。無意識に手は遅めのリズムを叩きはじめていた。どうも気が紛れず、周辺が怪しく見えてしまう。原因を篤は探った。何か、違和感の元があるはずだ、と。そして見つけた。歩道、建物に人の影が見当たらず、また道行く車も知らず知らずのうちに消えていったかのように、この場の四台しかなかったのだ。偶然にしては出来過ぎだった。二十四時間営業と書いてあるハンバーガーショップのカウンターが見えたが、店員すらいなかった。店の看板は『OPEN』となっており、店内の照明が付いているのにもかかわらず、だ。篤の違和感はある確信へと変わった。

この街は特運の手中にあり、この状況は術中だという確信に。


「クソっ!」と舌打ちする。


 雫が「どうしたの」と訊き返すより先に、篤はアクセルを全力で踏み込んだ。タイヤが回転し、前に進み始めた瞬間――罠が作動した。


 耳を覆いたくなるような高周波が車内に響き渡ったかと思うと、二人が填めてある指輪から煙が上がった。更には指輪の放電機能が作動し、彼らは苦痛にもがいた。高電圧放電とその過負荷で指輪の機能は完全に破壊され、もう二度と使えなくなった。認識疎外の魔術は効力を失ったのだ。それにより車に乗る二人の姿が世界に現出する。隠匿は打ち破られた。暴かれた二人は刈り取られるのを待つ稲に等しいかった。放電に痺れ体を痙攣させる様は、風にそよぐ稲穂だった。そして鎌を持った死神もまた姿を現す。篤の車を囲うように止まった三台の車の光学迷彩が解除され、真っ黒なセダンの姿を現す。中に乗っていた人間も光学迷彩による偽装だった。真っ黒なセダンには流線型のアーマーに身をくるみ、フルフェイスのヘルメットを被った人間が乗っていた。ヘルメットには白い文字で『零』と書かれていた。彼らは一斉にアサルトライフルを構えた。そして引き金が引かれる。銃弾の雨が狂ったように降り注いだ。魔術によって補強がなされた弾は、篤たちの乗る車体を変形させるほど打ち据え、時には貫通し、ガラスの破片が車内に散乱した。未だに電気で強張っていた体を絶叫の鞭で強引に動かした篤は、射撃が始まってすぐに雫に飛びついてしゃがむ。それから頭上を飛び交う風切り音に恐怖しつつ、再度右足でアクセルを、最奥まで踏み込んだ。火花を発しながら、車は嵐から逃れようともがいた。


 そうして前に進みだした時、進行方向を塞ぐ形で二回りも大きな真っ黒のSUVが現れた。認識阻害によって見えはしないがその屋根からは零課の隊員が銃を構えているのは明らかだった。篤はハンドルに後付けしてあるスイッチを押し込む。マフラーから青白い炎が噴き出し、二人の身体はシートに強く押し付けられた。衝突があり、金属がガリガリ、と削れる嫌な音がした。あちらのガラス片が篤たちにも降ってきた。ビースト・アルファのヘッドライトは片側が潰れ、車体は大きく傾いた。だが銃弾に撃たれることもいとわず上体を引き起こして、痺れる手でハンドルを掴んだ篤はどうにかコントロールを取り戻すと、突き飛ばしたSUVを盾に道を駆け抜けた。追撃はあったが、一発の弾が篤の顔の真横を通り抜けただけだった。


 速度を上げていきながら、篤は「畜生」と叫んだ。


 どこからバレた? 姿はずっと隠していた。遊園地か? 他にリスクがった場所は……いや、もうこの際そんな事はどうでもいい。俺たちは見つかってしまった。こうなったらもう家には帰れない。自宅にも、雫と過ごしたあの家にも。逃げる以外に手立てはないんだ。だが……指輪はもう駄目だ、完全に壊れている。認識阻害はおろか指輪としてすら形を保っておらず、どろどろに溶けた蝋燭のようだった。俺たちは世界に姿をさらしたまま、逃げ続けなきゃならない。それも日本を支配している組織から。絶え間なく鳴き続ける鹿がハンターから逃げるのと変わらない。負けは決まった。どうあがいてもわずかな延命行為にしかならない。俺は死に、雫も死ぬ。


 そこで篤の意識は銃で撃たれるよりも強烈に、雫の無言を悟った。


「雫――」


 目を向けた助手席の光景に、篤は息をのんだ。それまで頭にあった困惑、疑問が掻き消え、光のないクレバスに呑み込まれるような深い絶望が去来した。


 この日、雫は真っ白なシャツを着ていたはずだった。彼女が「似合ってるかな」と訊いてきたから、それは篤の思い違いでは決してない。それなのに、彼女の衣服は右肩から広がるように血で染まっていた。


「……わたしはだいじょうぶ」と言うが歯をぎゅっとかみしめ眉間には皺が寄っている。「こんなの、掠り傷だから。心配しなくていいよ」


「ああ……。ああ、分かってる」篤は言った。「絶対に助けるから」


 雫は弱々しく笑って、「お願い」と言った。




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