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異世界転生はもうつまらない  作者: 水中昌&槙宮みあ
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19話 『安息の地』

 ばん、と机が叩かれる。


「部長、なぜ抹消処分にしなかったんですか! これは組織への裏切りだ」


 運搬部長に声を荒げる亜厂。デスクには関堂篤の失敗とその当該計画の書類が置かれている。計画が失敗した実行部隊は会社に帰還していた。それが関堂篤の妨害によるものであったことが発覚すると、篤の全情報が運搬部に開示された。


「監査課は抹消処分を提唱したんだけどねぇ、上からのお達しで処分の決定権はうちにはなくなったんだよ亜厂くん」


 部長は穏やかでその態度が亜厂の苛立ちをさらに強めた。


「部長、あんたが八雲に提言したんじゃないんですか。先輩、いや裏切者の関堂篤を贔屓してたあんたが。稲羽家のあんたなら可能だ」


「私は何も言ってないんだがねぇ」と部長は言った。「家を持ち出すのはあまり良くないよ、亜厂くん。たしかに君が裏切り者に敏感なのはわかる、亜厂家の君ならね。だが八雲に通じる家名を軽々しく出すのはやめてほしいんだがね」


 ぎろり、と視線を投げる部長。


「上の決定だと言うならその責任も上が取るべきだ。八咫烏の要請を」


「それはダメだよ」


「なぜ!」


 もう一度机に拳を叩きつける亜厂。顔には青筋が浮かぶ。だが部長は気にせず、背もたれに体重を預けた。


「処罰の決定は上が決めたとはいえ、原因はこちらにある。自らの始末は自らでつけろ。それが上の方針でね」


「なら、俺が始末をつけます。裏切り者は必ず殺す」


「それが関堂くんであっても、かい?」


「あんたがそれを言うのか?」


 部長はそれ以上喋らなかった。


「指揮権は俺が貰いますよ」


 そういうと亜厂は立ち去った。




 篤の駆るビーストアルファは光学迷彩によって擬態し、外装は白いセダンとして周囲に認識されている。指輪の認識阻害を車に適用すると他の車にぶつけられたり渋滞の回避ができなくなる。しかし、認識阻害を使わなければNシステムや街灯防犯カメラによって視認される。その二つの問題を解決するには、車体のカモフラージュしかなかった。幸いな事にこの車体と指輪はペアリング接続に対応してあり、指輪側から光学迷彩の操作も可能だった。


「どうして助けにきたの」


「俺も今その理由を考えてる」困惑しながら篤は言った。「……なんてことをしてしまったんだ」


「あの人、仲間だったんでしょ」雫が言う。「篤さんの、殺人仲間?」


「仕事仲間、だった」


「仕事辞めたんだ」


「邪魔をしたからな。立派な裏切行為だ。組織は決して裏切り者を許さない」


「組織って、どんな」首を傾げる雫。「人殺しの組織?」


「話すと長くなる」篤はバックミラーで何度も後方を確認していた。


「いいよ。絶賛誘拐中で時間、有り余ってるし」


「悪いが降ろすわけにはいかない。それに話すのはいいが、まずは落ち着ける場所が必要だ」


「安全な場所なんてあるの?」


「目途はある。確証はないが」


 篤は都心を離れ郊外を目指していた。会社を、〈出雲〉を裏切る日が来るなど思いもよらなかった。だが、新聞で見かけた記事――郊外の空家増加問題が頭の片隅にあった。そこに身を寄せればいくらかは時間を稼げるかもしれない。とはいえ、そのあとのことは何も考えていない、無の状態だった。


「……こういう時、お礼を言うべきなのかな」


「言わなくていい。俺が勝手に、君を連れ回してるだけだ」


「そっか」雫は窓の方を見た。「あと、偶には雫って呼んで」





 県境の町に空き家が多い、という情報を調べた篤はそこまで車を走らせた。時刻は深夜二時を回っていたため、灯りで人の有無を確認することは難しかった。街は寂れており、商店も少なかったため車の有無で人の居住を判断することにした。三軒ほど回って、街から少し離れ、山の中腹にある物件を見つけた。年季こそ入っているものの、雨露をしのぐには十分だった。

 車のエンジンをかけたまま、篤は車のボディカバーを取り出した。エンジンを切れば光学迷彩も機能しなくなるから、できるだけ車体の露出は減らしたかった。半分ほどカバーを掛け、エンジンを切った。


 家にはリビングの窓を割って侵入した。床には埃が薄く積もっていて、灰色の絨毯を作っていた。家具はまばらに置いてあった。家の中をくまなく調べ寝泊りができるかどうかを確認する。電気とガスは通っていなかったが、水道は使えたためしばらくはここに住むことに決めた。


「じゃあ、話してよ。篤さんのお仕事」


 二人は埃を取り払ったリビングのソファに腰かけていた。距離は人一人分ほどだった。


「俺は……大倭通運の特殊運搬部で働いていた」


 会社名を聞いた雫は少なからず驚いたらしい。


「大企業じゃない」


「確かに大倭通運は名の知れた大企業だ。だが――」


 それから篤は大和通運と出雲の関係について話した。供物としての魂を回収し、運ぶことが自分の仕事であったこと。仕事の標的が雫だったことも話した。


「にわかには信じがたい話よね」いつのまにか身を乗り出して聴いていた雫は体を引いた。「大昔からある大組織が……ずっと人殺しをしてる。でも何のために?」


 そこから先を言うべきか篤は躊躇った。雫はこの世界から出たくて、死にたいのだと前に言っていた。転生の仕組みを教えてしまえば、彼女はすぐにでも殺してくれと懇願してくるだろう。だが真実を伝えないまま、ここに一緒にいることも辛かった。篤は、彼女に生きて欲しいのだ。真実を知っても尚、留まることを選んで欲しい。また自分にあの笑顔を見せて欲しい。だから篤は真実を語った。包み隠さず、知っていることを全てを。


 案の定、転生の説明を受けた雫の眼の色は見る見る変わっていった。


「転生……って。篤さん、あなたもしかして、転生させるところを見たり、転生させられた人を見たことがあるの?」


「いいや、無い。そもそも転生は神だけが成せる業だ。俺たちは神が求めた魂を届けるだけなんだ。実際に見たことはない」


 途端、雫は篤の服を掴み、揺さぶった。


「お願い、篤さん。私を殺して」


「……なぜだ」


「だって、転生が存在するって分かったんだよ? 死んだら、そこで全てが闇に覆われて無になってしまう可能性だってあった。それが怖くて、中々踏み出せなかった。でも、生まれ変わりがあるなら、私、死にたい」


 ふざけた様子は一切なかった。ふざけてなかったからこそ、篤は苛立たしかった。


「やめろ!」彼は雫を振り解いた。「そんな言葉を聞くために、俺は……」


 立ち上がった篤は手で顔を覆った。自分が情けなかった。下した決断は、大きな過ちだったのかもしれない、と。


「じゃあ、何の為に私を助けたの」雫は俯いた。「体?」


「馬鹿」篤は声に怒気を籠めた。「……言っても信じないさ」


「教えて」雫は篤に詰め寄った。「私なんかの何が、あなたを突き動かしたの? 全てを捨てさせてまで、どうしてあなたは私を助けに来たの?」


 口にするまでがどうしても遠かった。これまでの人生を振り返っても、篤は欲を語った記憶が無かった。おかげですっかり欲に対する恐怖が構築されてしまっている。だが言わなければ、雫は今のままだろう。皮肉な事に篤が今一番やりたくない事は、自分の手で彼女を殺す事だったから。彼は人生最大の勇気を振り絞って、言った。


「見たかったんだ……君が、雫が笑う所を。もっと」


 どんな仕事の時よりも心臓が速く動いていた。そして言われた側の雫も、まったく突拍子もない理由に仰天していた。


「そ、そんな理由で?」それまであった緊迫感はどこかへ霧散していた。雫は篤の腕に触れた。「家も財産も捨てたっていうの」


 篤は肯定し、かつ自嘲した。


「笑ってくれればいいさ。馬鹿だよな。自分でもそう思う」


 笑い飛ばそうとする篤だったが、雫の表情を見て何も言わなくなった。


「ほんと……大馬鹿……」


 彼女は篤の見たかった顔をしていた。




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