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異世界転生はもうつまらない  作者: 水中昌&槙宮みあ
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18話 『決断』

 篤に動揺が走る。失敗した以上、いつかまた計画が実行されるとは思っていた。それが自分の知らないところで自分の耳に入らない形で実行されると思っていた。ゆえに篤は安心していた。彼女はいつか殺される。だがそれは自分の知らないところで行われる。事故のようなものだ。それならば黒江雫の死を割り切ってしまえる。死んだ後なら納得できると。


 だが、幸か不幸かそれを知ってしまった。篤は黒江雫がこれから殺されることを知ってしまった。運搬部に口を滑らせる人間はいないと思っていた。だが亜厂は例外だった。篤を尊敬し、信頼している亜厂は例外だったのだ。黒江雫が篤の失敗した計画のターゲットであることを亜厂は知らない。


「先輩? もしもーし」


「あ、ああ。悪い、実行は何時からなんだ」


「五時間後ですね。そろそろ準備しないといけないんで、これで」


 通話が切れた。篤は時計を見る。時刻は十八時で、計画の実行は五時間後――二十三時頃。篤の心は揺れていた。黒江雫を見捨てると決めた。彼女を見殺しにすると決めたのに、いざ知らされるとその決断がぐらついてしまった。自分の知らないところで殺されたのなら仕方ないと割り切れた。死んでしまったのなら生き返らせることはできない。しかし、まだ殺されていないと、救える余地があるとしってしまった。


「私を殺して」という彼女の言葉が頭に響く。ここでないどこかを渇望している女の子。そのために死にたがっている女の子。彼女は本当に死にたいのだろうか。いや、ちがう。彼女は死にたいわけではない。その先にあるものを欲しているだけだ。彼女が求めるそれは、ほんとにこの世界にないのだろうか。もしあるとするなら、彼女を助けるべきなのか。


 しかし、彼女を救うということは出雲を裏切る行為だ。一度ならず二度までも計画を失敗させるのか。殺すべきターゲットを助けるのか。篤は迷う。彼女を助ければ自分は組織から追われる身になるだろう。今度こそ抹消されてしまう。そしてそれからは逃れられない。今度は信伊奈でもどうにかできる問題ではない。一生組織に追われる身になる。そうなってまで本当に黒江雫を助けたいのか。助けたいのだとしたら、それはなぜだ。なぜ助けたい。なぜ死んでほしくないと思う。考えてはみるものの篤は分からなかった。理由はわからないが、彼女がこのまま死んでしまうのは我慢ならない。出雲と黒江雫のどちらを取るべきなのか、答えは明白だった。それでも迷ってしまう自分自身に篤は苛立ってしまう。仕事、生活、命すべてを失ってもいいという覚悟が決まったのはそれから二時間後だった。


 籠に入っていたカナリアは外に離してやった。もう家に戻ることはできない。無人の家で餓死するくらいなら、外で自由に羽ばたかせてやろう、と。名残惜しそうに飼い主を見つめていたが、やがて飛び立ってどこかに消えた。

 時間がないながらも最低限準備した。組織から逃げるための準備を。

 荷物を詰めたカバンを持って篤はガレージに入った。ガレージには車が二台ある。一台は赤のWRXで篤が普段から乗っている車だ。そしてもう一つの車にはシルバーのボディカバーがかけられていた。貯金の半分を使って買った車だ。買って以来、一度も動かしたことのないそれは篤の持つ武器の一つであった。ボディカバーを捲る。出てきたのはブルーカラーのスーパーカー。五百馬力を超えるエンジンを搭載した獣の名を冠する車――レズヴァニのビースト・アルファだ。仕事で使うことがあるかもしれないと購入したが、私物の使用が禁止されたため今日までガレージで眠っていた。

 ドアを開けエンジンをかける。咆哮のような排気音が轟くがスイッチで無音に切り替える。物理的なカスタムのみならず信伊奈の協力の元、魔術的なチューニングまで施した、文字通り魔改造された車であった。ガレージのハッチが開くと青い閃光が道路へと軌跡を残した。




 ――ターゲット、ポイントBを通過。スペルM、状態は?――


 無線機から通信が入るとスペルMの亜厂正輝がそれに答える。


 ――こちらスペルM。いつでも大丈夫だ、オーバー――


 抑揚のない声だった。計画を実行するときの亜厂は普段と打って変わって無口で冷淡な男になる。肌身離さず持ち歩くコーラも彼の手元にはなかった。自らを執行人と称し仕事に没頭する亜厂の姿には近寄りがたいものがあり、その豹変ぶりをして計画の渦中にいる彼に積極的に絡むものはいなかった。


 夜の街角で自販機の灯りに照らされている人影が二つあった。二人とも大倭通運の制服を着ている。亜厂の後詰めとし待機している運搬課の職員だった。


「相変わらず、亜厂は怖いよねぇ」


 自販機の前で何を買おうかと迷っている風を装いながら、男が言った。


「仕事モードの彼、別人ですよね。話しかけづらいというか」苦笑いしながら女が言う。「お茶でも飲もうか?」


「いいですね」


 硬貨を投入し、ボタンを押す。どすっとくぐもった音とともに自販機からペットボトルが吐き出された。


「ほら、奢りだ」


 男が手渡すと女はそれを両手で受け取る。


「わ、ありがとうございます。あったかいですね」


 手のひらで転がして温度を楽しむと蓋を開けて中身をあおった。


「染みますねー」


「ああ、そうだな」と男が言う。「ん、誰か来るぞ」


 大通りから歩いてくる人影があった。二人は静かに目を凝らす。


「あれ、もしかして関堂さんじゃないですか」


「馬鹿言え、あいつは今謹慎だって課長が……まさか、本当に関堂か?」


 街灯に照らされその人物が露わとなった。


「やっぱり関堂さんじゃないですかー」と女。「言ったでしょ?」


「どうしてあいつがここに」と男が訝る。関堂篤は歩みを緩めることも止めることもせず二人の男女に近づいた。


「おい、なんでお前がここにいるんだ。謹慎中のはず……」と男が篤の肩に手を掛け詰問する。


「すいません」篤は呟くと男の顎を殴った。男が地面に倒れる。


「えっ、どうゆう」言い終わる前に女の首に一撃を加える篤。


「本当に、すいません」


 膝を折り崩れ落ちそうになる女の体を支える。そのままゆっくりと地面に寝かしつけると、服と手荷物を物色する。しかし二人から得られたものは指輪二つだけだった。予備の〈ソウルカプセル〉すらもっていないこの二人は重要なポジションではなかったらしい。だが他の後方部隊を襲撃する余裕はない。なにより魔術課や監査課と鉢合えば黒江雫を助けることすらできずに殺されるのがオチだ。指輪が手に入っただけでも良しとするほかない。地面に横たわる二人が意識を取り戻す前に雫の元にたどり着かなければ。

 指輪をいつもの位置――左の人差し指にはめ、もう一つは胸ポケットにしまう。黒江雫をどの地点で殺害するかはあらかた予想がついていた。時間帯と場所は篤の時と同様の計画だった。ならば殺害地点の候補は当初の計画で選択肢に上がったポイントのどこかだろう。そして気を失わせた二人の予備運搬課の待機地点から予測を絞り込めた。前回の計画で地図は完全に頭に叩き込んでいた。最短ルートも把握できた。

 間に合ってくくれ、と祈りながら篤は駆けだした。


 手に持ったバタフライナイフを回しながら亜厂は考える。

 ああ、この女は運がないな。いや、むしろ運がいいのか。

 ナイフが死の舞踏を刻む。残像を引き、時折音を立てながら鋭利さを引き立てる。

 薄汚れた路地に、肌を刺すような冷たい風が吹いた。今夜は冷えていた。昼の温かさを裏切るように寒かった。街全体が血色を失ったかのようだった。そしてそれを象徴するかのように目の前の女は冷めていた。

 風が道端に落ちていた空き缶を転がし甲高い音が響いた。その音にふと思い出したかのようにターゲットは振り向いた。黒江雫は振り返ってしまった。そこには死神が立っていたのに。

 俺を見なければ、何が起こったのかを理解する間もなく死ぬことができたのに。やはりこの女は運がないのだろう。抵抗されれば楽に殺してやるのも一苦労だ。


「次は、あなたなの」


「は?」


 反射的に声が出てしまい、亜厂は舌打ちをする。何を言ってんだ、この女は。苛立ちを覚える亜厂に構わずターゲットは言葉を続ける。


「私を殺してくれるんでしょう」


 ああ、なんだ、こいつもか。


 死を前にして、狂乱や錯乱状態に陥る人間は少なくない。例え死にたがっている人間でも、死を目前にすれば生存本能が働くこともある。死を目の当たりにした人間は、すべからく生を望む。生きるために足掻く。生きるためにどんな手段でもとる。計画を実行する亜厂は冷淡だった。死を前にした人間は生きるために何でもする。そこには損得勘定も合理性も釣り合いもない。生きるためにすべてを犠牲にする。普段の尺度では測れない異常性を垣間見ることになる。常識では測れない、理解できないものを相手にするのだ。ゆえに亜厂は冷淡だった。まともに相手にしてはならない。同情してはならない。対象は異常で、理解することはできない。感情的になれば失敗する。

 目の前のターゲットも過去のターゲットと等しく、頭がおかしくなったのだ。聞く耳を持つ必要はない。ただ機械的に、ハンターのように殺せばいい。それが仕事だ。

 ――さっさと殺すか、と足を踏み出した時だった。


「亜厂!」と呼ばれた。


 後ろを振り返る。そこには関堂篤がいた。膝に手をあて、肩で息をしている。


「先輩? なんでここに」という亜厂の言葉に重なる声があった。


「篤さん? どうして」


 黒江雫の声だった。亜厂はターゲットの方を再度振り返る。なぜ、こいつは先輩のことを知っている。疑問を持った瞬間、篤が横にいた。


「ごめんな、亜厂」


「何を……」


 鳩尾に衝撃が伝わる。小型のミニカーが時速二百キロで突っ込んできたのかと錯覚するような重さ。酸味が口に広がる。頭が真っ白になり膝をつく亜厂。


「雫、こっちだ」


 篤は雫の手を強く握ると駆けだした。


「篤さん待って、どういうこと」


「説明はあとだ、逃げるぞ」




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