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「見れば奏子だって、きっと気に入るわ。とりあえず行ってみよう? あ、ほら、あれよ」
そう言いながら早紀が指差した先に見えてきたのは。
白壁に大小いくつかあるステンドグラスのはまった窓のまわりには、蔦の葉がからませてある。深い緑の屋根と壁に沿うように植えられた植物が、街中なのに森の中のような雰囲気をかもしだしていた。
大通りから少し入ったところにある人目につかない喫茶店は、舞い散る桜の花びらとともに私たちを迎えてくれた。
何気なく足を止めて見上げる。
店の向こうにあった大きな木、桜だったんだ。
唐突にそう思って、自分の考えに、は、とする。
え? 何で私、そう思うの?
次の瞬間、強い風が吹いて桜吹雪が舞った。
思わず目を閉じた私の脳裏に、淡い金色の髪がよみがえる。
私をまっすぐに見つめる、強い意志を持った瞳。
穏やかに、挑むように、微笑むその人は。
「……!」
それをきっかけに、失われていた記憶が一気に戻ってきた。
ベランダからさらわれてしまったあの夜から、バイトでの厳しい行儀見習い、人間じゃないものに命を狙われて、同じく人間じゃない人たちに守られた。その彼らが消えてしまうまでの短い日々。そして……
嵐のように記憶が渦を巻いて、体が、細かく震えた。
ああ。
あの時。
唇の代わりに首筋にキスした彼は、私の記憶を持っていったんだ。
勝手に人の記憶を奪っていくなんて、確かに文句のひとつもつけたくなるわ。
待ってろって、言ったくせに。
戻ってこられない可能性だってあったんだ。だから、待っているという約束を自分だけのものにして、私には自由を残した。
ホント、自惚れてる。また、私がアルを好きになるかどうかなんて、わからないじゃない。
私は、そっと、自分の胸に両手をあてた。
記憶はなくならない。私は、何も変わらない。それがわかったから、もう、何が見えても、怖くはない。
「奏子?」
驚いたような声に、顔をあげる。その拍子に、瞳にたまっていた涙が零れ落ちた。
心配そうに私をみつめる、ふわふわした髪のかわいらしい少女。
「どうしたの?」
「なんでもないよ……早紀。今の風で、ほこりが目に入ったみたい」
私は、笑いながら涙をぬぐう。その笑顔に、ほ、としたように早紀も笑った。そして、あらためてその喫茶店に向かう。
「ね、いい感じの喫茶店でしょ」
あ、まだバイト募集している、と早紀が無邪気に喜ぶ。小さく出ている看板を指さして。
「でもこのお店、名前が読めなかったのよね」
「……『リースリーナ』」
「え?」
「永遠の銀色、って意味だよ」
「奏子?」
きょとんとしたかわいい顔の早紀に微笑んで、まだクローズのかかっているドアに片手をかける。そこで、目を閉じて一度深呼吸をした。私、緊張、してるみたい。
とりあえず、まずは文句から始めようかな。こりもせずに、また早紀を使ったのね。まったく、少しは別の手を考えたらどうなのかしら。
口の減らない人だから、きっと、おとなしくごめんなんて言わないに違いない。久しぶりに、彼と言い合いになるのも楽しいかも。
私ね、あなたに一つ、あやまらなければいけないの。
初めてあなたに会った日に、あなたを化け物を呼んでしまったこと。本当はずっと気になっていた。そのことに関しては何も言わなかったけど、きっと、傷つけた。
そして、今。
また、私を呼んでくれたんだ。
まだ、私を望んでくれるんだ。
胸が震える。涙が出そうになって、私は、もう一度大きく深呼吸をした。
笑顔がかたくならないように。背筋を伸ばして。
いざ。
そうして、私はそのドアをあけた。
Fin
長い間お付き合いいただきましてありがとうございました! んもー、だらだらとひたすら長くなってしまいましたが、つたないなりに、思い出深い作品です。この話の中でどこか一か所でもあなたが気に入ってくれた部分があれば、とてもとても嬉しいです。
ありがとうございました!




